川瀬有希の時の旅


「今日は何の日」と題し、過去のその日に起こった出来事を、自由気ままに語るブログです。

12月26日/ 今日は何の日

2012-12-26 00:15:00 | 事件・事故・災害

(1991年)ソビエト連邦消滅

この日ゴルバチョフ大統領が辞任し、連邦を構成する各共和国が主権国家として独立を果たす。
これによりソ連邦は消滅した。

ベルリンの壁崩壊は、世代的なものか大して感慨はなかったし、銃殺されたチャウシェスク大統領の遺体映像はショッキングだったものの、ルーマニアの民主化も正直なところピンと来なかった。
しかし、ソ連崩壊には少なからず感じるものがあった。
あのアメリカと肩を並べる(並べていた筈の)超大国が、こんなに脆くも崩れるものか、と。
ペレストロイカは、毒薬ではないにしろ確実に劇薬だった。

思えば8月のクーデター発生のニュースを耳にした時、ある種の「古臭さ」を感じたものだ。
その手段・首謀者の思考様式に、前時代的な印象を持ったのである。
そんなやり方を採ってるような国に未来はないな、と薄々感じてはいた。
にしても、その年の終わりに連邦そのものが消えてしまう程事態が加速するとは思わなかった。
巨大で強靭な組織ほど壊れる時はあっという間という「真実」を目にした事件だった。

今やソ連という単語には化石のような匂いすらする。


12月25日/ 今日は何の日

2012-12-25 00:15:00 | 忌日

(2005年)佐々木丸美死去

北海道出身。
懸賞に応募した『雪の断章』が佳作に選ばれ、小説家デビュー。
急性心不全で亡くなった時、まだ56歳と若かった。

詩的と称される独特の文体で書かれた『雪の断章』は僕も好きで、それに続きがあることを知り、絶版だった当時古本屋で何とか見つけ出し、期待して読んだもののがっかり。
ポエティックでありながら地に足のついた展開の『雪の断章』に比べ、続編は現実味に欠けるストーリーが描かれていたからだ。
人それぞれ好みがあるから、作品を否定する気はさらさらない。
これはあくまで僕の個人的な感想。
それを断った上で書くが、読了後、読まなきゃよかったと正直思った。

1985年に監督・相米慎二、主演・斉藤由貴で映画化されたが、佐々木氏本人の意向でDVD発売はされていない。
特別な事情がない限り、今後もソフトがリリースされることはないものと思われる。
せいぜい衛星放送(地上波は無理だろう)でオンエアされる可能性があるぐらいか。


12月24日/ 今日は何の日

2012-12-24 00:15:00 | 忌日

(1997年)三船敏郎死去

日本を代表する俳優。
国内での名声に止まらず、海外でも、恐らく最も知名度の高い役者の一人だろう。
彼のような格の違う役者は、この先もう現れないような気がする。
それは何も役者側の問題だけでなく、見る側の、そういう飛び抜けた存在を直ぐに茶化したり足を引っ張ろうとする昨今の風潮にも大いに問題があると思う。
要は「育つ」環境がないということ。

個人的には映画『二百三高地』での明治天皇役が印象的。
登場シーンこそ少ないが、あの威厳は、演技を越えていた。


12月23日/ 今日は何の日

2012-12-23 00:15:00 | 事件・事故・災害

(1948年)A級戦犯七名の死刑が執行される

極東国際軍事裁判に於いて死刑判決を受けた七名に対する絞首刑が執行された。
この日は当時の皇太子、即ち、現天皇陛下の誕生日であり、それに合わせて執行されたと言われるが、直接的な根拠はない。
しかし、裁判にアメリカの意思が強く反映されていたことは事実で、未来に渡って罪を被せようとする意図が働いてこの日が選ばれたことはまず間違いない。
処刑されたのは以下の七名。

東條英機
広田弘毅
松井岩根
武藤章
板垣征四郎
木村兵太郎
土肥原賢二

軍人が裁かれるのは兎も角、唯一文官の広田弘毅が見られるのがやはり目立つ。
戦争は政治の産物である以上、政治家の責任が問われるのは当然として、果たして広田がA級に値するかは議論が分かれる。
自殺さえしていなければ、本来そこには近衛文麿の名があった筈。
僕も、先の大戦で一級の罪に問われるべき政治家は近衛と考える。
彼の下した判断は悉く日本の進路を誤らせ、しかも、その殆んどが深刻な打撃を与えるものだった。
刑を以って自らの罪を償うことなく命を絶ったのは無責任極まりない。
その自殺には贖罪よりも逃走の心理を強く感じる。


12月22日/ 今日は何の日

2012-12-22 00:15:00 | スポーツ

(1954年)プロレス初の日本選手権が開催される

今はなき蔵前国技館でのプロレス王者・力道山と柔道王者・木村政彦による世紀の一戦。

試合は力道山の勝利に終わるが、実は、事前の打ち合わせでは引き分けに収める予定だったものを、力道山が一方的に反古し暴走、攻め立てた為そのような結果になったという。
しかも、その舞台裏が公になった為、プロレスは他の格闘技と違い、ある程度のシナリオに基づいて行われる競技であることが一般にも知れ渡ってしまった。
これを境に一般紙は距離を置くようになり、プロレス報道はスポーツ紙に舞台を移し、そのまま現在に至っている。

嫌な言い方だが、「八百長」故に馬鹿にする人がいるが、ではこの一戦後、プロレスが廃れたかというとそんなことはなく隆盛を誇ったことは承知の通り。
力道山も、敗れた木村の名声も、本質的な意味で決して穢れることはなかった。
事実が、人の心の全てを変えるとは限らない。
たとえ本当のことを知っても、人は自らの抱く物語の中で生き続けることもあるというもうひとつの真実をこのエピソードは物語る。