20年以上にわたりアフガンで治安を担ってきたアメリカ軍が8月末までを期限として撤退を進める中、イスラム原理主義勢力タリバンの攻勢により8月15日までに34ある主要州都のうち既に既に9割余りの31が陥落。タリバンの支配下に置かれたとの報道がありました。そして翌16日早朝には、タリバン勢力の主力部隊が(ほとんど何の抵抗も受けないまま)首都カブールに侵攻。アフガニスタン政府のガニ大統領はこれを待たずに出国し、政権は事実上崩壊したということです。
中東の衛星テレビ局アルジャジーラは同日のネット配信で、大統領府に入ったタリバンの戦闘員たちが大統領府の執務室や会議室とみられる部屋に集まっている様子を伝えています。混乱するこのようなカブールの状況は、ベトナム戦争にリアリティを感じる私たちの世代には、1975年のサイゴン陥落に当たり、空港や大使館から軍用ヘリを使って我先にと脱出する米国人の姿と重なって見えるのも事実です。
20年にわたって民主化の促進や軍の育成に取り組んだアメリカのアフガン政策は失敗に終わり、自由の国アメリカは再び敗れた。現在、無政府状態となった首都カブールでは、イスラム原理主義に基づく女性の人権侵害や厳格なイスラム法による非人道的な統治が続いていた(2001年のアメリカ軍侵攻までの)タリバン政権の悪夢の再来を恐れ、国外や地方へ脱出を試みる人々による大きな混乱が続いているということです。
予想外の速さで進むこうした状況に対し、米国のブリンケン国務長官は「アフガニスタン軍は自国を守ることができず、それはわれわれの予想を上回る速さで起きた」と述べ、見通しが甘かったことを認めていると報じられています。
米軍の撤退がアフガンや周辺諸国に大きな政治的・軍事的な混乱をもたらすことは(ある程度)予想されていたとはいえ、なぜこれほどまでのスピードでタリバンの侵攻は進んだのか。その理由について、8月16日の総合経済サイト「東洋経済オンライン」では、中東問題に詳しいジャーナリストの池滝和秀氏が「タリバンがこんなにも早く権力掌握できた事情」と題する興味深い論考を掲載しています。
アフガンからの米軍の撤退を決めた背景には、米兵の犠牲拡大による厭戦気分の高揚や、戦費の拡大、覇権主義を強める中国、新型コロナウイルスへの対応など優先すべき課題に資源を投入しなければならない米国政府の事情があると、氏はこの論考に記しています。
実際、2001年のアフガンへの軍事介入以降、米国がアフガニスタンに投じた戦費はおよそ2兆ドル(218兆円)に上ると言われ、この間2000人以上の米兵の命も失われています。民主党バイデン新政権も、コロナに苦しむ米国有権者の民意を思えば、トランプ共和党政権の判断を踏襲せざるを得なかったということでしょう。
また、米国が2001年にアフガンの内戦状況に軍事力で介入したのは、もともとタリバンがアメリカ同時多発テロ首謀者のウサマ・ビンラディン容疑者をかくまっているとしてのことでした。2011年の5月にパキスタンでの戦闘で同氏の殺害が確認されたことで、戦闘を続ける大義名分は既に無くなったとの指摘もあるようです。
一方、そうした中でタリバンが快進撃を演じたのは、アフガン政府の統治能力や国軍の能力が、欧米の支援によって(ほとんど)向上しなかったことの証左だと氏は現状を説明しています。
数字だけ見れば、アフガンの陸軍や空軍・治安部隊などは計30万人以上と、戦闘員6万人と言われるタリバンを圧倒している。しかし、腐敗や縁故主義にまみれた政権側が無力ぶりを露呈する中、帰属意識にかけ部族や軍閥による支配が色濃いアフガンの政府軍は、日和見的にタリバンに従属し始めているということです。
聖典コーランや預言者ムハンマドの言行録の解釈など、原理主義的な立場から世俗派まで幅の大きなイスラム教。そこに、アフガン農村部の保守的な慣習も入り混じって形成されたタリバンのイスラム解釈は、現代人の特に女性にとって極めて苛烈なものであり、人権軽視として国際社会から批判を浴びていると氏は言います。
しかし、一方で気を付けなくてはならないのは、政府側についた軍閥や部族も勝手に市民から税金と称して金銭を巻き上げたり、賄賂などの腐敗が蔓延したりしており、タリバンを支持する土壌も(一定程度)存在していたということ。さらに、この10年間の米軍や政府軍の誤爆や誤射で多くのアフガン市民も犠牲になっており、復讐心からタリバンに加わったり支持したりする市民も少なくないというのが氏の認識です。
さて、もともとこのタリバンという組織が、東西冷戦下のパキスタンがアフガンに侵攻したソ連による共産化を阻止するため、米国CIAからの資金を得て(ソ連軍と戦う)ムジャヒディン(イスラム戦士)を支援したことから生まれたことを知る人は、案外少ないかもしれません。そういう意味で言えば、米国はパキスタンとともにタリバンの「生みの親」の一人であり、同国にはアフガン一国を手中に収めるまでに成長したタリバン指導部に、(少なくとも)国内における非人道的な行為への措置を厳しく講じるよう強く求める責任があるようにも感じるところです。
さて、池滝氏はこの論考の最後に、今後のタリバンとアフガンの行方について触れています。
タリバン政権の復権は、国際テロの脅威を高めるなど国際社会にも影響が及ぶだろう。しかし、それでも米バイデン政権がアフガンからの米軍撤収を覆さなかったのは、「アフガンからアメリカに及ぶ脅威は駐留軍なしで対処できる水準になった」(アメリカ政権高官)と、国際テロの脅威が大きく減ったことも理由とされたと氏は話しています。
現在、アフガンに潜伏するアルカイダ活動家の数は200〜300人と推定され、アメリカ治安当局は、国際的なテロを企てる能力はないと判断している。しかし、氏によれば、タリバン政権になればアフガン国内での情報収集や掃討作戦の実施は困難になり、アルカイダなどの過激派が再び勢力を盛り返すのではないかとの懸念も国際社会には根強いということです。
こうした中、(この問題に関し)カギを握っているのは、恐らく中国だというのがこの論考における氏の見解です。前政権時のように国際社会から孤立するという事態は避けたいタリバンは、今年の7月下旬、代表団を中国に派遣し王毅国務委員兼外相と会談させている。タリバンと中国の間では、道路網整備などの投資案件も浮上しており、タリバンにとって中国は、国際社会での孤立状態を緩和する救世主になり得るということです。
また、国内にイスラム独立運動を抱える中国も、タリバンとの関係は治安面で大きな意味を持ち、(ある種の)ウィンウィンの関係になりそうだと氏はこの論考に綴っています。
いずれにしても、イスラム原理主義を標榜するタリバンによるアフガンの軍事支配が避けられないものであるとすれば、アフガンを国際社会から孤立させないようにすることが、各国共通の利益につながることはおそらく間違いないと思われます。
アフガンに暮らす人々にとって、どのような統治が最大の幸福につながるのか。たとえ民主主義への道のりは遠くても、(自分たちの手で)しっかり時間をかけて築き上げていく必要があるのではないかと、改めて感じたところです。
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