【終りの始まり】
これは英首相ウィンストン・チャーチルが、ノルマンジー上陸作戦について述べた言葉だと記憶する。歴史的にはフランスの政治家タレーランが、ロシアに侵攻したナポレオンが1812年、「ボロジノの会戦」で辛勝した(味方の損害がロシア軍より多かった)との報を受けて発した言葉「Voila le commencement de la fin!」に由来する。フランス映画のエンディングにはFin、イタリア映画ではFineが出てくる。
ロシアのクツゾフ将軍の「焦土作戦」に引き込まれて、この後、廃墟に近いモスクワを占領したナポレオンは、結局真冬に撤退せざるをえなくなった。
強いて訳せば「そいつは終りの始まりだ!」とでも言おうか。
今度の神戸「生体肝移植事件」(KIFMEC病院事件)の詳細が昨日4/26の記者会見と肝移植研究会の「調査報告書」の内容に関する、今朝の朝刊報道で少し明るみに出た。予想もしなかったひどい医療だ。(表一)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/c3/895b7fe62289192f1fe7efdfc18fc94e_s.jpg)
事件についての論評は、今のところ4/28「愛媛」社説だけが、見られる。
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201504285074.html
①問題点は大別して三つある。
第一は行われた肝移植医療の内容・成績にかかわる医学的問題、第二はKIFMECの移植医療機関としてのシステム上の問題、第三はいわば国策に沿って行われた「神戸市医療産業都市構想」と移植を金もうけのタネにする「移植ツーリズム」の問題だ。
以下、順にみて行きたい。
第一は、医療の内容・成績だ。
2014/12〜2015/3の4ヶ月間に行われた7例の「生体肝移植」手術で、症例1,2,3,4のレシピエント(成人2,小児2:日本人2, インドネシア人2)が術後30日以内に死亡している。術後死亡率57.1%という高率だ。
死ななかった症例5でも、ドナーの左肝臓の胆管に狭窄性疾患があるのに術前に気づかず、手術したために術後トラブルが発生している。
症例7では、術後にドナーに門脈血栓症(胃腸管から肝臓に戻る太い静脈が血栓により閉塞するもの)が生じて、2度の再手術で救命はしたものの、ドナーは未だに入院中だ。
言い換えれば、手術と術後経過がグラット(アンイベントフル)に進行したのは7例中たった1例(症例6)だけだ。「調査報告書」が移植手術の中止を提言するのは当たり前だろう。
このミゼラブルな手術で、第一執刀者はいったい誰なのか?
「肝移植研究会報告書」には書かれていると思うが、メディアが報じないのでわからない。(後は雑誌系ジャーナリストによる報道に期待したい。)
2006年、「病気腎移植(修復腎移植)」事件の時には、「非倫理的、絶対に承認できない」と非難した、田中紘一(当時の理事長)は、今度の移植では「脂肪肝」という立派な病気の肝臓を移植に用いているではないか。しかもレシピエントは死亡している(症例2)。
症例5では胆管に狭窄性疾患(詳細不明)があるグラフト(移植用臓器)を移植に用いている。
第二に、こうした「KIFMEC病院」の無惨な実績には、その「診療システム」の欠陥が大きく関与している。(表の「2.診療システム」参照)
新聞は「病床数120床」と報じたから、総合病院あるいは「地域医療支援病院」として「医療法」に定める規準を満足しているものと思っていた。
事実、神戸市保健局は「読売」が取材に入ったことをキャッチし、4/7に同院を任意で調査し、4/14に同市保健所長が記者会見して「倫理委員会を通しており、患者選択の過程、衛生安全面に問題はなかった」と述べたと「読売」以外の各紙は、ほぼ同文で報じた。(いわゆる「記者クラブ報道」)
普通に読めば、保健所が同病院の医療法上の規準に問題がなかったと「お墨付き」を出したと理解するだろう。
この点については、4/26の「調査報告書」を受けて、神戸市保健所は立ち入り調査すると態度変更したと「神戸」が報じている。
<神戸市保健所は、(KIFMEC)センターに24日提出された日本肝移植研究会の調査報告書を精査。「明らかな法令違反は見当たらないものの、院内の安全・人員体制に不備がなかったか疑義が生じた」とし、立ち入り検査が必要と判断した。保健所職員が診療記録やセンター関係者の出勤簿などを確認し、問題があれば増員を求めるなど行政指導する。>(4/27神戸新聞)
これでは4/14の保健所長会見は何だったのか?といいたくなる。
(KIFMECが立つ土地は市有地で、神戸市は同院に安く貸し出しており、この優遇制も「甘い調査」も、すべて後述する「神戸市医療産業都市構想」と関係している。同院建物が三井物産からのリースであることは、すでに「号外」で指摘した。)
紙新聞はきちんと報道しなかったが、テレビ画面に出た病院の診療科看板の静止画解析から、
A=1.消化器内科(2名), 2.消化器外科(2名), 3.移植外科(3名), 4.麻酔科(1名),
B=5.腫瘍内科, 6.内視鏡外科, 7.放射線科, 8.病理診断科, 9.臨床検査科
の9科が標榜されているとわかった。カッコ内は常勤医師数である。
しかしAに常勤医8人がいるだけで、Bには常勤がおらず、もっとも重要な病理診断科は標本作製と診断業務が「外注」されていた(添付表)。もちろん術中迅速診断や死後の病理解剖体制も整っていない。この点は「報告書」も指摘している。(4/29「産経」)
ところが、テレビの写真を解析すると、7階建ての病院のうち、食堂に当てられている4階のカーテンは開いているのに、5〜7階の病棟のうち、街路樹が見下ろせる数室の病室カーテンが開いているだけで、あとは入院患者がいる気配がない。
この不審点は、田中紘一院長の記者会見ではっきりした。
<田中院長-「報告書では病床120床となっているが、昨年11月の開院以来、段階的に病床数をオープンしている。現在はICU(集中治療室)を含めて44床。大体10名程度が入院している。」>(「神戸」4/26)
<記者-現時点で、国内外で移植を希望している患者さんは何人ほどいるのか。
田中院長-「国内には2名。国外からは具体的ではないが、インドネシアなどから複数そうした話はある」>(4/26神戸)
要するに華々しく開院はしたものの、「閑古鳥が鳴いている」民間病院なのであろう。
とはいえ、病床数120床という病院である以上<これでは厚労省が営業許可を出せないはず>(近藤市立宇和島病院名誉院長)というのが、医療関係者の常識といえる。
それなのに許可が「出た」。そこにそもそも大きな問題があるが、これは次節で論じたい。
田中院長はこうも述べている(4/27「神戸」)。
「感染症や栄養、放射線については非常勤の先生に週1回来てもらっている。循環器も近隣病院の先生に来てもらっている。5~10名程度の入院患者さんだからそれで十分と考える。」
