静岡県裾野市の認可保育園に通う園児への暴行容疑で保育士3人が逮捕された事件が波紋を広げているようです。
3人が担当した一歳児クラスでは、園児に暴言を浴びせたり、宙づりにしたり、暗い倉庫に閉じ込めたりといった虐待行為が日常化しており、他の保育士もこうした状況を「見て見ぬふり」していたとのこと。また、園長がこうした実態を口外しないよう求める誓約書を全保育士に書かせるなど、隠蔽工作とみられる動きが発覚し、保育園、幼稚園への信頼は大きく低下したと言えるでしょう。
さらに、このような不適切な保育の実態が全国的に相次いで発覚する事態となり、加藤勝信厚生労働大臣は12月13日、閣議後記者会見で「市の対応に不十分な点があった」と指摘するとともに、不適切な保育の実態や通報を受けた自治体の対応について、年内に全国調査を始める考えを示したところです。
思い起こせば今から6年前、ネット上への「保育園落ちた日本死ね!」の書き込みに端を発した待機児童問題。全国の自治体で保育園の新増設が相次ぎ、待機児童の増加にも一定の歯止めがかかったと考えられていましたが、その現状はどのようなものなのか。
12月9日の総合情報サイト「現代ビジネス」に、話題の近著「年収443万円」(講談社現代新書)を上梓したジャーナリストの小林美希氏が「保育園で虐待・暴力が繰り返される構造的問題」と題する論考を寄せているので、参考までにその一部を小欄に残しておきたいと思います。
静岡県裾野市の私立「さくら保育園」で、30代の保育士3人が園児への暴行容疑で逮捕された事件。園長が保育士に土下座をして通報を妨げたことまで発覚し、同市長は同月5日、園長を犯人隠蔽の疑いで刑事告発したと小林氏は記しています。
近年、保育の専門家が集まる保育園や幼稚園でこうした問題が頻発するのは何故なのか。その背景には、待機児童対策が国の目玉政策となった2013年以降、保育園の“建設ラッシュ”が急ピッチで始まったことがあるというのが氏の見解です。
国・自治体から補助金がばら撒かれ、保育園の整備が一斉に始まったことで保育士の確保が全国的な課題となった。そして、空前の保育士不足に陥ったことで、保育の質が著しく低下していったと氏は指摘しています。
評判の良い保育園でさえ、食事介助で保育士がまるで餌やりのようにご飯やおかずを乳児の口に突っ込むことが普通に見られるようになった。人手不足、経験不足の人員体制の下、保育士の頭の中は「早く食べ終わらせて、眠らせて、お昼寝の間に日誌や連絡帳を書かなきゃいけない」となり、だから早く食べてと急かすようになったということです。
園児が泣いても、先輩保育士が「泣かせておけば、泣き疲れて眠る」と後輩に指導する。保育士が過重労働で長時間働いて疲弊し、保育が流れ作業と化していると氏は続けます。
保育士の離職が相次ぎ、そこに、現場で指導できる中堅・ベテランがいないことで、不適切な保育が継承されていく。こうしたことが、社会福祉法人や株式会社の保育園ばかりでなく、私立、公立、保育士が正職員・正社員か非正規雇用かであるかを問わずに起こっているというのが氏の認識です。
虐待の起こった保育現場では心ある非正規の保育士が次々と辞め、虐待する保育士が居残っていたとされる。園長はそれが分かっていても指導はしなかった。それは、園の保育士配置基準を守るため、辞められると困るからだと氏は言います。
それでも離職が激しく、派遣が辞めると園長は派遣会社にオーダーをかける。こうして、保育士の有効求人倍率は(保育園の建設ラッシュがひと段落している)2022年7月現在でも2.21倍と、全職種平均の1.26倍を大きく上回る状況だということです。
実際、2019年のピーク時には(求人倍率が)3.86倍もあったのだから、保育士1人が手をあげれば約4ヵ所の園が門戸を開いていたことになると氏は話しています。
空前の保育士不足の下、現在でも配置基準を守るため「資格があるなら誰でもいい」という状態で採用している園が少なからず存在している。人材紹介会社を通じた転職で、就職すると出る『お祝い金』を狙って短期間で勤め先を変えるような保育士も出現する中、保育の質を守ることは(管理者にとって)とても難しい作業になっているということです。
一方、保護者にとっては「子どもは人質」。何か言って、冷遇(場合によっては虐待)されることが怖くて言い出せない保護者もいると氏は指摘しています。勇気を出して行政に相談、通報しても、自治体の保育課の対応には差がある。「保育に口を出せない」「証拠がないと虐待の判断が難しい」など、曖昧にされることが少なくないということです。
人手不足などを背景に「良い保育」を実践できる現場が減りつつある中で、何が不適切な保育で何が虐待なのか、正面から見つめ直す時が来ているのではないか。
(どこかの市長のように)「けしからん」と怒っているだけでは問題は解決しない。今回のケースを切っ掛けとして、まずは疑問を持った保護者と保育園側が気軽に話し合い、お互いに学び合おうとする雰囲気作りが求められているとこの論考を結ぶ小林氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。
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