MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2235 求められる政策形成の正常化

2022年08月23日 | 政治

 安倍晋三元首相への銃撃と死亡という大きな事件の直後に行われた7月の参議院議員選挙。気が付けば(多少の混乱はあったものの)結果は与党の順調な勝利で終わり、何かとバタついてきた岸田文雄首相にも、(ようやく)落ち着いた政策運営の時間が訪れようとしているようです。

 思えば、「アベノミクス」や「一億総活躍社会」、「地方創生」など、まさに手を変え品を変え、次々と新しい政策を打ち出すことで(史上最長の)長期政権を維持してきたのが第二次安倍政権の特徴です。

 官邸主導のその政策運営は、大は「オリンピック・パラリンピックの誘致」から小は「アベノマスク」まで、(良くも悪くも)官邸官僚の思い付きとトップダウンによって、世論にアピールする目新しさを維持してきたといえるかもしれません。

 安倍・菅両政権の政策の流れを受け継ぐ形で発足した岸田政権ですが、「黄金の3年間」を迎えるにあたり、この先どのような姿勢で政権運営に臨むのか。

 そうした折、総合経済誌「週刊東洋経済」の7月30日号に、東京大学教授の牧原 出(まきはら・いずる)氏が「いびつな政策形成から今こそ脱却を」と題する論考を寄せていたので、参考までに紹介しておきたいと思います。

 ここまで安倍・菅義偉政権の政策を継承しつつ、名称を付け替え徐々に新しい政策を打ち出す手法を採ってきた岸田政権。例えば、「地方創生」が「デジタル田園都市構想」になり、デジタル化を大きな柱として地域振興事業を行うこととなっていると牧原氏は指摘しています。

 もちろん、このままでは(新政権として)「新味」を出せるとは言い難い。新味のある政策として華々しく打ち出された「新しい資本主義」も、気が付けば当初の分配優位のものではなくなっているということです。

 しかし、こうした(次の)目新しさを求める前にしばし考えてみるべきことがある。それは、そもそも官邸が、自ら新政策を打ち出す必要があるのかということだと、氏はこの論考に綴っています。果たして、本当に官邸が打ち出す政策のみが政権の政策なのか。

 新型コロナウイスる感染症対策を常に念頭に置きながら、他方でウクライナ危機の状況に応じ諸国と連携してロシアと対峙する。そうしたことが、これから先も長期にわたって官邸の最重要課題になり続けるだろう。

 加えて、米国やG7・中国・韓国・北朝鮮などとの外交案件や予算編成、そして国家安全保障戦略の改定といった、官邸でなければ携われない政策もある。こうなると、安倍・菅政権やそのれ以前のように、官邸が常に新しい政策を打ち出し、政治を牽引する余裕は実際上乏しいというのが牧原氏の指摘するところです。

 翻って、そもそも内閣とは、それぞれの大臣が各省の政策を担いつつ、合議によって政策の方向性を決める仕組みであるはず。だとすれば、各省(大臣)が新規の政策を打ち出し、それが政権の施策となっても何ら不思議はないと氏は言います。

 次々と訪れる「複合危機」に対応すべく、官邸が危機対応に注意力を割かねばならない以上、代わって長期的な政策形成を果たすべきなのは各省のはず。そこには、主務大臣の下に多くの政策要員が抱えられており、いざとなれば独自に専門家を集め、政策形成を進めることができる条件がそろっているということです。

 実際、自民党の55年体制下では、実効性の高い数々の政策が担当省庁で立案され、政権を(ある意味)地に足の着いた存在にしてきたと氏はこの論考に記しています。

 つまり、このような政権は、単に官邸が形ばかりの政策を打ち出すよりも足腰の強いものになりうるということ。そもそも、各省が一斉に新規の政策革新を進め、官邸が最終的な調整を行うという体制は、内閣制度が本来、理想とするものであり、盤石なのだというのが氏の見解です。

 では、なぜ安倍・菅政権はこうした方向性を嫌ったのか。それは、各省にイニシアチブをとられ、首相の意向が届かなくなる事態を警戒したからだと氏は説明しています。

 具体的には、第一に、民主党からの政権奪取を遂げた安倍政権では、三年余りも民主党の下にいた官僚への警戒感が根強かったこと。第二に、政権発足時には内閣人事局はなく、各省に対する官邸の党勢には限界があったこと。そのして第三に、発足時の安倍首相には第一次政権の失態のイメージが色濃く残り、そのリーダーシップに疑念があったことを、氏はこの論考で挙げています。

 そして何より、そうした傾向を顕著にさせたのは、首相や官房長官だけでなく、官邸に呼び寄せられた首相子飼いの官邸官僚の間に、(事務次官以下)各省本流に対するルサンチマンが、長らく漂っていたことだということです。

 こうして安倍・菅政権は、官邸によるいびつな政策形成を9年もの間続けてきた。それは(あくまで)政治主導の「王道」というよりは「覇道」であり、現在現れつつある経済政策の行き詰まりや、長期政権にもかかわらず乏しい内政での成果は、その当然の帰結だろうと氏はこの論考の最期に綴っています。

 今後の岸田政権の浮沈は、官邸の危機対応と並行した各省の能動的な政策革新に懸かっている。そして、そうした動きの中から、ポスト岸田の有力な候補者も生まれてくるだろうということです。

 政策形成の主力を(問題を最もよく知る)各省庁に戻し、できるだけ早く正常化すること。日本の活路を見出すためにも、省庁の官僚が持つ知見やノウハウ、そして何より人材を有効に使うことが求められているということでしょうか。

 一部の人間の思い付き(と忖度)で政策が決められる時代はもはや過去のもの。これから先、政府内の有意義な政策革新が政治の原動力となる時代が開けてくるのではないかとこの論考を結ぶ牧原氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。

 



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