ロシアによるウクライナへの軍事侵攻開始から、気が付けば1か月以上の時間がたちました。そして現状は、大規模なロシア軍勢力の前にウクライナが一方的に蹂躙されると考えられていた当初の予想を覆し、各都市における戦況はマウリポリなどの一部の都市を除き)膠着状態が続いている模様です。
米国防総省高官は3月22日、侵攻開始当時20万人とも言われたロシア軍が、既に戦力の10%以上を失った可能性があると話しています。ウクライナ軍による反攻も実を結んでいるとされ、首都のあるキエフ州から撤退するロシア軍の姿なども確認されているところです。
今回ウクライナに投入されたロシア軍の兵力をおおむね18万人と見積れば、ロシア軍全体の兵力の約65%に当たるとされています。投入された兵器の数量も軍全体の65%程度と想定すれば、兵員数、装甲車、戦車、航空機、ミサイルなど、ウクライナ軍を数十倍規模の戦力で圧倒しているはずなのに、なぜロシアはこんなに弱いのか。
東西冷戦時代に青春を過ごした私たちの世代にとって、ロシア(=ソ連)という国のイメージは、暗く不気味で抑圧的な軍事国家というものです。何を考えているかわからないけれど、腕力だけは誰にも負けない。懐が深く、タフで我慢強いのがかの国の特徴だったのではなかったのか。
思えば、侵攻開始以降、国際社会におけるロシアは西側諸国の経済制裁やメディア戦略にもやられっぱなしでいいところなし。(別にプーチンの味方をするわけではないのですが)軍事的な戦略ばかりでなく、経済も含めた内外への対応が拙なすぎると感じているのは私だけではないはずです。
誰もが耳を疑ったロシアの侵攻の報からひと月を経て、新たな春を迎えようとしている国際社会の現況をどう見るべきなのか。
『週刊プレイボーイ』誌の3月28日発売号に、作家の橘玲(たちばな・あきら)氏が「ウクライナ侵攻でわかったことは、ロシアの存在感の小ささとデモクラシーの復権」と題するコラムを寄せているので、参考までにその概要を紹介しておきたいと思います。
ロシアのウクライナ侵攻は膠着状態に陥り、「数日でキエフを占領して傀儡政権を樹立する」というプーチンの当初の戦略は破綻した。ウクライナには「祖国を守る」という大義がある一方で、ロシアは奇矯な主張を繰り返すばかりで、この戦争を正当化することすらできていないというのがこのコラムにおける橘氏の見解です。
SNSで世界中にメッセージを発し、各国の国会で演説するなどすっかり「ヒーロー」となったゼレンスキー。一方、プーチンがいまだに国際社会に向けてなにひとつ言えていないことに、この戦争の「道義的な非対称性」が象徴されていると氏は言います。
そうした中、断続的に停戦協議は行なわれているものの、このまま撤兵すれば政権の存続が危ぶまれるプーチンが安易に妥協するとは思えない。かといってロシア兵の士気は低く、ポーランド経由で最新式の兵器が大量に運び込まれているウクライナにも降伏する理由も見当たらない。だからこそ、この状況を打開するためにプーチンが「戦術核」を使用するのではないかとの警戒感が高まっているというのが氏の認識です。
今後、どのようなことが起きるかは予断を許さないが、これまでにわかったことはいくつかあると氏はここで指摘しています。
ひとつは、ロシアのプレゼンス(=存在感)が思ったよりも小さかったこと。プーチンは、ウクライナのような小国の運命など欧米は気にしないと高をくくっていたのかもしれないが、(石油や天然ガスなどの産出国としては一定の影響力はあるものの)経済制裁でロシア国債がデフォルトしそうになっても金融市場はまったく反応せず、逆に株価が上がったりしていると氏は言います。
実際、ロシアのGDPは世界11位(2020年)で韓国より小さく、アメリカの7%、中国の10分の1しかない。プーチンは(今回の軍事作戦で)ロシアの威信を取り戻せると思ったのかもしれないが、そうした威信などもともとなかったというのが氏の指摘するところです。
もうひとつは、デモクラシー(民主政)の復権だと氏は話しています。コロナ禍の初期には、大量の感染者・死者を出しながら右往左往する欧米諸国に対し、中国のような権威主義国家が効果的に感染を抑制した。移民問題や経済格差の拡大を背景に、イギリスのEU離脱やアメリカでのトランプ大統領誕生などの混乱が起きたこともあり、「西欧の民主政は耐用年数を過ぎ、機能不全に陥っている」との危惧が広まったと氏はしています
もちろん、そのとき提起された問題はまったく解決できていないものの、今では「戦争を勝手に始める独裁政より、政治家が有権者の顔色をうかがう民主政のほうがずっとマシだ」と誰もが思うようになっている。そう、いつだって人々が一番大切にするのは、自分と家族の安全だということです。
現在、ウクライナの凄惨な状況や市民の英雄的な抵抗がメディアで報じられ、SNSで拡散されることで、平和や自由、人権などのリベラルな価値観が再評価されていると氏は話しています。
とりわけ最大の権威主義国家である中国の脅威を感じるアジアの国々は、台湾を筆頭に、リベラルな政治・社会体制をつくることで中国と差別化し、欧米との連帯を強める方向に動く可能性が高い。グローバルな規模で「リベラル化」が進み、この潮流は東アジアや東南アジアにも大きな影響を及ぼすことになるはずだというのが氏の予想するところです。
橘氏も指摘しているように、米中対立の顕在化や新型コロナのパンデミック、そこに今回のウクライナ危機などが加わり、(ここ数年)社会や人権や統治に関する国際社会の意識が大きく揺れてきたのはおそらく事実でしょう。
そうした中、(そうしたものへの感覚が鈍い)日本だけが、この「リベラル化の競争」から脱落しないことを望みたいとこのコラムを結ぶ氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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