MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯727 高齢者消費の黄金時代が来ないわけ

2017年02月10日 | 社会・経済


 内閣府が発表した平成27年版の「高齢者白書」からは、少なくとも現時点における日本の平均的な高齢者の、(こう言っては失礼ですが)案外「余裕のある」暮らしぶりが改めて透けて見えます。

 60歳以上の高齢者に対し『経済的な暮らし向き』について尋ねた結果では、「家計にゆとりがありまったく心配なく暮らしている」、若しくは「家計にゆとりはないがそれほど心配なく暮らしている」と感じている人の割合は全体で71.0%に及び、年齢階級別にみると「80歳以上」では実に80.0%にまで達しています。

 高齢者世帯の平均年間所得は309.1万円で、全世帯平均(537.2万円)の半分強に過ぎませんが、世帯人員1人当たりでは(高齢者世帯の平均世帯人員が少ないことから)197.6万円となり、全世帯平均(203.7万円)との間に大きな差はみられません。

 また、所得の内訳をみると、公的年金・恩給を受給している高齢者世帯の約7割において、公的年金・恩給の総所得に占める割合は80%以上となっており、それぞれ社会保障制度の恩恵に(それなりに)預かることができているようです。

 一方、世帯主が60~69歳の世帯及び70歳以上の世帯では、他の年齢階級に比べて大きな純貯蓄を有していることも見て取れます。

 世帯主が65歳以上の世帯の平均貯蓄額は2,377万円で、全世帯平均1,739万円の約1.4倍となっています。また、貯蓄の目的について聞いたところでは、「病気・介護の備え」が62.3%と最も多い一方で、「生活維持のため」との答えは20.0%にとどまり、生活のために(貯金を)切り崩している状況にある世帯は概ね5世帯に1世帯の割合でしかないことも判ります。

 12月8日の日本経済新聞では、中央大学教授で社会学者の山田昌弘氏が、こうした日本の高齢者の消費の実態について、大変興味深い論評を寄せています。

 山田氏はこの論評の冒頭、10年ほど前に行った(作家の)堺屋太一氏との対談を振り返っています。

 (私もよく記憶していますが)そのころ堺屋氏は、高齢社会の持つネガティブな印象を振り払うかのように、「これから高齢者消費の黄金時代が来る」と様々なメディアで主張されていました。氏が予言していたのは、(自らが名付けた)「団塊の世代」がいよいよ退職期を迎え、資産も年金収入も教育も健康もそして時間も十分にある高齢者が消費市場に出てくる…という、高齢者が消費を牽引する未来の姿です。

 しかし、山田氏はその対談の際、堺屋氏に対し、欧米と違い日本では「家族のあり方」が制約になって、お金があってもなかなか消費に回らないのではないかとの疑問を呈したとしています。

 まず、日本では通常、家計を妻が管理していることを、山田氏は理由のひとつに挙げています。

 氏の調査では、現役世帯で4組に3組の夫婦が夫は収入を全額妻に渡し、小遣いを妻からもらう形態をとっているということです。当選、引退後も財布のひもは妻が握るのが多数派となることでしょう。すると、いくらお金があっても、夫は老後の資金をとても自由には使えません。

 団塊世代の夫婦年齢差は平均4歳で、平均寿命も6歳ほど女性が長くなっています。平均すれば、妻は夫が亡くなった後の10年を1人で生活しなければなりません。従って、(夫を愛しているかどうかにかかわらず)妻としては、お金を夫に自由に使わせたくないと考えるのは当たり前だということです。

 さらに日本では、夫婦共通の趣味を持つ高齢者は少なく、共通の趣味を楽しむために2人でお金を使う夫婦は少数派だと山田氏は指摘しています。夫婦仲も欧米に比べて良いとは言えないので、自分の趣味のために夫婦のお金を使うと相手に嫌がられることになる。夫が引退後、例えば田舎で(悠々自適に)暮らしたいと言っても、妻が反対して実現しないことが多いということです。

 さらに、老後は、子どもとの関係も問題になると山田氏は説明しています。

 氏は、高齢者は子どもとの関係が悪化することに不安をもっているとしています。現実に日本では、資産がない高齢者は子どもとの関係が疎遠になりがちで、これは「いい・悪い」の問題ではないと山田氏は見ています

 資産がなくなったら「子どもから見捨てられるかもしれない」という不安があるので、自分で使わずに持っていようという高齢者が増えると山田氏は説明しています。

 さらに言えば、日本では、いざ病気や介護状態が長期化したとき、中流生活を維持しようとすれば、ヘルパーなど余分な費用がかかると考えられています。その時、子供たち本当に「あて」になるのかと言えば、現在の経済事情から見て親たちの不安が募るのは当然です。

 引退後の高齢者は、今は何不自由なく暮らしていたとしても、そのような状態になったときに困らないようにお金を取っておこうとする。つまり、高齢者の貯蓄は、そうした構造的な理由から(そう簡単には)消費に繋がらないと山田氏は考えています。

 メディアは、(その方が「売れる」こともあって)高齢者の老後の不安を煽り、危機感を掻き立てる主張を積極的に取り上げがちです。また、今の日本では、実際に(夫に先立たれ)残された妻が一人で生きていくのはそれなりに大変なことでしょう。

 (当事者にならなければなかなかわからない)そうした事情を考えれば、タイミングよく資産を使い切り、人生(の清算)を保障してくれるような安心のシステムがない限り、「高齢者消費の黄金時代」はなかなか現実にものとはならないだろうとする山田氏の指摘に、私も「言われてみれば、確かにそうだよね…」と改めて膝を打ったところです。




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