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フランスの経済学者トマ・ピケティ氏による「21世紀の資本(Le capital au XXIe siècle)」が、アメリカを中心に世界的なベストセラーとなっていることは、5か月ほど前の本欄でも触れました。(←「21世紀の資本論」2014.10.2)
本著の邦訳本の発行と著者であるピケティ氏の来日が重なったことで、今年に入って以降、我が国の政治や経済の世界においても「ピケティ・ブーム」とも呼ぶべき新しい状況が生まれているようです。
氏が指摘したヨーロッパやアメリカの状況と同じように、日本においても「格差社会」は明らかに拡大していると言えるのか。もしそうであるとすれば、それは一体何が原因なのか。こうした議論がここひと月ほどの間、国会も含め、各種論壇やメディアなどにおいて様々に繰り広げられています。
貧困の連鎖や世代間格差の問題などに目を向ける人々にとって、ピケティ氏の指摘はまさに我が意を得た、溜飲が下がるものとして受け止められたのかもしれません。
従来の「フロー」を中心とした経済学説から鮮やかに抜け出し、「ストック」に注目して、両者が生み出す利益の動きを追った氏の視点は、ごく一部の「持てる」人々に富が集中していくとされるグローバル社会の行方と、その理由をくっきりと浮かび上がらせるに十分な説得力があったということでしょう。
一方、こうして話題を呼んでいるピケティ氏の指摘や来日時のコメントなどに対し、2月17日の「nikkei BPnet」では、東京大学教授で政府の復興推進委員会委員長なども務める伊藤元重(いとう・もとしげ)氏が、いくつかの視点から自身の見解を示しています。
「この本が世界的なベストセラーになる背景には、多くの国で格差問題が真剣に取り上げられていることがあるだろう。ただ、ピケティの格差論は日本の現実からは少し遠いような気がする。」と、伊藤氏は現在の日本におけるピケティ・ブームを評しています。
少なくとも現在の日本では、累進性の高い相続税があることで、何代にもわたって資産が特定の家族の手元に残るということは起こりにくい。今後のことはわからないが、(当面は)ピケティの著書にあるような「資産格差」は日本では考えにくいのではないか。…それがこの論評において伊藤氏が指摘しているところです。
しかし一方で伊藤氏は、先進国の多くで拡大している膨大な公的債務の解消に関するピケティ氏の分析に注目し、今後の財政再建論議を考える視点として、これは非常に興味深い論点ではないかとしています。
ピケティ氏は、現在の日本にあるような膨大な公的債務を解消していくには三つの方法が考えられると「21世紀の資本」に記しています。
そのひとつは、(1)歳出削減や消費税増税などによる財政健全化で公的債務を返済していくという方法です。そして二つ目が、(2)インフレを起こして実質的に債務を削減してしまう方法。さらに三つ目が、(3)富裕層の資産に厳しい累進課税を導入して、その税収で債務を削減するという方法です。
伊藤氏が「興味深い」としたのは、ピケティ氏の主張が現在の日本のいわゆる「常識」とはあまりに異なっているからだということです。
この三つの政策の「優劣」について、ピケティ氏は、最も適切でないのは(1)の財政健全化であるとしています。そして、もっとも好ましいのが、(3)の富裕層に重い税をかけて債務を減らすという方法だということです。
その理由をピケティ氏は、財政健全化で債務削減をしようとすると、多くの国民に長期間の負担を強いることになるからだとしています。それよりはインフレで帳消しにした方が手っ取り早いし、さらには富を独占している富裕層に課税した方が、社会に与える痛みが少ないからだということです。
ピケティ氏のこうした主張について伊藤氏は、「それは、現実的な議論ではないというよりは、今後の財政再建論議を考える視点として非常に刺激的な論点である。」と評価しています。
現実論として見れば、「国家財政」は政府の財政運営への信頼があってはじめて機能するものであり、「インフレで債務を帳消しにする方がましだ」という考方を表に出すことは、その基本を破壊するようなものだと伊藤氏は指摘しています。また仮に政府が債務解消の財源の多くを富裕層への課税に求めるとすれば、規模の大きさから大変な経済的混乱が起きるだろうということです。
しかし、その一方で、ピケティ氏が言う三つの公的債務解消論には、実は重要な「示唆」が含まれていると伊藤氏はこの論評で述べています。
そしてその「核心」にあるのが、現実的に考えて、果たして本当に常識的な「財政健全化策」のようなものだけで、日本が抱える巨額の公的債務を解消することが可能なのか?…という疑問です。
例えば、現在の日本の財政赤字1000兆円のうち半分の500兆円を消費税増税と歳出抑制で賄っていくためには、まず、現在毎年35兆円が積み上げられている恒常的な財政赤字を歳出削減により何とかしなければなりません。その上で年間20兆円分の増税を行ったとしても、現在の赤字を半分にするためにざっと計算しておよそ25年の歳月を費やす必要がある(…そして言うまでもなく、これは現実的な方策ではない)ことを伊藤氏は指摘しています。
こうした状況を直視してみれば、政府が進めようとしている財政健全化策に、ピケティ氏の示した「インフレ策」や「資産課税の利用」を加えていくというのも、確かに随分と現実的な方策のように見えてきます。
インフレには、マイルドなインフレも破壊的なハイパーインフレもある。社会を破たんさせない2~4%程度のインフレが続けば、公的債務はかなりのスピードで解消できるのではないかというのが伊藤氏の認識です。
また、資産課税についても、公的債務削減のために多くの国民が何十年も苦しむよりは、その負担の一部を軽減するため資産を持っている人から相続税などの形で負担してもらう方が確かに社会への影響が少なく、これもそれほど悪い案ではいのではないかと氏は続けています。
積み上げられた途方もない規模の公的債務を削減するためには、従来型の(ある意味「きれいごと」の)財政再建策だけでは十分ではないことは明白で、そうしたことを「真剣に」考えさせてくれるのがピケティのこの指摘であったと、伊藤氏は論評を結んでいます。
伊藤氏の指摘を待つまでもなく、日本の財政赤字が既に「そういうところ」にまで来ていることは明らかだと言えるでしょう。
こうした状況を「見ないふり」をして、「無いこと」にしている多くの日本人よりも、ピケティ氏はより「現実的」な視点を我々に提供しているということになるのかも知れません。
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