そういう認識で、京大病院時代と同じレベルか、あるいは他の病院で断られた、リスクの高い国内国外の患者を引き受け、生体肝移植をしようとする。そこに大きな認識のギャップはないのか。高度先進医療を実施する病院には、麻酔科、輸血部、病理診断部、臨床検査部、循環器内科、ICU担当医など、移植手術をサポートする多数の有能な専門医がいて、移植手術をするチームを裏方として支えている。
京大での自分の華々しい活躍は、彼らのおかげで可能になっていたことに、気づいていないのではないか。
それに年も73歳だ。「号外」で胸部外科の開拓者である、ベルリンの「ザウエルブルッフの悲劇」を取りあげたが、テレビ会見に見る田中の老け込み方を見ると、「引き時を誤った」印象を受ける。しかし手術ミス、手術適応の判断ミスをおかした人物は特定されていないので、断定はしない。
第三は、神戸市と日本移植学会元理事長が、「移植ツーリズム」に深く関与していたことが、明るみに出たという問題だ。
KIFMEC病院の「開院式」記事には、
<来賓として井戸兵庫県知事、久本神戸市長を始め多くの方>が駆けつけたとあるが、県医師会長と市医師会長の名前は見あたらない。
http://medicalroot.org/
なぜか。「号外」で指摘したように、もともと田中紘一がらみの「神戸移植病院」構想は「移植ツーリズムや臓器売買につながりかねず、倫理的に問題がある」として神戸市医師会と県医師会が反対したため、いったん挫折した。
その後、三井物産がスポンサーになって、田中を看板にシンガポールに「移植病院」をつくり、それが成功したので、新に神戸に形を変えて再進出したのであろう。
(「三井物産」プレスリリース:2014/8/18)
https://www.mitsui.com/jp/ja/release/2014/1203229_5704.html
<田中名誉教授は2013年9月、シンガポールに開設した肝臓疾患・生体肝移植専門クリニックSing-Kobe Liver Transplant Centre Pte. Ltd. (三井物産49%出資、以下「SKLTC」)のパートナーを務めるなど、国際的な医療活動にたずさわっています。>とある。
このクリニックは
<三井物産が20.5%出資するアジア最大の民間病院グループIHH Healthcare Bhd.(以下「IHH」)傘下の「マウント・エリザベス・ノビーナ病院」内に開設>されたものだ。
(2013/3/4「三井物産ニュース・レリース」<シンガポールで肝臓疾患・生体肝移植専門クリニックを開設>)
https://www.mitsui.com/jp/ja/release/2013/1199888_4689.html
国際移植学会の「イスタンブール宣言」(2008)と「WHO指針」(1910)が禁じている移植ツーリズムとは何か?
(「宣言」の詳細は以下を参照願いたい。)
http://logic.iic.hokudai.ac.jp/~roseau/1007/index.php?%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%AE%A3%E8%A8%80
宣言と指針は、渡航移植と「移植ツーリズム」について、次のように定義している。
<移植のための渡航(Travel for transplantation)とは、臓器そのもの、ドナー、レシピエント、または移植医療の専門家が、臓器移植の目的のために国境を越えて移動することをいう。
移植のための渡航に、臓器取引や移植商業主義の要素が含まれたり、あるいは、外国からの患者への臓器移植に用いられる資源(臓器、専門家、移植施設)のために自国民の移植医療の機会が減少したりする場合は、移植ツーリズム(transplant tourism)となる。>
田中紘一とその医師協力者がシンガポールに移植クリニックを開いたのは、国境を越えて移植医が移動する「移植渡航」であり、神戸に外国人受け入れの移植病院を開いたのは、ドナーとレシピエントが国境を越えて移動するのだから「移植渡航」であり、<日本の医療資源と日本人の肝移植機会が減少>したのであるから、明らかに「移植ツーリズム」である。
同宣言は
<レシピエントにとって有効な治療であるからといって、生体ドナーの健康を損なうことは決して正当化されない。言い換えれば、生体ドナーによる臓器移植における成功とは、レシピエントとドナーの両方が順調な経過をたどることを意味する。>と述べ、さらに
<5b. 国外患者への治療は、それによって自国民が受ける移植医療の機会が減少しない場合にのみ許容される。>と明確に述べている。
4/27毎日は、KIFMECについて、<昨年11月に開設された民間病院。外国からの患者も積極的に受け入れ「医療ツーリズム」の担い手として期待されている。(吉田卓矢、神足俊輔)>と書いている。「イスタンブール宣言」の目的が「移植ツーリズム」の禁止にあることを知らないのであろうか?
「期待」しているのは誰か、「医療産業都市構想」を進める神戸市であり、兵庫県であろう。だから県知事や市長が開院式に駆けつけたのだ。
あろうことか、日本移植学会元理事長で京大名誉教授が、「移植ツーリズム」という国際的に非難される禁断の領域に踏み込んでしまった。しかし、これは決して個人だけの責任ではない。
問題の根本は、救命と病苦の軽減のための奉仕であるべき医療・医学を「経済成長の手段」として位置づけた、アベノミクスにある。その第三の矢「経済成長戦略」の柱の一つに医療を据えて、「医療特区」という現行医療法が厳密に適応されない地域を認定したことに原因がある、と見るべきであろう。
兵庫県は医療特区の認定を受けている。それを受けて神戸市の「医療産業都市構想」が動き始め、商社や得体の知れない元移植コーディネーターがからんで、地元医師会の反対をかわして、KIFMECという生体肝移植専門病院が開設されたのであろう。
それにしてもこの規模の病院が医療法上、届け出だけで開院できるとは思えず、県知事の許可が必要だったはずだ。その場合、病床数、必要看護師、標榜科に対する医師の充足数などの審査が行われたはずだが、いったいどうなっていたのだろうか?
以上で「神戸国際生体肝移植」事件そのものについて、三つの論点についての考察を終り、残された問題について述べたい。
②日本移植学会はなぜ表に出ないのか
もともと事件は「読売」が密かに取材を始めたため、病院側が<今年3月、日本肝移植研究会(会長・上本伸二京大教授)に調査を依頼した>(4/15「時事」)という。それなのに、田中院長は「手術中止」の提言が不満で、これから「調査報告書」に反論するという。
後輩だから自分をかばってくれる報告書を期待していたら、あてがはずれたのだろうか?
これについては今後の動きを見守りたい。
今回の事件では、肝心の日本移植学会の動きがさっぱり見えてこない。7名のドナーのうち、判明した3名がインドネシア人で、国籍不明のひとりのドナー(症例7)は術後門脈血栓症を起こして重態になり、二度の再手術必要になった。さらにレシピエントの4例は術後1ヶ月以内に死亡している。死亡率57.1%という移植術はどう考えてもただ事ではない。
9月まで任期が残っている、高原史理事長はいったい何をしているのか。移植学会はこの事態に緊急理事会を開き、声明を発表するなり、独自調査をするなりして、なぜ社会的な説明責任を果たそうとしないのか?
