コロナ過と市場原理主義の浸透による格差拡大で、この国が持っていた「安定性」が崩れつつある。
要するに「重心」が上がってきているのだ。
嘉納治五郎が「柔道原理」の中心に置いたのが「自然体」である。
「自然体」は、身体を正しく保ち、呼吸を調え、心をしずめること。
ところが今のわが国の状況は「自然体」が維持できていない。重心がどこかをさまよっている。
では、重心はどこにあるのが正しいか?
それは「臍下丹田」(せいかたんでん)、いわゆるへそ下三寸だ。
今はどうだろう、重心が胸の下あたりに来ているのではなかろうか?
北海道石狩地方恵庭岳
古来、一眼、二足、三胆、四力を以て武道の要諦とした。
相手をしっかり「見ること」が最重要ということだ。
コロナ過であれば、コロナウイールスの実態をいち早く把握することが大事。
ところが未だにその実態を把握できず、右往左往しているのが現状だ。
これでは前に進めまい。
徒然草第110段
双六の上手といひし人にその行(てだて)を問い侍りしかば「勝たむと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手かとく負けぬべきと案じて、その手をつかはずして、一めなりとも、おそく負くべき手につくべし」といふ。
道を知れる教え、身を治め、国を保つたむ道も、またしかなり。
勝とうと思って打つのは良くない。負けまいとして打たなければならないのだ。どんな手を使ったら早く負けることになるかを考えて、その負けそうな手を使わないで、たとい一目でも遅く負けそうな手を使わなければならない。
日の出(秋から冬にかけてのほうが緊張感がある)
世界中を見回すと、どの国のリーダーも重心が上がっている。
わが国のリーダーもひどいものだ。
朝日川柳 自助の人 「メモ早く」と 目が泳ぎ