今回は号外です。
残念ながら透析患者のいのちの綱である、修復腎移植は当面絶たれたままだ。
10/28, 11:00松山地裁の法廷に裁判長が正面ドアから入廷、陪席判事2名が左袖のドアから入廷。満員の傍聴者と報道陣が「一同起立、礼!」をやらされ、裁判長着席後に報道陣だけに2分間のカメラ、ビデオ撮影が許された。私が傍聴席でデジカメを取り出し裁判長の顔をアップでねらったら、「それはやめて下さい」と職員に制止された。
でその判決だが、読み上げたのは以下の3箇条で、たった20秒ほど。すぐに閉廷。なんじゃこれは…
<主文
1. 原告らの請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告らの負担とする。
3. 事実認定と判決理由については判決書において述べてある。>
(裁判長=西村欣也、裁判官=古市朋子、藤田圭祐 )
要するに原告側(患者側)の全面敗訴である。広島市から来た原告の一人、透析中の藤村さんが肩を落としていた。無念さは察するにあまりある。
透析患者の10年死亡率はおよそ50%。現に7人の原告のうち3人が、5年間の裁判期間中に死亡している。そしていま日本には31万人超の透析患者がいて、毎年2兆円近い医療費を使っている。
メディア報道に関しては、「朝日」松山支局の後藤記者が書いたと思われる記事をネットで読んだ。やっと朝日が「修復腎移植」という言葉を括弧で併記するようになった。これは評価する。
http://www.asahi.com/articles/ASGBX3QDHGBXPTIL00H.html
11:30からの記者会見に立ち会った後、判決書写しを入手し、松山を14:30頃、後にした。家まで帰らないと判決書を読み、それを評価することができない。事件の全資料が「鹿鳴荘病理研究所」に置かれているからだ。3時間半かけて車を運転し、18:00過ぎに自宅に着いた。
今日は約170キロ走行した。仕事場の机に向かい、一息入れて判決書を読んだ。
7月1日に結審、3ヶ月かけて書いた主文がA4用紙たったの23枚か…
要するに主文の中で、
1)移植学会の用語「病腎移植」でなく、「修復腎移植という用語を用いる」(p.6)としたこと。
2)判決理由書の末尾に、取って付けたように「慢性腎不全に対する治療方法の発展を願う患者ら、および医療従事者の真摯(しんし)な思いにかんがみれば、国内での研究、議論の進展、…患者と医療従事者の対話と相互理解によって、慢性腎不全に対する治療方法の実施に向けた、さまざまな取り組みがなされることが望まれる」(p.22)
とした部分の2箇所しか評価できない。
それほど判決文は学会側の弁護士の主張を受け入れ、被告有利となるような事実認定を行っている。
この判決は「修復腎移植」に対する医学的判断を回避したものだ。この裁判長は勇気がない人だろう。水俣病訴訟、ハンセン病患者訴訟、いずれも裁判所は医学的判断を避けていない。
ただ不思議なの、被告側では、東京の宮沢法律事務所の宮沢弁護士だけが、出席していた。他に弁護士も被告も、一人もいなかった。
裁判終了後、判決文の受け取りに署名捺印している宮沢弁護士の近くに行き、挨拶して「お見事でした」と言ったら、ちっとも嬉しそうな顔をしていなかった。勝訴して喜ばない弁護士もいるのか…
私は敗訴して落ちこんでいる。明日からは依頼されている医学論文の査読にしばらく取り組むことにしたい。
万波誠は幸田露伴『五重塔』(岩波文庫)に出てくる「のっそり十兵衛」のような男だ。
腕は抜群で、台風にびくともしない五重の塔を建てることができる。しかし口は立たない。だから誤解もされる。
アリストテレスは知識を「経験知」と「理論知」にわけた。経験値は「知ってはいるが説明できない知識」のことだとした。大工左官や名工名医の経験知は口で説明できない。
ポランニーは言葉で説明できない知を「暗黙知」と呼んだ(M.ポランニー『暗黙知の次元』,ちくま学芸文庫)。暗黙知を理論値として言語化し、論文や著書に変えて行くところに、学問の進歩がある。移植学会もはやくそこに気づいてもらいたいものだ。
残念ながら透析患者のいのちの綱である、修復腎移植は当面絶たれたままだ。
10/28, 11:00松山地裁の法廷に裁判長が正面ドアから入廷、陪席判事2名が左袖のドアから入廷。満員の傍聴者と報道陣が「一同起立、礼!」をやらされ、裁判長着席後に報道陣だけに2分間のカメラ、ビデオ撮影が許された。私が傍聴席でデジカメを取り出し裁判長の顔をアップでねらったら、「それはやめて下さい」と職員に制止された。