2006年、「病気腎移植(修復腎移植)」を非難・禁止した日本移植学会の5人の幹部(すべて患者訴訟の対象となっている)のうち、今回の事件を起こしたのが、当時の田中紘一理事長である。
その次の理事長寺岡慧は日本移植学会を代表して、「イスタンブール宣言」(2008)に署名している。彼は医学専門誌に載せた「非倫理的生体(腎臓)移植の防止のために」(「Pharma Medica」2011/11月号:15-27)という論文に、イスタンブール宣言とWHO指針を引用論文として挙げており、「移植ツーリズム」問題を知らないはずがない。
産経論説委員である木村良一『移植医療を築いた二人の男:その光と影』(産経新聞社, 2002)を読めば、寺岡もまた正々堂々と表に出られないことが明白である。
その次の現理事長高原史は、ノバルティス社の降圧剤治験データ改ざん事件にからんで、同社の「寄付講座」により教授になったこと、同社や他の製薬会社及び大きな透析病院から多額の「奨学寄付金」を得ていることが明らかになり、社会的発言力が大きく低下している。
③イスタンブール宣言と修復腎移植
イスタンブール宣言は「ドナー」について、
<4.臓器移植の方針とプログラムの主要な目的は、ドナーとレシピエントの双方の健康を促進するために最適な、短期的・長期的医療におかれるべきである。>と明確に述べている。
臓器を提供して「ドナーの健康が促進される」場合とは、本人が病気でその臓器の摘出を望んでおり、それが患者の「健康を促進する」方法であり、同時に本人が了承してその臓器を移植に使える場合、つまり「修復腎移植」が典型的にそれに該当する。
だから2008年のこの宣言には「日本の病腎移植」騒動(2006)を踏まえて、国際移植学会が「修復腎移植」を公認・称賛する布石がすでに置かれているのである。
事実、この4月「Transplant Intern」誌はマイアミ大学からの生体腎移植435例中に4例で、ドナー腎に小径腎がんがあったことを報告し、「4例とも腫瘍の再発ない」とした上で、
<Donors with suspicious renal masses might be accepted for living donation. Partial nephrectomy before transplantation could offer a cure for the disease without risks for the recipient with therapeutic benefit for the donor.>(腎腫瘍の疑いがある腎臓ドナーも受け容れられるかもしれない。移植前に部分切除すれば、レシピエントに危険はなくなるし、ドナーには病気を治してもらうという治療上の利点がある。)
と述べている。(Lugo-Baruqui JA et al.:Tranpl.Int., 2015/4/20=PubMed)
高原、田中、寺岡と、患者裁判の被告である5人のうちの3人までが、こういう事態になったことを、一体どう考えたらよいのであろうか?
修復腎移植を受ける機会を奪われて、7年に及ぶ裁判中に次々と死亡した原告の透析患者たち5人の怨念? 確かにそれはマスコミ受けする説明ではある。
だが、私はそもそも「患者の治療選択権」を頭ごなしに否定し、「幸福追求権」を奪った当時の移植学会幹部の態度に根本的な間違いがあったと考える。
「倫理」とは本来、他人だけに要求すべきものではなく、それを主張する本人にも適用されるべきものだ。つまり「ダブルスタンダード」を許さないものである。
「和田心臓移植」で、日本の臓器移植は国際水準に大きく後れを取った。「宇和島腎臓売買」事件は2007年の「臓器移植法」改正を目前にして起こった。だが、山下鈴夫(事件の主犯)『激白 臓器売買事件の深層:腎移植患者が見た光と闇』(元就出版、2008)が明らかにしているように、宇和島徳洲会病院の万波誠には何の責任もなかった。
それもこれも、宇和島徳洲会病院と市立宇和島病院の監査に入った厚労省技官住友克敏(後に大阪のコンタクトレンズ業者からの収賄で逮捕され、懲戒免職)と厚労省調査班の委員を務めた阪大高原史が厚労省で行った記者会見での「病腎移植の成績は極めて悪い」という、虚偽発表のせいである。
脳死体ドナーを出やすくするために臓器移植法を改正しようという機運に、宇和島事件は障害物となると理解され、学会と厚労省は過剰に拒否反応を示した。
「臓器移植法」の改正は、確かに脳死体ドナーの数を増やしたが、他方で心臓死ドナーの減少が起こり、法改正前にくらべ、日本の移植事情が改善されたわけではない。「腎移植に関しては100年待ちだ」と泌尿器科医の高原史自身が書いているほどだ。
2006年当時から現在まで、ほぼ「団塊の世代」が移植学会を牛耳ってきた。彼らは「和田移植」の負の遺産を乗り越えようと努力したが、自らがエリートであるという偏見が禍いして、宇和島という片田舎で行われた修復腎移植という「第三の移植」をきちんと評価し、日本の移植医療に取り入れることができなかった。
その結果、彼らは「臓器移植を受けようとすれば、患者がドナーを見つける生体臓器移植が当たり前」という完全に間違った「移植文化」をこの国に定着させてしまった。これでは脳死移植の理解と普及は進まない。
<移植前に部分切除すれば、レシピエントに危険はなくなるし、ドナーには病気を治してもらうという治療上の利点がある。>と上記マイアミ大の論文でルゴ=バルキらは述べている。
日本移植学会が「病気腎(修復腎)移植」潰しに狂奔してきたこの9年の間に、欧米は「修復腎移植」の思想を完全に受け入れ、唱道するようになってきたではないか。
折しも国立がんセンター研究所は4/29、全国の地域がん登録システムのデータに基づく、2015年の「全国の部位別がん患者発生数の予測」を公表した(4/29毎日)。それによると「腎・尿路腫瘍」は2万8700人で、第10位を占める。この数は「膀胱がん」を含まず、腎がんと腎盂がん・尿管がんの合計である。このすべてが移植ドナーとして適確なわけではないが、2008年調査の頃と比べて、人口の高齢化もあり、ほとんど倍増に近い数値になっている。
