思い返せば新型コロナの感染拡大が始まる以前、世界の先進国の多くが(いわゆる「日本化(ジャパニフィケーション)」と呼ばれる)低成長・低インフレ・低金利を避けようと、経済への刺激にやっきになっていました。ところが、コロナ禍をきっかけに世界の景色は一変。今では人々の生活を脅かすインフレの鎮静化が、世界各国の最大の関心事となっている観があります。
米国の連邦準備制度理事会(FRB)を筆頭に、各国の中央銀行はインフレ抑制のための金融引き締めを急いでいます。一方、ウクライナ危機による資源高と世界経済の回復によって各国の人手不足が顕在化、労働者の賃金は高騰しインフレにさらに拍車をかけているようです。
しかし、先進国に広がるこうしたムードをから取り残されたように、日本経済は変わらぬ低迷を続けています。消費者物価の上昇率は約30年ぶりに3%台となったものの賃金は相変わらず。急速な円安が進行する中で(国民の間には)物価高への不満ばかりが高まってきています。
世界経済が大きく動く中、現在の日本では一体何が起こっているのか。ニューヨーク在住の経済ジャーナリスト、リチャード・カッツ氏が、11月24日の「東洋経済online」にその辺りを分かり易くまとめているので、参考までにその概要を小欄に残しておきたいと思います。
短期的には「アメリカのインフレ率急落を祈ること」が、超円安に対処するための日本の唯一の選択肢かもしれない。しかし、長期的に見れば、日本企業の競争力を根本的に強化しなければならないと、カッツ氏はこの論考に記しています。なぜなら、それが「実質」円安の根本原因だから。円安は、日本企業が国際市場で元気をなくしているから起きているというのが、この論考における氏の認識です。
まずは、短期的な話から。この1年半、円安の唯一最大の要因は、アメリカの金利と日本の金利の差にあった。金利の上昇は、高インフレに喘ぐアメリカの武器である。そして、日米金利差が大きければ大きいほど、日本からアメリカへの資金流入が増え、円安が進むのは自明のことだと氏は言います。
逆に、11月10日に一時、1ドル=146円から138円まで急激にドル高になったように、アメリカのインフレ率が下がれば、アメリカの金利が下がり円高になる。つまり、アメリカのインフレ率の数値は、(日本銀行がどうこうするよりも)はるかに円に対して大きな影響を与えるということです。
日本には、為替が円高に傾くよう日銀が金利を上げるべきだという人がいる。しかし現状、それはそう簡単にいくだろうか。四半世紀にわたるゼロ金利に近い状態が、日本の企業や政府を低金利中毒にしてしまった。現在、銀行融資の17%が0.25%以下、37%が0.5%以下の金利で行われていると氏はしています。
その結果、現在支払い能力があると錯覚している多くのゾンビ企業は、金利上昇を強いられると突然債務危機に直面することになる。要するに、日銀が日米金利差3.5~4%を縮めるほど金利を上げるには、現在の日本経済は脆すぎるというのが氏の見解です。
もし金利差だけが円安の理由なら、インフレと金利が正常に戻れば円は反発する可能性がある。しかし、歴史的な円安は、日本の基礎的競争力の劇的な劣化を反映したもの。実際、現在の歴史的な円安にもかかわらず、日本企業の競争力は低下し続けていると氏は指摘しています。
かつて日本は、今よりずっと円高だった時代にも慢性的な貿易黒字を享受していた。しかし、この10年以上、日本は慢性的な貿易赤字に苦しんでいる。この10年間、実質円レートは1994年から2012年の間よりも30%安くなっているのに、世界経済の走るスピードについていけていないということです。
円安は日本経済の病状を示しているだけでなく、病巣を悪化させる力を持つと氏は話しています。日銀は、円安が日本に純益をもたらすと主張するが、それは間違いと言わざるを得ない。弱すぎる通貨は強すぎる通貨と同じくらい経済にダメージを与えるとして、多くの日本の経済学者は日銀の方針に反対しているということです。
一方で、当の円安は、日本の輸出とGDPに以前ほど貢献していないと氏は指摘しています。日本の実質貿易収支の改善による実質GDP成長率への寄与は、最近の平均で年率0.1%と、誤差程度のわずかなものに過ぎない。これは、円高だった数十年前と比較しても、けっして高いものではないということです。
それでも円安は、実質賃金や消費者の購買力、中小企業の収益力を著しく低下させている。それは、輸入集約的な食料とエネルギーの大幅な値上げを引き起こすからだと氏は話しています。過去18カ月間、そして過去10年間の総物価上昇の9割は、食料とエネルギーに起因している。実際、その他の経済分野の物価は、2012年から2022年までの10年間でわずか2%しか上昇していないということです。
これは、日銀が生み出そうとして失敗した「健全な2%のインフレ目標」とはほど遠いものだというのが氏の見解です。輸入品による物価上昇は、日本の家計から外国の生産者に所得を移転させるだけのもの。また、日本の家計から日本の多国籍企業へも間接的に所得を移転するものだということです。
円安は、(賃金抑制や消費税増税と相まって)2019年の家計消費(コロナ禍前)が2013年より1%低く、現在は2013年より2.6%低くとどまっていることの理由の一部だと氏はしています。振り返れば戦後を通じて、これほど長期にわたって家計消費が落ち込んだことは過去にない。日本の最大かつ喫緊の課題は生産性・革新性の底上げであり、企業の国際競争力を高める改革が必要だということです。
円安ショックは、現在の日本が置かれた状況に対する世界経済からの警鐘だと氏はこの論考の最後に綴っています。そして問題は、政策立案者がこの警鐘を本当に聞き入れ、(先見の明のある)日本の専門家が提案した提案を最終的に採用できるかどうかだとこの論考を結ぶカッツ氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。
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