【1000例目】ある報道関係者から、「1000例達成をギネスブックに申請しないのか?日本及び世界での腎移植個人記録はどのくらいか?」という質問を受けた。
で、このように答えた。
<ギネスブックへの申請というのは考えたこともありません。万波先生がまず拒否するでしょう。
ギネスブックには、長生き記録とか、臓器移植後の長生き記録とかは載っていますが、医師に関してはその個人記録を誇るような記事はありません。「ヒポクラテスの倫理」に反するからです。
ギネスブックは申請によるものと、出版社が独自に発掘するものがあります。後者は報道によってしか伝わりません。(メディアの方々は、ぜひ報道に来てほしいと思います。)
私は「修復腎移植」の公認のため、患者さんのために、努力しているのであって、万波さんのためにやっているのではありません。そのことは彼もよく知っているはずです。
万波先生の記録は、ナースの三好さんが市立宇和島病院時代からきちんと記録をとっていたから明らかになったので、肝腎のカルテを同病院が廃棄していますから、カルテからの立証は難しいです。
臓器移植ネットワークと移植学会が年度別施設別の腎移植件数を公表していますが、執刀医別の数値は明らかにしていません。従って、「医師別ランキング」はわかりません。
1000例を20年で達成しようとすると、年間50例、毎週1例の手術をする必要があります。
日本で年間50例を超える腎移植(死体腎を含め)をやっているのは、日本では東京女子医大と名古屋第二日赤しかありません。1000例というと日本全体で年間に行われている腎移植の総数に匹敵します。
http://www.asas.or.jp/jst/pdf/reports/42-5_p414-422.pdf
これらの施設では人材育成を兼ねていますから、教授や部長が1人で執刀するわけではありません。
万波先生の場合は、小さな病院でひたすら移植にとり組んでいるから、結果として日本一の個人記録になったのです。>
ちなみに「ギネスブック2006」によると、「心臓移植」の最長生存記録は1980年に心移植を受けた当時26歳の英国人女性で、「26年目の現在も記録更新中」とあります。(ギネスブックの最新版を持っていないので、その後はわかりません。)
「修復腎移植」の第1例は、1991年当時44歳の男性で、現在22年目を生存中です。(当時、公務員でしたが、無事定年をむかえ、今は年金生活です。)ドナーの当時75歳の男性はとっくに死去しています。
これが私に「個体の寿命と臓器の寿命は別」(「ミクロスコピア」で詳述)という説を唱えさせる理由のひとつです。
(最近、M.R.ローズ「老化の進化論」, みすず書房を読んだら、同じような議論が行われていた。)
2/5火曜日22:00頃、万波先生に電話したら、広島の福田康彦先生が「1000例目は予定があり立ち会えないので、水曜日の999例目に立ち会いたい」と宇和島を訪問中で、「懇親会」の最中だった。
木曜日の見通しを聞いたところ、「血漿交換で抗体価が下がってきたので8割方やれる」というので、「エホバは凝固因子の注射には反対していない」というと、「ほんならやれますわ」というので、明日水曜日夕刻6:00頃の水中翼船に乗り、松山経由で宇和島入りすることにした。
ドナーの手術は木曜日11:00頃から始めるという。水曜日の夜に宇和島で泊まり、木曜日の夜、呉まで光畑先生にでも乗せてもらおうかと思う。
1000例目の移植に立ち会いたい移植医は他にもいるが、みな先行する予定があり、立ち会えないのを無念がっている。
で、このように答えた。
<ギネスブックへの申請というのは考えたこともありません。万波先生がまず拒否するでしょう。
ギネスブックには、長生き記録とか、臓器移植後の長生き記録とかは載っていますが、医師に関してはその個人記録を誇るような記事はありません。「ヒポクラテスの倫理」に反するからです。
ギネスブックは申請によるものと、出版社が独自に発掘するものがあります。後者は報道によってしか伝わりません。(メディアの方々は、ぜひ報道に来てほしいと思います。)
私は「修復腎移植」の公認のため、患者さんのために、努力しているのであって、万波さんのためにやっているのではありません。そのことは彼もよく知っているはずです。
万波先生の記録は、ナースの三好さんが市立宇和島病院時代からきちんと記録をとっていたから明らかになったので、肝腎のカルテを同病院が廃棄していますから、カルテからの立証は難しいです。
臓器移植ネットワークと移植学会が年度別施設別の腎移植件数を公表していますが、執刀医別の数値は明らかにしていません。従って、「医師別ランキング」はわかりません。
1000例を20年で達成しようとすると、年間50例、毎週1例の手術をする必要があります。
日本で年間50例を超える腎移植(死体腎を含め)をやっているのは、日本では東京女子医大と名古屋第二日赤しかありません。1000例というと日本全体で年間に行われている腎移植の総数に匹敵します。
http://www.asas.or.jp/jst/pdf/reports/42-5_p414-422.pdf
これらの施設では人材育成を兼ねていますから、教授や部長が1人で執刀するわけではありません。
万波先生の場合は、小さな病院でひたすら移植にとり組んでいるから、結果として日本一の個人記録になったのです。>
ちなみに「ギネスブック2006」によると、「心臓移植」の最長生存記録は1980年に心移植を受けた当時26歳の英国人女性で、「26年目の現在も記録更新中」とあります。(ギネスブックの最新版を持っていないので、その後はわかりません。)
「修復腎移植」の第1例は、1991年当時44歳の男性で、現在22年目を生存中です。(当時、公務員でしたが、無事定年をむかえ、今は年金生活です。)ドナーの当時75歳の男性はとっくに死去しています。
これが私に「個体の寿命と臓器の寿命は別」(「ミクロスコピア」で詳述)という説を唱えさせる理由のひとつです。
(最近、M.R.ローズ「老化の進化論」, みすず書房を読んだら、同じような議論が行われていた。)
2/5火曜日22:00頃、万波先生に電話したら、広島の福田康彦先生が「1000例目は予定があり立ち会えないので、水曜日の999例目に立ち会いたい」と宇和島を訪問中で、「懇親会」の最中だった。
木曜日の見通しを聞いたところ、「血漿交換で抗体価が下がってきたので8割方やれる」というので、「エホバは凝固因子の注射には反対していない」というと、「ほんならやれますわ」というので、明日水曜日夕刻6:00頃の水中翼船に乗り、松山経由で宇和島入りすることにした。
ドナーの手術は木曜日11:00頃から始めるという。水曜日の夜に宇和島で泊まり、木曜日の夜、呉まで光畑先生にでも乗せてもらおうかと思う。
1000例目の移植に立ち会いたい移植医は他にもいるが、みな先行する予定があり、立ち会えないのを無念がっている。
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