「第三の移植」としての修復腎移植を認めれば、ほとんど無数といえるほど、膨大な「ポテンシャル・ドナー」が目の前にいるではないか。
ドナー不足がネックになっている日本の移植医療を再建するには、この多数の腎がん患者にドナーになってもらう「修復腎移植」を、第三の移植として推進するのが筋ではないか。
2007年の時点で学会と厚労省が修復腎移植を公認して、その普及を推進していたら、日本の移植事情は今日ほど悪化せず、脳死移植の重要性についても「歩く広告塔」の出現により、いまよりよほど理解が広まっていたであろう。
今からでも遅くない。移植学会幹部は、間違いを認めて公式に患者に謝罪し、修復腎移植裁判を和解で終え、本格的に腎移植のあり方を立て直してはどうか。
④アベノミクス「経済成長戦略」と医療事故・科学不正
安倍内閣の「医療特区」において、医療法の厳密な適用を受けない病院がいくつか誕生した。最近、群馬大学附属病院(腹腔鏡で8人死亡)、千葉がんセンター(腹腔鏡で11人死亡)、慈恵医大附属病院(未承認ステント使用で患者術中死)などで医療事故、不祥事が多発している。(「週刊文春」4/30号特集)
これらの病院は、いずれも高度医療を提供する「特定機能病院」(全国に86施設)のうち、2014/7月に閣議決定された「健康医療戦略」に基づき、「臨床研究中核病院」として位置づけられていた全国16病院の中に入っている。
補助金ないし科学研究費というニンジンをぶら下げられ、<「PubMed」(米NIHの論文データベース)に掲載された論文数が重要>というムチで叩かれれば、多くの医師は患者のことを忘れて、「業績」のことを考えるようになる。
数々の科学不正や医療不正・事故の構造的誘因として、誤った政策がある。
神戸市は時の政策に便乗して「神戸医療産業都市構想」を進め、これに乗っかるかたちで神戸市中央市民病院(京大系)の真ん前に、昨年11月に民間病院「神戸国際フロンティア・メディカル・センター(KIFMEC)」がオープンした。院長の田中紘一の他に、院長代行(1名)と副院長(3名)がいる。
この病院での手術について、事件の当事者のひとり、院長代行で副院長の山田貴子は、1/28「日経デジタルヘルス」のインタビューに応じ、「肝移植の保険認定施設になるため、海外自費患者を中心に週1回、年60例の肝移植を行う予定」だ、と語っている。
保険診療をおこなう医療機関の場合、レセプト(診療報酬請求書)の審査が行われ、第三者基幹により診療の妥当性がチェックされる。だがこの病院は「医療法」にいう「地域支援中核病院」にすらなれていない。
保険医療機関の場合、レセプト審査の2ヶ月後に、医療機関には診療報酬が支払われるから、普通は2ヶ月間の運転資金があればよい。
だが、この病院には保険収入がないはずだから、患者から金を取るか、出資している商社か銀行から、運転資金を借りるしかない。(それとも特例で「混合診療」が認められているのか?)
手術を中止すれば、収入が途絶えるから倒産する恐れすらある。そこで、たった8人の常勤医で、金稼ぎのために難易度の高い生体肝移植を週1回のペースで行えば、死人が多数出るのは当たり前だろう。
しかしながら、医師の中にも見識がしっかりした人物がいる。4/23「医療維新」は、22日に開かれた「中医協(中央社会保険医療協議会)」の総会において、厚労省担当企画官による「医療法による承認要件はあまりにも厳しく、(そのまま適用すると)特区の対象病院はゼロになる」という発言に対して、日本医師会中川俊男副会長が猛反撥して「<国家戦略医療特区>制度に基づく<臨床研究中核病院>選定の基準はあまりにも緩く、不適合事例が多発している」と反論した。
他の委員もこれに同調し、「特定機能病院承認が取り消しになった場合は、先進医療の特例措置を認めない」という線で中医協の方針が定まったと、報じている。
政府方針に忠実であろうとする官僚に対して、医師という職能集団がストップをかけたわけだ。
今回の基本方針に基づき、厚労省は群馬大学と東京女子医大の「特定機能病院」認定を取り消さざるを得ないだろう。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150424/k10010059341000.html
STAP事件で、「再生医療」はすでに落ち目の三度笠になっている。研究不正の多発もあり、米国ではNIHが「再生医療」研究に投入する科学研究費はすでに減額されている。
理研と小保方を守った下村文科大臣に対する告訴状を、東京地検は受理した。
不思議なことに、4/26に行われた記者会見には、田中院長と菊地耕三副院長の2人だけが、記者会見に同席した。院長代行で唯一の医師副院長で、移植外科医である山田貴子はなぜ出て来ないのだろう?STAP事件では、雲隠れした小保方を懸命に擁護した笹井は、結局、自殺に追いつめられた。まさか同じ構図ではないだろうな…。
「人生は押しているつもりでも、押されている」という文言が、ゲーテの作品にあったと記憶する。
田中紘一は生体肝移植で日本を引っぱっていたつもりなのだろうが、アベノミクスに操られたピノキオだったのではないのか?
⑤今こそ、「修復腎移植」公認に向けた議論が必要だ。
誤った医学思想が、誤った国家政策や軍の計画として採用された結果生じた悲劇として、われわれは既にナチス優生政策や日本陸軍「七三一部隊」による捕虜人体実験などの悲劇を知っている。国家や軍という巨大な「パラダイム」の中で、個人的には善良でありながら、結果としてそれに加担した医師や一般市民も多い。
その再発を防止するには、透明性の確保と自由な言論が何よりも重要だろう。
STAP事件で沈黙していた生命倫理学者たちが、この医療における「目的と手段」の重大なる混同に対しても、黙して語らないのはなぜであろうか?
