新型コロナの緊急事態宣言区域の拡大が進む中、菅義偉政権では少子化という長期的な行政課題に対応するため、子どもに関する政策や予算を一元的に把握し強力な機能を持つ「こども庁」の創設に向け動き出しました。7月7日、総理官邸で開かれた政府の作業部会の初会合において加藤勝信官房長官は、年齢による切れ目や省庁間の縦割りを排除し子どもの視点に立った政策を総合的に推進する必要があるとして、年末までに基本方針を取りまとめるよう指示をしています。
少子化になかなか歯止めがかからず、児童虐待や重大ないじめなどの深刻な問題が増加する現在、子どもを産み育てやすい環境の整備や子どもの命や安全を守る対策の強化は喫緊の課題と言えるでしょう。とはいえ、将来に不確実な要素が多く明るい兆しが見えない現在、人口減のトレンドを止めるのは容易なことではなさそうです。
新型コロナの影響もあって加速化する日本の少子化に対し、7月27日の日本経済新聞「経済教室」欄では、明治大学教授の加藤久和氏が「社会全体の意識・行動変革を」と題する論考を寄せています。
新型コロナウイルス禍により少子化が一層加速しているとされる状況の中、2020年の出生数は84.1万人と戦後最少を更新し、21年は80万人を割る可能性があるとの予測もある。2015年に1.45まで回復した合計特殊出生率も20年には再び1.34に低下し、出生数も15年からの5年間で約16.5万人減少したと加藤氏はこの論考の冒頭に記しています。
こうした少子化の要因については、晩婚化など結婚に関する要因やワーク・ライフ・バランスとこれに伴う女性への両立支援の不足、若者の就業環境の不安定化といった経済社会状況などを巡り、多岐にわたる議論が繰り返されてきた。ともあれ、不安定な働き方の増加など若者に将来不安を抱かせる状況では、新たな家族形成への意欲がわくはずもなく、そこに追い打ちをかけたコロナ禍による不安が少子化を加速させたというのが、この論考における加藤氏の現状認識です。
しかしながら、今回のコロナ禍がもたらした社会生活の変化は、長期的に見れば日本の少子化の流れを弱める可能性を有しているかもしれないと、氏はここで指摘しています。テレワークの普及によるフレキシブルな働き方や通勤時間の減少は、ワーク・ライフ・バランスを促す方向に作用する。家庭で夫婦が共有する時間が増えれば、家事や子育てなどにおける男女の役割分担に関する考え方を一歩先に進める可能性があるということです。
ただし、経済や就業に関わる将来不安を打ち消すほどのプラスの効果をもたらすかどうかは、テレワークなど新しい働き方がどこまで社会に定着するかにもよると氏は言います。コロナの収束とともに再び長距離通勤の日常が戻れば、ワーク・ライフ・バランスの改善は見込めないということでしょう。
さて、加藤氏はこの論考で、少子化の加速と(それに伴い)今後予想される日本の経済社会への影響に関して、以下の3点を指摘しています。
まず、第一に氏が懸念するのが、若年層比率の相対的低下が技術進歩などの遅れをもたらし、生産性を低下させ経済成長の足かせになる可能性があるということです。そして第二に、社会保障のみならず税制を含めた若年世代の負担がさらに増すということ。最後の第三は、地域的な人口減少・高齢化の偏在化をさらに顕著にする恐れがあることだということです。
これらの影響は、出生率のわずかな差で長期にわたり深刻化すると氏は言います。なぜなら、こうした動きは低出生率による少ない若年人口が、さらに少ない若年人口を再生産するという複利計算のようなサイクルを伴い、小さな差が蓄積されて拡大されていくから。社会的にはそこまで長期的な視野を持つことは難しいため、少子化への抜本的な対応が遅れがちになるということです。
一方、そうした中、1994年に策定された政府の子育て支援総合計画「エンゼルプラン」以降、多くの少子化対策が実施され、内容も規模も手厚くなってきたことも事実だと氏はしています。実際、児童手当の対象児童の範囲の拡大や保育サービスの質的拡充、育児休業手当の増額など少子化対策は前進しており、やるべきことはやってきたと言える。では、なぜ少子化の加速を止められなかったのか。あるいは少子化対策は有効ではなかったのか。
こうした状況に加藤氏は、そもそも「(子育て支援を中心とした)少子化対策によって人口問題が解決する」という、問いの立て方自体を見直す必要があるかもしれないと話しています。これまでのような少子化対策を繰り出せば人口減のスピードを緩めることはできるかもしれないが、(それでも)人口減のトレンドを止めるのは難しいのではないかというのが氏の見解です。
少子化の背景には、若い世代が安心して家族形成をできる環境が整っていないなどの多くの課題がある。①将来への漠然とした不安、②非正規雇用の増加などに伴う不安定な生活、③両立支援に消極的な保守的な考え方や組織体質、④妊婦や幼子を迷惑と感じさせる社会的風潮、などが積み重なって、子どもを持つことを躊躇わせる社会状況をもたらしているというのが氏の指摘するところです。
そうであれば、(小手先の)少子化対策では限界が見えるというのが氏の見解です。社会全体の意識や行動が変わっていかなければ日本は少子化のわなから抜け出すことはできない。社会全体で少子化がもたらす長期的課題を真に理解し、社会改革の決意とこれを継続する強い意志が求められているということです。
さて、もとより、子どもがたくさん生まれていた(いわゆる)ベビーブームの時代でも、子育て環境が今よりずっと整っていたかと言われれば、決してそういうわけではないでしょう。
若いカップルが「子供を持ちたい」と思うには、第一に(家族とともに暮らす未来が描けるほどに)将来に希望が持てること。そして第二に、社会全体で子供を育て大切にしてくという意識が社会の中で共有されていることが必要なのだろうと、私も加藤氏の指摘からから改めて感じたところです。
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