ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【直感】難波先生より

2013-03-19 12:46:11 | 難波紘二先生
【直感】囲碁6冠を達成した井山裕太(23)の研究を、「産経」が3回にわたり連載した。面白く読んだ。最終回にこういう記載があり驚いた。
 「井山は打つべき手を複数の選択肢から検討し、千手まで読む。だが意外にも対極相手を悶絶させる妙手は<「第一感」という最初の直感によるものが多い(井山)>のだという。」


 この「最初の直感」というのが興味深い。コンピュータ的論理演算により千手先まで計算した結果と、最初に直感的に出て来た結果が同じだというのである。これはどういうことか?
 この箇所を読んで、大正=昭和期の東大法学部教授だった末弘厳太郎の随筆集「嘘の効用」(冨山房文庫)に含まれている「小知恵にとらわれた現代の法律学」という一文を思い浮かべた。「人間味のある名判決はどうしたらできるか」というのが彼の問である。
 
 囲碁の妙手も、名判決も、素晴らしい病理診断も、私から見ると論理的に等価である。出てくるメカニズムは同じにちがいない。
 末弘は問を抱いて、内外の裁判官に「審理をつくした後、判決は直感的に出てくるか、それとも法文と理屈が先に出て、その推理の結果ようやく結論つまり判決が出るか」と聞いた。ほとんどの裁判官が、「結論が直感的に先に出る。理屈(主文)は後からつけるものだ」と答えたという。


 (この後、末弘の議論は、裁判でもっとも重要なのは裁判官の人格だという点に及ぶが、それは割愛する。なおこの本は上下2冊あるが、編集者の川島武宣が時系列を無視して上巻によいものだけを入れたので、下巻は年譜がついているだけで内容はつまらない。買うのなら「上」をお奨めする。「休まず、遅れず、仕事せず」と喝破した「役人学三則」もこれに含まれている。これで役人に憎まれた末弘は、文部省により戦後「追放」になっている。軍国主義に抵抗した末弘を「戦犯」扱いしたわけで、役人というのはここまで卑劣な人種なのだ。)


 病理診断も同じで、いつか京都の土橋先生とも議論したことがあるが、顕微鏡標本を1000倍まで拡大できる顕微鏡にかけても(顕微鏡は接眼レンズが10倍、対物レンズが4倍、10倍、20倍、40倍、100倍と回転式=ターレット式になっている。安物は対物4ヘッドしかない。血液病理学者は5ヘッド式を使う)、血液の癌以外はだいたい100倍のレベルで診断がつく。まだ細胞が見えない段階で、病変の広がり方や色調を見て、つまりパタン認識により診断がつく。


 そうでない場合は、次第に倍率を上げて、100倍対物レンズと油浸オイル(今は、オイル不要の100倍対物ドライレンズができた)を用いて、1000倍で細胞をひとつずつチェックして行く。驚くほどの情報量がある。例えばがん細胞の悪性の度合い、バー小体の有無による男女の判別、リポフスチンの沈着度合いによる推定年齢などが、1枚の病理標本からわかる。それらの情報(証拠)を基に、鑑別すべき診断群を列挙し、除外診断を行い、否定される病名を除いて行く。最後に残った診断は、推論の過程に間違いがなければ、それがどんなに稀な疾患であり、日本で報告されたことがないにしても、「正しい診断」なのである。これは推理小説の犯人探しと同じだ。


 このプロセスを繰り返して修業を積むと、100倍のレベルで見たとたんに病名がつけられるようになる。さらにプレパラートをかざして、あるいは臓器を肉眼で、見ればほぼ診断がつくようになる。これは脳の中にその病変の概念に対応したシナプスの回路が作られ、その概念を通して網膜から能動的に情報を収集しているのである。それが「直感」である。


 視覚が外からの光を受動的に受けとめ、視神経を通じて脳の後頭葉にある「視覚中枢」に送っているだけ、という説は間違いである。その証拠に、能動的にものを見ている人と、受動的に見ている人の目の光をくらべてみればよい。まったく違う。動物学者日高敏隆は「動物と人間の世界認識」(筑摩書房)で、ユクスキュルの「環世界(Umwelt)」論を基に、「概念的イリュージョン」を獲得することで、はじめてものが見えると主張した。(概念を「イリュージョン」(幻覚)と呼ぶことにはやや抵抗がある。
 ただ「直感」では「在るもの」しか見えない。「ない所見」(裁判では「アリバイの欠除」に相当するか)に気づくのが正しい病理診断には不可欠である。


 井山裕太の「直感」も幼少時からの厳しい学習により、「千手先」が計算できるようになり、その先に「パタン認識」による直感的結論が出せるようになったのであろう。こういう時の、脳の働き具合を機能性核磁気共鳴法(fNMR)で調べたら面白かろうと思う。
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