MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯276 バターはなぜ不足したのか

2014年12月26日 | 日記・エッセイ・コラム


 バターの最大需要期であるクリスマスを控えた11月以降、全国的に家庭向けのバターが品薄になっている旨の報道が相次ぎ、実際、12月の一時期には、首都圏のスーパーマーケットの陳列棚にも「おひとり様一点限り」といった張り紙が目立つようになっていました。

 こうした家庭用バターの需給ひっ迫に対し、西川農林水産大臣は12月24日の閣議後の記者会見で「品薄の状態は解消されつつある」という認識を示すとともに、今後はバターの輸入を前倒しして行うなど「国としての対応を見直す」との方針を明らかにしました。

 今回のバター騒動については、昨今の国内酪農家の減少に加え昨年の猛暑に伴う乳牛の体力回復が遅れたことにより、原料となる生乳の生産量が減少したことなどが直接的な原因として指摘されています。

 従来から(特に)家庭用のバターは、原料となる生乳の生産量の落ち込みなどによる供給量への影響が大きい乳製品とされてきました。このため、国内における生乳の生産状況を踏まえ、農林水産省も11月までにバターの緊急輸入を決めていたほか、大手乳業メーカー各社に対しても供給量を前月よりも約3割程度増やすよう要請していた中での騒ぎだったようです。

 しかし、よく考えれば今回の政府の対応にも、何か「違和感」というか、腑に落ちない点があります。

 市場でのバター不足を受けて、「国がバターを緊急輸入」と多くのマスコミがごく当たり前のことように(疑問もなく)報道していましたが、バターの生産量の落ち込みが以前から予想されていたのであれば、普通なら市場経済の原則に基づき民間企業が輸入量を増やしこれを補うはずです。そこにわざわざ政府が(税金を使って)緊急輸入をしたり、決めたりする必要がどうしてあるのか。

 こうした素朴な疑問に対し、12月26日の「ダイヤモンド・オンライン」では、慶応大学大学院教授でコメンテーターとしてマスコミなどでも活躍中の 岸 博幸(きし・ひろゆき)氏が、その理由を分かり易く説明しています。

 岸氏は、今回のバター不足を、農林水産省の行政上の失策という「人災」であるとこの論評で断じています。

 実は今年は、欧州での生産増加やロシアの需要減により、国際市場ではバターの需給が大幅に緩和し、価格も大きく下落していたということです。

 そうした中、日本だけが品薄状態になった。(そこには、国が国内で生産される加工用の生乳を政策的に「チーズ用」に振り向けたという原因があったようなのですが、それはまた別の話としておきます。)

 そして農林水産省では、予想されるバター不足を補うため5月に7000トン、9月に3000トンの(安い)海外産のバターを緊急輸入し、市場に逐次投入したというのが、この問題への春からの政府の対応状況です。

 日本のバター(の輸入に)に関しては、過去の多国間貿易自由化交渉(GATTウルグアイ・ラウンド)により定められた一定量を、関税率35%で海外から輸入しています。実は、それ以上の量については国内畜産業の保護の名目で何と360%という関税率がかけられており、現実には輸入量が厳密に制限されている状況にあると岸氏は説明しています。

 しかも、(独)農畜産業振興機構という農林水産省の外郭団を通じなければ前者の安い関税率(35%)で輸入することはできない仕組みになっており、まさに政府が独占的に輸入を管理している(民間企業は輸入したくてもできない)状態にある。このため、バターの輸入については、従来から「緊急輸入」というような計画経済的な古めかしい言葉のもと、お上の許しを得て必要量を輸入する(していただく)といった状態が、現在でも当たり前のように続いていると岸氏は説明しています。

 一方、政府と同じような(農林水産省の天下り職員が経営する)組織である独立行政法人に民間の市場の需給の先行きが予測できるはずなく、また市場の変化に柔軟に対応できるはずはない。つまり、農林水産省が民間によるバターの輸入を阻害している状態にあるというのが、こうした状況に対する岸氏の認識です。

 岸氏によれば、バター不足は近年でも今年が初めてではなく、2008年、2013年にも同様の需給ひっ迫が起きているということです。その背景にはもちろん酪農家の減少などの個別の事情もありますが、こうした背景を考えると、農水省の行政の失敗による人災の面も否定できないのではないかと岸氏はこの論評で述べています。

 今年のバター不足のような事態を繰り返さないためにも、農作物や乳製品などに対する高い関税率と、国の機関による一元的・独占的な輸入体制を見直すべきではないのか。そしてそれに留まらず、こうした状況に何の疑問も持たず、政府から提供された資料をそのまま報道するマスコミの姿勢にも問題があるのではないかと、岸氏は改めて指摘しています。

 安倍首相はアベノミクスの第三の矢である「成長戦略」について、「全身全霊を傾けて戦後以来の大改革を進める」と発言しているが、こうした状況を見る限り「具体的にやるべきこと」はたくさんあるはずだ、と岸氏は言います。

 今年のバター不足を教訓に、今後は農業の岩盤規制の改革が進むことを切に期待したいとする今回の岸氏の見解を、規制改革を進める上での具体的な視点として、私も改めて興味深く読んだところです。


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