東アジアの平和と安定に影を落とす中国の軍事的な動きは、中国が「核心的利益」として幾たびとなく強調する台湾問題への米国をはじめとした自由主義諸国の介入への反発とともに、その脅威を現実のものにしていると言えるでしょう。
こうした状況を受け、7月13日に公表された政府の2021年版防衛白書には、中国による軍事的圧力が強まる台湾に関し、「台湾情勢の安定は、日本の安全保障や国際社会の安定に重要」と初めて明記されました。白書は、競争が激化する米中関係の項目を新設し「軍事的なパワーバランスの変化が地域の平和と安定に影響を与える可能性」があると指摘するとともに、中国の軍事動向は昨年同様、安全保障上の強い懸念だと強調しています。
米軍で制服組のトップを務めるミリー統合参謀本部議長は7月21日の会見で、台湾有事の際は日本や韓国などの同盟国とともに対処する方針を示しています。「日本や韓国、フィリピン、オーストラリアといった同盟国や友好国と緊密に連携し、将来何があっても適切に対処できるようにする」と述べたと伝えられています。
こうした動きに対し、中国外交部の趙立堅報道官は記者会見で、「極めて間違った無責任なことだ。中国は強烈な不満を表し、断固として反対する」と強い反発の姿勢を見せています。また、「台湾問題は完全に中国の内政問題だ」として他国の介入を拒否し、「釣魚島は中国領土の不可分の一部だ」と尖閣諸島の領有問題にも言及しています。
中国との国交回復以降、「台湾は中国の不可分の一部」とする中国政府の立場について「十分理解し尊重する」という(比較的落ち着いた)立場を取ってきた日本政府ですが、米中対立の表面化とともに、東シナ海をめぐる外交上の日本の立場はここにきて大きな岐路に立たされているようです。
これまでの歴史から日本との関係が深く、親日的な人々も多い台湾の安全や安定のために、「日本が一肌脱ぐのは当たり前」と(私も含め)多くの日本人が感じているのは肌感覚でもわかります。しかし、実際の「台湾有事」をリアルに考えたとき、現状においてどのような態度をとることが日本の国益にかなうのかについては、いったん冷静になって考えてみる必要があるようにも思えます。
「週刊朝日」の7月30日号に、元経済産業官僚で政治評論家の古賀茂明氏が「日本国民の台湾への好意を戦争につなげる策略」と題する論考を寄せているので、参考までにここに紹介しておきたいと思います。
公表された21年版の防衛白書では、中国の防衛政策についての記述が米国の3倍。中国の軍事力強化の驚異をグラフや写真などで強調し、日本周辺での問題行動についてもデータを使って鮮明に描き出している。この白書で政府が国民に伝えたいのは、中国の軍事力の強大化により米国でさえ対抗することが難しくなったという「中国脅威論」であり、「中国悪玉論」だというのがこの論考における古賀氏の認識です。
そしてもう一つ特徴的なのは、「台湾情勢の安定は、わが国の安全保障や国際社会の安定にとって重要」であると初めて明記して、台湾問題の重要性を国民に印象付けようとしていることだと氏は言います。
気が付けば、このストーリー(シナリオ)は日米連携で進められている。「台湾や日本周辺有事を想定した紛争シミュレーションで米軍が中国に敗北するケースが常態化しつつある」という情報や、インド太平洋軍のデービッドソン司令官の「中国が今後6年間で台湾に関して武力行使を行う危険性が高まっている」という証言は、中国脅威論を煽り、軍事費拡大と日米両軍の一体化を推進するためのものだということです。
さらに、この議論の中心に台湾を使うのも非常に効果があると氏は続けます。台湾は、親日的で、東日本大震災の時に真っ先に多額の支援金を届けてくれた。最近では、オードリー・タンIT担当相に象徴される「クール」なイメージもある。そんな友好国台湾が、「巨悪」であるところの中国にやられるのは許せないというのが(日本の)自然な国民感情となるというのが氏の指摘するところです。
しかし、そうした純朴でナイーヴな日本人の心情が台湾有事と結びつくと非常に危険だというのが氏の見解です。
台湾を助けるために同盟国アメリカが武力行使に踏み込むのなら、「当然」日本も米軍と協力して台湾防衛のために戦うべきだとなる可能性がそこにはある。現に、麻生太郎財務相が、「台湾で大きな問題が起きれば『(集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法の)存立危機事態に関係する』と言ってもおかしくない。日米で台湾を防衛しなければならない」と発言しても、世論が大きく反発することはなかったということです。
さらに、日本経済新聞の4月の世論調査では、日本の台湾海峡の安定への関与について74%が「賛成」で反対はわずか13%。野党支持層でも「賛成」が77%だった。国民世論の前のめりの姿勢は驚くほどだと氏はしています。
しかし、落ち着いて考えてみる必要がある。もしも、本当に台湾防衛のために日本が米軍と共に戦えば、中国のミサイルが、沖縄はもちろん本土の米軍や自衛隊の基地などに飛んで来て多くの死者が出るのは(これまでの中国の言動や軍事力の状況からいって)ほぼ間違いない。台湾という異国の地の話だと安穏としていると、ある日突然、山ほどの中距離ミサイルが大陸から飛んできて、やっと危機に気付くことになるということです。
そういう意味で言えば、台湾有事に直面したアメリカにとっての日本列島は、中国地陸との間にある大きな防波堤のひとつに過ぎないと言えないこともありません。
「平和ボケ」という言葉がありますが、平穏な日常生活は、実は大変脆いバランスの上に成り立っていることを私たちは忘れがちです。
日本の平和にとっての本当の危機は、意外に身近なところにあるのかもしれない。国民は、五輪の陰で進行する戦争への危機に早く気付き、秋の衆院選で、それに対してはっきりとノーを突き付けなければならないとこの論考を結ぶ古賀氏の視点を、しっかりと受け止めておく必要があると感じたところです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます