久しぶりに京都観光NaviHPを見て、19日現在カキツバタ満開と記載されていた大田神社へ。大田ノ沢の杜若は、例年、葵祭(15日)以前に満開となる。開花のタイミングが合えば、上賀茂神社へ向かう祭の行列を見てから、大田神社へ立ち寄ることもできる。今年はずいぶん遅かったのだ。
大田神社は、上賀茂神社の境外摂社。摂社とは、本社に付属し、祭神と縁のある神(①后・子など②荒魂③地主神 )を祀ったものだ。上賀茂神社の祭神は賀茂別雷大神、大田神社のそれは天鈿女命なので、ここでの関係は③だろう。
天鈿女命(この表記は『日本書紀』による。『古事記』では天宇受売命)は、神話で男勝りの女神として描かれる。天石屋戸から天照大御神を引き出すために滑稽でエロティックな踊りを踊ったアメノウズメノミコト。彼女が次に活躍するのは、天孫降臨の場面だ。高天原から葦原の中つ国へニニギノミコトが降臨する際、出迎えた国つ神にその名を問う。国つ神は、ニニギノミコトの道案内をするために待っていた猿田毘古神(「毘」は偏が「田」旁が「比」の別字)であった。大田神社本殿南・東側にある白鬚社は、このサルタヒコを祀っている。また百大夫社は船玉神(船や飛行機の安全を守る神)を祀る。神々の解釈については、新潮日本古典集成『古事記』の巻末付録に詳しい。
由緒書(写真上・左)に依れば、「大田神」はこれら三柱の神に加え、神社の道路を挟んで南にある福徳社(写真上・右:三叉路の南西角)の福徳神を合わせたものらしい。白鬚社、百大夫社、福徳社は全て、上賀茂神社の末社である。
大田ノ沢への入り口には「志納金300円」と書かれた看板。杜若は、ちらほら。残念なことに既に遅かった。
沢のほとりにはライオンズクラブによる由緒書がある。「池に手を入れると手が腐る」という言い伝え。花を守るため。それにしても。
藤原俊成の古歌を例に平安時代以来の杜若の名勝と書かれているのだが、江戸時代の「都名所図会」や「花洛名勝」「都林泉名勝」などに記載は見当たらない。
入り口にある京都市の駒札は、文字が消えかかっており、侘しい印象だった。こういうものは一体、どのように補修・改修・取替が行われているのだろう。メンテナンスの楽なものだとなおいいが、全てはお金の問題か。いやしかし、観光都市なのだから。