でその判決だが、読み上げたのは以下の3箇条で、たった20秒ほど。すぐに閉廷。なんじゃこれは…
<主文
1. 原告らの請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告らの負担とする。
3. 事実認定と判決理由については判決書において述べてある。>
(裁判長=西村欣也、裁判官=古市朋子、藤田圭祐 )
要するに原告側(患者側)の全面敗訴である。広島市から来た原告の一人、透析中の藤村さんが肩を落としていた。無念さは察するにあまりある。
透析患者の10年死亡率はおよそ50%。現に7人の原告のうち3人が、5年間の裁判期間中に死亡している。そしていま日本には31万人超の透析患者がいて、毎年2兆円近い医療費を使っている。
メディア報道に関しては、「朝日」松山支局の後藤記者が書いたと思われる記事をネットで読んだ。やっと朝日が「修復腎移植」という言葉を括弧で併記するようになった。これは評価する。
http://www.asahi.com/articles/ASGBX3QDHGBXPTIL00H.html
11:30からの記者会見に立ち会った後、判決書写しを入手し、松山を14:30頃、後にした。家まで帰らないと判決書を読み、それを評価することができない。事件の全資料が「鹿鳴荘病理研究所」に置かれているからだ。3時間半かけて車を運転し、18:00過ぎに自宅に着いた。
今日は約170キロ走行した。仕事場の机に向かい、一息入れて判決書を読んだ。
7月1日に結審、3ヶ月かけて書いた主文がA4用紙たったの23枚か…
要するに主文の中で、
1)移植学会の用語「病腎移植」でなく、「修復腎移植という用語を用いる」(p.6)としたこと。
2)判決理由書の末尾に、取って付けたように「慢性腎不全に対する治療方法の発展を願う患者ら、および医療従事者の真摯(しんし)な思いにかんがみれば、国内での研究、議論の進展、…患者と医療従事者の対話と相互理解によって、慢性腎不全に対する治療方法の実施に向けた、さまざまな取り組みがなされることが望まれる」(p.22)
とした部分の2箇所しか評価できない。
それほど判決文は学会側の弁護士の主張を受け入れ、被告有利となるような事実認定を行っている。
この判決は「修復腎移植」に対する医学的判断を回避したものだ。この裁判長は勇気がない人だろう。水俣病訴訟、ハンセン病患者訴訟、いずれも裁判所は医学的判断を避けていない。
ただ不思議なの、被告側では、東京の宮沢法律事務所の宮沢弁護士だけが、出席していた。他に弁護士も被告も、一人もいなかった。
裁判終了後、判決文の受け取りに署名捺印している宮沢弁護士の近くに行き、挨拶して「お見事でした」と言ったら、ちっとも嬉しそうな顔をしていなかった。勝訴して喜ばない弁護士もいるのか…
私は敗訴して落ちこんでいる。明日からは依頼されている医学論文の査読にしばらく取り組むことにしたい。
万波誠は幸田露伴『五重塔』(岩波文庫)に出てくる「のっそり十兵衛」のような男だ。
腕は抜群で、台風にびくともしない五重の塔を建てることができる。しかし口は立たない。だから誤解もされる。
アリストテレスは知識を「経験知」と「理論知」にわけた。経験値は「知ってはいるが説明できない知識」のことだとした。大工左官や名工名医の経験知は口で説明できない。
ポランニーは言葉で説明できない知を「暗黙知」と呼んだ(M.ポランニー『暗黙知の次元』,ちくま学芸文庫)。暗黙知を理論値として言語化し、論文や著書に変えて行くところに、学問の進歩がある。移植学会もはやくそこに気づいてもらいたいものだ。
判決では、原告適格性や訴訟性は認めた上で、被告の言動が社会通念上許容される範囲内であった為違法性がないとの判断だったわけですね。
学問は「正しい事」が勝利しますが、実世界は政治が支配しています。「正しい事」を適切に行う為には権力(政治力)が必要です。本当に患者のためを考えれば、実質的に政治を掌握している移植学会を内部から変えていくような方策がとれなかったのか、と思います。
世代交代を待つしかないのか。10年、20年かかるとしても、若手から意識改革をはかるべきですね。
だから問題が起きるのである。