そう思っていたら、元広島大教授で、今は早稲田大に移っている甲斐克則さん編の『臓器移植と医事法(医事法講座第6巻)』(信山社)が6月に刊行予定だそうだ。岡山大の粟屋剛さんが「臓器移植と移植ツーリズム」という章を執筆している。二人とも「修復腎移植」を初期から支持した法学者・生命倫理学者たちだ。
粟屋の調査によれば、「中国への渡航腎臓移植者の約43%が、帰国後、医療機関から診療拒否を受けた経験がある」という(上記論文)。
これはWHO指針の解説において、「臓器売買により移植した患者の管理を断った場合においても何らの制裁を受けない。指針の違反者に対して健康保険の支払い基金は支払いを拒否すべき、と規定されている」(上記、寺岡論文,P.19)と書いた、元移植学会理事長寺岡慧の罪である。この寺岡の文言が、高原現理事長になってからひとり歩きし、関西地方を中心に「中国・東南アジアで渡航移植した患者をケアしてはいけない。罰せられる恐れがある」という悪質なデマが広まった。私もその被害者の話を、電話で聞いたことがある。
医師法第19条には「医師の応召義務」が規定されており、患者の診察診療の要求を拒んではならないと書かれている。「目の前の苦しんでいる患者を救うこと」こそが、医の原点であるはずだ。その原点を、自ら否定する言説を流布する学会幹部・元幹部に未来はないだろう。
生命倫理学者が、移植医療問題について、新たな論議に加わってくれることを歓迎したい。
これはやはり「終りの始まり(ビギニング・オブ・ジ・エンド)」であろう…。
科学不正にしろ無謀な移植手術にしろ、科学者や医師個人の資格(認定医・専門医など)を厳しくし、倫理を求めるだけでは問題は解決しない。今後10年間に1000億円の研究費が、再生医療など「健康医療戦略」部門に注がれるという。目の前に巨大なニンジンの束をぶら下げられれば、「その1本なりと自分にも」と願うのが普通の研究者であろう。
日本は今、先行例のない科学・医学研究の時代に入っている。しかし科学者による不正を防止する措置や科学研究そのもののあり方(つまり純粋科学と応用科学の違い)に関する議論はちっとも深まっていない。これらも喫緊の課題であり、今こそ「修復腎移植」公認にむけて、新たな議論が必要だ。
「修復腎移植」を禁止した世代が一日も早く一掃されて、移植学会が新しい世代の手により再生し、修復腎移植を脳死・心臓死からの腎腎移植と生体腎移植にならぶ「第三の移植」として、積極的に評価する時代が来ることに期待したい。
これは英首相ウィンストン・チャーチルが、ノルマンジー上陸作戦について述べた言葉だと記憶する。歴史的にはフランスの政治家タレーランが、ロシアに侵攻したナポレオンが1812年、「ボロジノの会戦」で辛勝した(味方の損害がロシア軍より多かった)との報を受けて発した言葉「Voila le commencement de la fin!」に由来する。フランス映画のエンディングにはFin、イタリア映画ではFineが出てくる。
ロシアのクツゾフ将軍の「焦土作戦」に引き込まれて、この後、廃墟に近いモスクワを占領したナポレオンは、結局真冬に撤退せざるをえなくなった。
強いて訳せば「そいつは終りの始まりだ!」とでも言おうか。
今度の神戸「生体肝移植事件」(KIFMEC病院事件)の詳細が昨日4/26の記者会見と肝移植研究会の「調査報告書」の内容に関する、今朝の朝刊報道で少し明るみに出た。予想もしなかったひどい医療だ。(表一)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5d/c3/895b7fe62289192f1fe7efdfc18fc94e_s.jpg)
事件についての論評は、今のところ4/28「愛媛」社説だけが、見られる。
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201504285074.html
①問題点は大別して三つある。
第一は行われた肝移植医療の内容・成績にかかわる医学的問題、第二はKIFMECの移植医療機関としてのシステム上の問題、第三はいわば国策に沿って行われた「神戸市医療産業都市構想」と移植を金もうけのタネにする「移植ツーリズム」の問題だ。
以下、順にみて行きたい。
第一は、医療の内容・成績だ。
2014/12〜2015/3の4ヶ月間に行われた7例の「生体肝移植」手術で、症例1,2,3,4のレシピエント(成人2,小児2:日本人2, インドネシア人2)が術後30日以内に死亡している。術後死亡率57.1%という高率だ。
死ななかった症例5でも、ドナーの左肝臓の胆管に狭窄性疾患があるのに術前に気づかず、手術したために術後トラブルが発生している。
症例7では、術後にドナーに門脈血栓症(胃腸管から肝臓に戻る太い静脈が血栓により閉塞するもの)が生じて、2度の再手術で救命はしたものの、ドナーは未だに入院中だ。
言い換えれば、手術と術後経過がグラット(アンイベントフル)に進行したのは7例中たった1例(症例6)だけだ。「調査報告書」が移植手術の中止を提言するのは当たり前だろう。
このミゼラブルな手術で、第一執刀者はいったい誰なのか?
「肝移植研究会報告書」には書かれていると思うが、メディアが報じないのでわからない。(後は雑誌系ジャーナリストによる報道に期待したい。)
2006年、「病気腎移植(修復腎移植)」事件の時には、「非倫理的、絶対に承認できない」と非難した、田中紘一(当時の理事長)は、今度の移植では「脂肪肝」という立派な病気の肝臓を移植に用いているではないか。しかもレシピエントは死亡している(症例2)。
症例5では胆管に狭窄性疾患(詳細不明)があるグラフト(移植用臓器)を移植に用いている。
第二に、こうした「KIFMEC病院」の無惨な実績には、その「診療システム」の欠陥が大きく関与している。(表の「2.診療システム」参照)
新聞は「病床数120床」と報じたから、総合病院あるいは「地域医療支援病院」として「医療法」に定める規準を満足しているものと思っていた。
事実、神戸市保健局は「読売」が取材に入ったことをキャッチし、4/7に同院を任意で調査し、4/14に同市保健所長が記者会見して「倫理委員会を通しており、患者選択の過程、衛生安全面に問題はなかった」と述べたと「読売」以外の各紙は、ほぼ同文で報じた。(いわゆる「記者クラブ報道」)
普通に読めば、保健所が同病院の医療法上の規準に問題がなかったと「お墨付き」を出したと理解するだろう。
この点については、4/26の「調査報告書」を受けて、神戸市保健所は立ち入り調査すると態度変更したと「神戸」が報じている。
<神戸市保健所は、(KIFMEC)センターに24日提出された日本肝移植研究会の調査報告書を精査。「明らかな法令違反は見当たらないものの、院内の安全・人員体制に不備がなかったか疑義が生じた」とし、立ち入り検査が必要と判断した。保健所職員が診療記録やセンター関係者の出勤簿などを確認し、問題があれば増員を求めるなど行政指導する。>(4/27神戸新聞)
これでは4/14の保健所長会見は何だったのか?といいたくなる。
(KIFMECが立つ土地は市有地で、神戸市は同院に安く貸し出しており、この優遇制も「甘い調査」も、すべて後述する「神戸市医療産業都市構想」と関係している。同院建物が三井物産からのリースであることは、すでに「号外」で指摘した。)
紙新聞はきちんと報道しなかったが、テレビ画面に出た病院の診療科看板の静止画解析から、
A=1.消化器内科(2名), 2.消化器外科(2名), 3.移植外科(3名), 4.麻酔科(1名),
B=5.腫瘍内科, 6.内視鏡外科, 7.放射線科, 8.病理診断科, 9.臨床検査科
の9科が標榜されているとわかった。カッコ内は常勤医師数である。
しかしAに常勤医8人がいるだけで、Bには常勤がおらず、もっとも重要な病理診断科は標本作製と診断業務が「外注」されていた(添付表)。もちろん術中迅速診断や死後の病理解剖体制も整っていない。この点は「報告書」も指摘している。(4/29「産経」)
