『悪霊島』(1980)は昭和42年の刑部(おさかべ)島を舞台とする猟奇色の色濃い長編推理小説です。瀬戸内海に浮かぶこの島は以前妻恋島と呼ばれており、村上水軍の一翼を担う網元越智家の支配下にあったが、平刑部幸盛とその伴総勢7人がこの島へ落ち延びてきて、壇ノ浦の戦いで平家滅亡の報を聞くと落人たちも自害したという。しかし、彼らは島にそれぞれ契りを交わした女性がおり、子どもを残していた。幸盛は神主の娘日奈子との間に子をなしていた。彼らは平家の末裔である誇りをもって「刑部」と名乗るようになった。この神主一族の娘が享保時代に領主に見初められたこともあり、島の名前が「刑部島」となり、刑部氏の勢力はさらに大きくなった。現在の島の主権者は刑部大膳という80歳の老人。市長を務めるのはその甥の辰馬。神主は刑部守衛(婿養子)、その妻巴は神々しいまでの美女で、双子の娘真帆と片帆がある。。。
という八つ墓村や獄門島の舞台設定を彷彿とさせるような歴史的蘊蓄が展開される一方、経済成長の一端として瀬戸内海も開発が進み、公害で漁業が立ち行かなくなったことや、島を追い出されるようにして出て行った越智家嫡男竜平がアメリカで成功して大富豪となり、故郷に錦を飾るために、島にゴルフ場をつくったり、神社の建て替えやご神体の寄進など過疎の島に開発の手を入れるという非常に現代的な側面も描写されます。
この越智竜平が島民の反応をうかがわせるために派遣した青木修三という者が行方不明になっているため、金田一耕助に静養がてら島に行くことを進め、ついでに行方を探るように依頼します。ところが青木修三は水死体としてすぐに発見され、謎の伝言(「シャム双生児」「平家蟹の子孫」「鵺のなく夜に気を付けろ」などの断片的なもの)を残していたことが磯川警部から金田一耕助に伝わります。青木修三は落人の淵と呼ばれる刑部島の崖から落ちたことは間違いないと見られ、他殺の疑いもあったため、越智竜平は金田一耕助に改めて事の真相を明らかにするように依頼します。
磯川警部の下には浅井はるという薬屋兼市子(神降ろし)を生業とする女性から22年前に犯した罪を匂わせ、命の危険にさらされていることを告白し、できるだけ早く自分の下へ来るように依頼する手紙が届いており、受け取って一晩逡巡しているうちに彼女は殺されてしまいました。後に彼女と刑部島との関りや磯川警部の意外な過去が明らかになっていきます。
刑部島で越智竜平の計らいで盛大に執り行われていた祭りの晩に神主がご神体として寄進された金の矢に刺し貫かれて殺され、またその翌朝に双子の娘の片割れ片帆が腐乱し、野犬とカラスに食いちぎられた悲惨な死体となって発見されます。神主殺しでは竜平が疑いをかけられますが、片帆殺しの方では竜平のアリバイは完全。
過去の失踪事件(実は殺人事件)が絡んでくるという意味では『迷路荘の惨劇』や『女王蜂』を彷彿とさせ、クライマックスに洞窟の中の探検と死闘があるのは『迷路荘の惨劇』を思い出さずにはいられません。犯人像も『迷路荘の惨劇』と類似しているように思います。世にも恐ろしき狂気の悪女、といったところでしょうか。そして本人はやりたいことをやるだけで、誰かがその後始末をしてしまっているところも共通しています。もっとも犯人をかばう、または被害者をカモフラージュするために死体損壊をする者が登場するのは『白と黒』や『仮面舞踏会』でも同様ですが。
非常に多くの伏線が張られ、もつれにもつれた謎の多い複雑な話ですが、最後のすべての伏線をきっちりと回収しているところはさすがです。
そして最後に金田一耕助が、警察では「失踪」または「自殺」として捜査されていた犯人の行方について、それを殺人と見破り、かつその犯人を見逃して報酬を受け取り去ってゆくのが実に印象的です。罪は罪でも、それを追及しても誰も幸せにならない場合は追及しない方針ですね。