ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【2017/12/04 鹿鳴荘便り 前文】難波先生より

2017-12-04 14:08:14 | 修復腎移植
11/26(日)宇和島市で開かれた、「宇和島腎移植四十年記念講演会・祝賀会」盛況だった。約70人の人が、JR宇和島駅構内のホテル・クレメント内の祝賀会場に集まり、四国初の腎移植を指導した福田康彦先生の思い出話を聞き、ついで祝賀会に移った。
 福田先生は約100枚のパワーポイント・スライドを駆使して、免疫抑制剤の開発が進んでいなかった1970年代の腎移植成績がいかに悪かったかという話や宇和島で四国最初の腎移植が行われて以来、中四国地方では愛媛県の腎移植が突出して多いという話をされた。
 メインテーブルには講師の福田康彦先生、「瀬戸内グループ医師団」の万波誠さん、光畑直喜、西光雄の皆さん、宇島市立病院名誉院長・近藤俊文先生、私の他に、愛媛県会議員、宇和島市長が一緒だった。修復腎移植の「流れが変わった」という印象を受けた。
 万波さんは相変わらず、ジャンパーに突っ掛けというスタイルだった。少し髪が薄くなっていたが、衰えは認められなかった。
 最近も同じレシピエントに「三回目の腎移植」をしたと別の医師から聞いた。腕も衰えていないようだ。

 東京新聞の片山夏子さん、テレビ愛媛の村口敏也さん、作家の高橋幸春さんなど初期から一貫して「修復腎移植」支持を表明してくれた方々に再会できたのもうれしかった。
 今後は、NPO「移植への理解を求める会」の運動が、「修復腎移植」の保険適用を求める一大患者運動として発展することを期待したい。

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