ところが、テレビの写真を解析すると、7階建ての病院のうち、食堂に当てられている4階のカーテンは開いているのに、5〜7階の病棟のうち、街路樹が見下ろせる数室の病室カーテンが開いているだけで、あとは入院患者がいる気配がない。
この不審点は、田中紘一院長の記者会見ではっきりした。
<田中院長-「報告書では病床120床となっているが、昨年11月の開院以来、段階的に病床数をオープンしている。現在はICU(集中治療室)を含めて44床。大体10名程度が入院している。」>(「神戸」4/26)
<記者-現時点で、国内外で移植を希望している患者さんは何人ほどいるのか。
田中院長-「国内には2名。国外からは具体的ではないが、インドネシアなどから複数そうした話はある」>(4/26神戸)
要するに華々しく開院はしたものの、「閑古鳥が鳴いている」民間病院なのであろう。
とはいえ、病床数120床という病院である以上<これでは厚労省が営業許可を出せないはず>(近藤市立宇和島病院名誉院長)というのが、医療関係者の常識といえる。
それなのに許可が「出た」。そこにそもそも大きな問題があるが、これは次節で論じたい。
田中院長はこうも述べている(4/27「神戸」)。
「感染症や栄養、放射線については非常勤の先生に週1回来てもらっている。循環器も近隣病院の先生に来てもらっている。5~10名程度の入院患者さんだからそれで十分と考える。」
そういう認識で、京大病院時代と同じレベルか、あるいは他の病院で断られた、リスクの高い国内国外の患者を引き受け、生体肝移植をしようとする。そこに大きな認識のギャップはないのか。高度先進医療を実施する病院には、麻酔科、輸血部、病理診断部、臨床検査部、循環器内科、ICU担当医など、移植手術をサポートする多数の有能な専門医がいて、移植手術をするチームを裏方として支えている。
京大での自分の華々しい活躍は、彼らのおかげで可能になっていたことに、気づいていないのではないか。
それに年も73歳だ。「号外」で胸部外科の開拓者である、ベルリンの「ザウエルブルッフの悲劇」を取りあげたが、テレビ会見に見る田中の老け込み方を見ると、「引き時を誤った」印象を受ける。しかし手術ミス、手術適応の判断ミスをおかした人物は特定されていないので、断定はしない。
第三は、神戸市と日本移植学会元理事長が、「移植ツーリズム」に深く関与していたことが、明るみに出たという問題だ。
KIFMEC病院の「開院式」記事には、
<来賓として井戸兵庫県知事、久本神戸市長を始め多くの方>が駆けつけたとあるが、県医師会長と市医師会長の名前は見あたらない。
http://medicalroot.org/
なぜか。「号外」で指摘したように、もともと田中紘一がらみの「神戸移植病院」構想は「移植ツーリズムや臓器売買につながりかねず、倫理的に問題がある」として神戸市医師会と県医師会が反対したため、いったん挫折した。
その後、三井物産がスポンサーになって、田中を看板にシンガポールに「移植病院」をつくり、それが成功したので、新に神戸に形を変えて再進出したのであろう。
(「三井物産」プレスリリース:2014/8/18)
https://www.mitsui.com/jp/ja/release/2014/1203229_5704.html
<田中名誉教授は2013年9月、シンガポールに開設した肝臓疾患・生体肝移植専門クリニックSing-Kobe Liver Transplant Centre Pte. Ltd. (三井物産49%出資、以下「SKLTC」)のパートナーを務めるなど、国際的な医療活動にたずさわっています。>とある。
このクリニックは
<三井物産が20.5%出資するアジア最大の民間病院グループIHH Healthcare Bhd.(以下「IHH」)傘下の「マウント・エリザベス・ノビーナ病院」内に開設>されたものだ。
(2013/3/4「三井物産ニュース・レリース」<シンガポールで肝臓疾患・生体肝移植専門クリニックを開設>)
https://www.mitsui.com/jp/ja/release/2013/1199888_4689.html
国際移植学会の「イスタンブール宣言」(2008)と「WHO指針」(1910)が禁じている移植ツーリズムとは何か?
(「宣言」の詳細は以下を参照願いたい。)
http://logic.iic.hokudai.ac.jp/~roseau/1007/index.php?%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%AE%A3%E8%A8%80
宣言と指針は、渡航移植と「移植ツーリズム」について、次のように定義している。
<移植のための渡航(Travel for transplantation)とは、臓器そのもの、ドナー、レシピエント、または移植医療の専門家が、臓器移植の目的のために国境を越えて移動することをいう。
移植のための渡航に、臓器取引や移植商業主義の要素が含まれたり、あるいは、外国からの患者への臓器移植に用いられる資源(臓器、専門家、移植施設)のために自国民の移植医療の機会が減少したりする場合は、移植ツーリズム(transplant tourism)となる。>
田中紘一とその医師協力者がシンガポールに移植クリニックを開いたのは、国境を越えて移植医が移動する「移植渡航」であり、神戸に外国人受け入れの移植病院を開いたのは、ドナーとレシピエントが国境を越えて移動するのだから「移植渡航」であり、<日本の医療資源と日本人の肝移植機会が減少>したのであるから、明らかに「移植ツーリズム」である。
同宣言は
<レシピエントにとって有効な治療であるからといって、生体ドナーの健康を損なうことは決して正当化されない。言い換えれば、生体ドナーによる臓器移植における成功とは、レシピエントとドナーの両方が順調な経過をたどることを意味する。>と述べ、さらに
<5b. 国外患者への治療は、それによって自国民が受ける移植医療の機会が減少しない場合にのみ許容される。>と明確に述べている。
4/27毎日は、KIFMECについて、<昨年11月に開設された民間病院。外国からの患者も積極的に受け入れ「医療ツーリズム」の担い手として期待されている。(吉田卓矢、神足俊輔)>と書いている。「イスタンブール宣言」の目的が「移植ツーリズム」の禁止にあることを知らないのであろうか?
「期待」しているのは誰か、「医療産業都市構想」を進める神戸市であり、兵庫県であろう。だから県知事や市長が開院式に駆けつけたのだ。
あろうことか、日本移植学会元理事長で京大名誉教授が、「移植ツーリズム」という国際的に非難される禁断の領域に踏み込んでしまった。しかし、これは決して個人だけの責任ではない。
問題の根本は、救命と病苦の軽減のための奉仕であるべき医療・医学を「経済成長の手段」として位置づけた、アベノミクスにある。その第三の矢「経済成長戦略」の柱の一つに医療を据えて、「医療特区」という現行医療法が厳密に適応されない地域を認定したことに原因がある、と見るべきであろう。
兵庫県は医療特区の認定を受けている。それを受けて神戸市の「医療産業都市構想」が動き始め、商社や得体の知れない元移植コーディネーターがからんで、地元医師会の反対をかわして、KIFMECという生体肝移植専門病院が開設されたのであろう。
それにしてもこの規模の病院が医療法上、届け出だけで開院できるとは思えず、県知事の許可が必要だったはずだ。その場合、病床数、必要看護師、標榜科に対する医師の充足数などの審査が行われたはずだが、いったいどうなっていたのだろうか?
以上で「神戸国際生体肝移植」事件そのものについて、三つの論点についての考察を終り、残された問題について述べたい。
②日本移植学会はなぜ表に出ないのか
もともと事件は「読売」が密かに取材を始めたため、病院側が<今年3月、日本肝移植研究会(会長・上本伸二京大教授)に調査を依頼した>(4/15「時事」)という。それなのに、田中院長は「手術中止」の提言が不満で、これから「調査報告書」に反論するという。
後輩だから自分をかばってくれる報告書を期待していたら、あてがはずれたのだろうか?
