MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯944 日本のがん対策(その2)

2017年12月18日 | 日記・エッセイ・コラム


 引き続き、10月19日の総合情報サイト「Wedge」に寄せられた、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之氏の論評(「日本のがん対策の現状」)から、日本のがん治療の現状と課題を追っていきたいと思います。

 勝俣氏は、がん検診にはこのような(←「♯493日本のがん対策(その1)」)限界があるため、専門医等による「標準治療」を推進し、どこに住んでいても同じレベルでそれを受けられるように均てん化することが、がん対策のもう1つの要となると説明しています。

 この「標準治療」とは、英語の“Standard therapy”を日本語に訳したもの。標準治療は(現時点での医療技術における)「最善の治療」を意味する言葉ですが、英語のStandardには「並みの」という意味が含まれているため、氏によれば、患者に「もっと良い治療があるのではないか?」との誤解を生むこともよくあるということです。

 日本における標準治療は、がんに限らず「診療ガイドライン」に定められています。厚生労働省では「がん診療連携拠点病院」の指定要件に「各学会の診療ガイドラインに準ずる標準的治療などがん患者の状態に応じた適切な治療を提供すること」を挙げており、ガイドラインに準じた適切な処置・施術が求められているということです。

 しかし、厚労省の「がん対策推進基本計画中間報告書」(2015年)によると、がん診療連携拠点病院における標準治療の実施率には、大きな施設間格差があると勝俣氏はここで指摘しています。

 その原因について氏は、がん薬物療法(抗がん剤など)の急激かつ著しい高度化を挙げています。がん薬物療法を専門とする腫瘍内科医は、(外科の専門医が全国に2万2851人いるのに対し)1192人しかいない。結果、日本の臨床現場では抗がん剤などを外科医などが処方することになり、そうした状況では最新の薬の副作用まですべてをカバーするのは難しいということです。

 さらに勝俣氏は、日本の現在のがん医療には、さらに大きな問題があると指摘しています。それは、先進国であるはずのこの日本で、科学的エビデンスのない「インチキながん医療」が蔓延していることだということです。

 8月27日、臍帯血をアンチエイジングやがんに効くなどと言って患者に使用していたクリニックの医師が、再生医療等安全性確保法違反容疑で逮捕されたのは記憶に新しいところです。

 氏は、この事件における問題の本質は、ガイドラインにまったく記載のない臍帯血治療が、自由診療として高額な治療費で患者に行われていたところにあるとしています。

 患者の立場からすれば、自由診療で医師が行っているものでも、ホームページで何千例の投与実績があり、効果や副作用などについての情報も詳細に記載があったら「特別な治療」であると誤解しかねないのは当然です。

 標準治療にも限界があり、積極的な治療が困難になった患者が「何か良い治療がないか」といった藁をもすがる思いで民間療法に頼ることは多いと勝俣氏は言います。そうした時、「がんに効く」とうたって自由診療を行っている、例えば免疫細胞療法や遺伝子治療、高濃度ビタミンC療法、水素温熱療法などが目に留まったらどうなのか。

 がんは難病であり、まだまだ治ると言い切れる病気ではないことは勝俣氏も認めています。

 日本は皆保険の国であり、優れた治療があればすべて国が承認し、保険適用とされるのが建前です。逆に言えば、国が承認していない治療は、効果が認められていない研究的治療なのであるということ。患者はそこを理解したうえで、実用段階ではないこうした治療を受ける際は必ず担当医に相談してほしいと、氏はこの論評に記しています。

 勝俣氏によれば、先進諸国では未承認のがん治療は、研究治療として政府に届け出をすることが義務付けられているということです。しかし、日本では医師が行う保険外の自由診療は、医師の裁量権として許されている。

 氏はこの論評において、未承認の治療や研究的治療は患者に安易に行われるべきではないと、改めて指摘しています。本来は医学的に妥当であるか、また人間に投与することが妥当であるか倫理的な問題まで、第三者による厳密な審査(倫理委員会)を経てから投与されるべきものだということです。

 一方、(氏によれば)未承認の治療を行っている医療機関は日本国内にざっと数百はあるということです。海外先進諸国でもがんの民間療法は多数存在するが、医師が行うガイドラインにも記載のない未承認治療が行われ、患者から高額な治療費を徴収している医療がこれほどまでに蔓延している国は日本のみだと勝俣氏は説明しています。

 こうした状況について米国のあるがん専門医は、「米国ではありえない話だ。すぐに訴訟問題になるだろうし、そのような医師がいたら、州の法律では場合によっては、免許はく奪になる」と話しているということです。

 氏は、日本のがん医療において粗悪な医療が横行していることは、先進国としても恥ずかしいことだとしています。

 確かに、患者は医師(免許)を信頼し、限られた情報の中で最善の治療を受けたいと(まさに必死の)情報収集をしているのであって、そこにエビデンスの伴わない医療を提示するのは医師としての責任感に欠ける行為と言えるでしょう。

 一方、こうした状況の中、患者サイドにとっては、自分の健康を自らの手で守るため、様々な情報の中から最も症状や状況に合った医療を選択できるような分かりやすい情報や、それを探すためのツールが必要なことは言うまでもありません。

 勝俣氏は、現在の日本のがん医療において最も問題なのは、優れた医師がいるのにもかかわらずそれを生かすための医療制度ではないところにあると説明しています。

 こうした問題を解決するためにも、国は標準治療実施状況の「見える化」にさらに取り組む必要がある。また、蔓延する未承認のがん医療に関しては、(医療への信頼を守るという意味からも)規制をかけることも検討する必要があるとする勝俣氏の指摘を、私もこの論評から大変重く受け止めたところです。




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