これについては今後の動きを見守りたい。
今回の事件では、肝心の日本移植学会の動きがさっぱり見えてこない。7名のドナーのうち、判明した3名がインドネシア人で、国籍不明のひとりのドナー(症例7)は術後門脈血栓症を起こして重態になり、二度の再手術必要になった。さらにレシピエントの4例は術後1ヶ月以内に死亡している。死亡率57.1%という移植術はどう考えてもただ事ではない。
9月まで任期が残っている、高原史理事長はいったい何をしているのか。移植学会はこの事態に緊急理事会を開き、声明を発表するなり、独自調査をするなりして、なぜ社会的な説明責任を果たそうとしないのか?
2006年、「病気腎移植(修復腎移植)」を非難・禁止した日本移植学会の5人の幹部(すべて患者訴訟の対象となっている)のうち、今回の事件を起こしたのが、当時の田中紘一理事長である。
その次の理事長寺岡慧は日本移植学会を代表して、「イスタンブール宣言」(2008)に署名している。彼は医学専門誌に載せた「非倫理的生体(腎臓)移植の防止のために」(「Pharma Medica」2011/11月号:15-27)という論文に、イスタンブール宣言とWHO指針を引用論文として挙げており、「移植ツーリズム」問題を知らないはずがない。
産経論説委員である木村良一『移植医療を築いた二人の男:その光と影』(産経新聞社, 2002)を読めば、寺岡もまた正々堂々と表に出られないことが明白である。
その次の現理事長高原史は、ノバルティス社の降圧剤治験データ改ざん事件にからんで、同社の「寄付講座」により教授になったこと、同社や他の製薬会社及び大きな透析病院から多額の「奨学寄付金」を得ていることが明らかになり、社会的発言力が大きく低下している。
③イスタンブール宣言と修復腎移植
イスタンブール宣言は「ドナー」について、
<4.臓器移植の方針とプログラムの主要な目的は、ドナーとレシピエントの双方の健康を促進するために最適な、短期的・長期的医療におかれるべきである。>と明確に述べている。
臓器を提供して「ドナーの健康が促進される」場合とは、本人が病気でその臓器の摘出を望んでおり、それが患者の「健康を促進する」方法であり、同時に本人が了承してその臓器を移植に使える場合、つまり「修復腎移植」が典型的にそれに該当する。
だから2008年のこの宣言には「日本の病腎移植」騒動(2006)を踏まえて、国際移植学会が「修復腎移植」を公認・称賛する布石がすでに置かれているのである。
事実、この4月「Transplant Intern」誌はマイアミ大学からの生体腎移植435例中に4例で、ドナー腎に小径腎がんがあったことを報告し、「4例とも腫瘍の再発ない」とした上で、
<Donors with suspicious renal masses might be accepted for living donation. Partial nephrectomy before transplantation could offer a cure for the disease without risks for the recipient with therapeutic benefit for the donor.>(腎腫瘍の疑いがある腎臓ドナーも受け容れられるかもしれない。移植前に部分切除すれば、レシピエントに危険はなくなるし、ドナーには病気を治してもらうという治療上の利点がある。)
と述べている。(Lugo-Baruqui JA et al.:Tranpl.Int., 2015/4/20=PubMed)
高原、田中、寺岡と、患者裁判の被告である5人のうちの3人までが、こういう事態になったことを、一体どう考えたらよいのであろうか?
修復腎移植を受ける機会を奪われて、7年に及ぶ裁判中に次々と死亡した原告の透析患者たち5人の怨念? 確かにそれはマスコミ受けする説明ではある。
だが、私はそもそも「患者の治療選択権」を頭ごなしに否定し、「幸福追求権」を奪った当時の移植学会幹部の態度に根本的な間違いがあったと考える。
「倫理」とは本来、他人だけに要求すべきものではなく、それを主張する本人にも適用されるべきものだ。つまり「ダブルスタンダード」を許さないものである。
「和田心臓移植」で、日本の臓器移植は国際水準に大きく後れを取った。「宇和島腎臓売買」事件は2007年の「臓器移植法」改正を目前にして起こった。だが、山下鈴夫(事件の主犯)『激白 臓器売買事件の深層:腎移植患者が見た光と闇』(元就出版、2008)が明らかにしているように、宇和島徳洲会病院の万波誠には何の責任もなかった。
それもこれも、宇和島徳洲会病院と市立宇和島病院の監査に入った厚労省技官住友克敏(後に大阪のコンタクトレンズ業者からの収賄で逮捕され、懲戒免職)と厚労省調査班の委員を務めた阪大高原史が厚労省で行った記者会見での「病腎移植の成績は極めて悪い」という、虚偽発表のせいである。
脳死体ドナーを出やすくするために臓器移植法を改正しようという機運に、宇和島事件は障害物となると理解され、学会と厚労省は過剰に拒否反応を示した。
「臓器移植法」の改正は、確かに脳死体ドナーの数を増やしたが、他方で心臓死ドナーの減少が起こり、法改正前にくらべ、日本の移植事情が改善されたわけではない。「腎移植に関しては100年待ちだ」と泌尿器科医の高原史自身が書いているほどだ。
2006年当時から現在まで、ほぼ「団塊の世代」が移植学会を牛耳ってきた。彼らは「和田移植」の負の遺産を乗り越えようと努力したが、自らがエリートであるという偏見が禍いして、宇和島という片田舎で行われた修復腎移植という「第三の移植」をきちんと評価し、日本の移植医療に取り入れることができなかった。
その結果、彼らは「臓器移植を受けようとすれば、患者がドナーを見つける生体臓器移植が当たり前」という完全に間違った「移植文化」をこの国に定着させてしまった。これでは脳死移植の理解と普及は進まない。
<移植前に部分切除すれば、レシピエントに危険はなくなるし、ドナーには病気を治してもらうという治療上の利点がある。>と上記マイアミ大の論文でルゴ=バルキらは述べている。
日本移植学会が「病気腎(修復腎)移植」潰しに狂奔してきたこの9年の間に、欧米は「修復腎移植」の思想を完全に受け入れ、唱道するようになってきたではないか。
折しも国立がんセンター研究所は4/29、全国の地域がん登録システムのデータに基づく、2015年の「全国の部位別がん患者発生数の予測」を公表した(4/29毎日)。それによると「腎・尿路腫瘍」は2万8700人で、第10位を占める。この数は「膀胱がん」を含まず、腎がんと腎盂がん・尿管がんの合計である。このすべてが移植ドナーとして適確なわけではないが、2008年調査の頃と比べて、人口の高齢化もあり、ほとんど倍増に近い数値になっている。
「第三の移植」としての修復腎移植を認めれば、ほとんど無数といえるほど、膨大な「ポテンシャル・ドナー」が目の前にいるではないか。
ドナー不足がネックになっている日本の移植医療を再建するには、この多数の腎がん患者にドナーになってもらう「修復腎移植」を、第三の移植として推進するのが筋ではないか。
2007年の時点で学会と厚労省が修復腎移植を公認して、その普及を推進していたら、日本の移植事情は今日ほど悪化せず、脳死移植の重要性についても「歩く広告塔」の出現により、いまよりよほど理解が広まっていたであろう。
今からでも遅くない。移植学会幹部は、間違いを認めて公式に患者に謝罪し、修復腎移植裁判を和解で終え、本格的に腎移植のあり方を立て直してはどうか。
④アベノミクス「経済成長戦略」と医療事故・科学不正
安倍内閣の「医療特区」において、医療法の厳密な適用を受けない病院がいくつか誕生した。最近、群馬大学附属病院(腹腔鏡で8人死亡)、千葉がんセンター(腹腔鏡で11人死亡)、慈恵医大附属病院(未承認ステント使用で患者術中死)などで医療事故、不祥事が多発している。(「週刊文春」4/30号特集)
これらの病院は、いずれも高度医療を提供する「特定機能病院」(全国に86施設)のうち、2014/7月に閣議決定された「健康医療戦略」に基づき、「臨床研究中核病院」として位置づけられていた全国16病院の中に入っている。
補助金ないし科学研究費というニンジンをぶら下げられ、<「PubMed」(米NIHの論文データベース)に掲載された論文数が重要>というムチで叩かれれば、多くの医師は患者のことを忘れて、「業績」のことを考えるようになる。
数々の科学不正や医療不正・事故の構造的誘因として、誤った政策がある。
神戸市は時の政策に便乗して「神戸医療産業都市構想」を進め、これに乗っかるかたちで神戸市中央市民病院(京大系)の真ん前に、昨年11月に民間病院「神戸国際フロンティア・メディカル・センター(KIFMEC)」がオープンした。院長の田中紘一の他に、院長代行(1名)と副院長(3名)がいる。
この病院での手術について、事件の当事者のひとり、院長代行で副院長の山田貴子は、1/28「日経デジタルヘルス」のインタビューに応じ、「肝移植の保険認定施設になるため、海外自費患者を中心に週1回、年60例の肝移植を行う予定」だ、と語っている。
保険診療をおこなう医療機関の場合、レセプト(診療報酬請求書)の審査が行われ、第三者基幹により診療の妥当性がチェックされる。だがこの病院は「医療法」にいう「地域支援中核病院」にすらなれていない。
保険医療機関の場合、レセプト審査の2ヶ月後に、医療機関には診療報酬が支払われるから、普通は2ヶ月間の運転資金があればよい。
だが、この病院には保険収入がないはずだから、患者から金を取るか、出資している商社か銀行から、運転資金を借りるしかない。(それとも特例で「混合診療」が認められているのか?)
手術を中止すれば、収入が途絶えるから倒産する恐れすらある。そこで、たった8人の常勤医で、金稼ぎのために難易度の高い生体肝移植を週1回のペースで行えば、死人が多数出るのは当たり前だろう。
しかしながら、医師の中にも見識がしっかりした人物がいる。4/23「医療維新」は、22日に開かれた「中医協(中央社会保険医療協議会)」の総会において、厚労省担当企画官による「医療法による承認要件はあまりにも厳しく、(そのまま適用すると)特区の対象病院はゼロになる」という発言に対して、日本医師会中川俊男副会長が猛反撥して「<国家戦略医療特区>制度に基づく<臨床研究中核病院>選定の基準はあまりにも緩く、不適合事例が多発している」と反論した。
他の委員もこれに同調し、「特定機能病院承認が取り消しになった場合は、先進医療の特例措置を認めない」という線で中医協の方針が定まったと、報じている。
政府方針に忠実であろうとする官僚に対して、医師という職能集団がストップをかけたわけだ。
今回の基本方針に基づき、厚労省は群馬大学と東京女子医大の「特定機能病院」認定を取り消さざるを得ないだろう。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150424/k10010059341000.html
STAP事件で、「再生医療」はすでに落ち目の三度笠になっている。研究不正の多発もあり、米国ではNIHが「再生医療」研究に投入する科学研究費はすでに減額されている。
理研と小保方を守った下村文科大臣に対する告訴状を、東京地検は受理した。
不思議なことに、4/26に行われた記者会見には、田中院長と菊地耕三副院長の2人だけが、記者会見に同席した。院長代行で唯一の医師副院長で、移植外科医である山田貴子はなぜ出て来ないのだろう?STAP事件では、雲隠れした小保方を懸命に擁護した笹井は、結局、自殺に追いつめられた。まさか同じ構図ではないだろうな…。
「人生は押しているつもりでも、押されている」という文言が、ゲーテの作品にあったと記憶する。
田中紘一は生体肝移植で日本を引っぱっていたつもりなのだろうが、アベノミクスに操られたピノキオだったのではないのか?
⑤今こそ、「修復腎移植」公認に向けた議論が必要だ。
誤った医学思想が、誤った国家政策や軍の計画として採用された結果生じた悲劇として、われわれは既にナチス優生政策や日本陸軍「七三一部隊」による捕虜人体実験などの悲劇を知っている。国家や軍という巨大な「パラダイム」の中で、個人的には善良でありながら、結果としてそれに加担した医師や一般市民も多い。
その再発を防止するには、透明性の確保と自由な言論が何よりも重要だろう。
STAP事件で沈黙していた生命倫理学者たちが、この医療における「目的と手段」の重大なる混同に対しても、黙して語らないのはなぜであろうか?
そう思っていたら、元広島大教授で、今は早稲田大に移っている甲斐克則さん編の『臓器移植と医事法(医事法講座第6巻)』(信山社)が6月に刊行予定だそうだ。岡山大の粟屋剛さんが「臓器移植と移植ツーリズム」という章を執筆している。二人とも「修復腎移植」を初期から支持した法学者・生命倫理学者たちだ。
粟屋の調査によれば、「中国への渡航腎臓移植者の約43%が、帰国後、医療機関から診療拒否を受けた経験がある」という(上記論文)。
これはWHO指針の解説において、「臓器売買により移植した患者の管理を断った場合においても何らの制裁を受けない。指針の違反者に対して健康保険の支払い基金は支払いを拒否すべき、と規定されている」(上記、寺岡論文,P.19)と書いた、元移植学会理事長寺岡慧の罪である。この寺岡の文言が、高原現理事長になってからひとり歩きし、関西地方を中心に「中国・東南アジアで渡航移植した患者をケアしてはいけない。罰せられる恐れがある」という悪質なデマが広まった。私もその被害者の話を、電話で聞いたことがある。
医師法第19条には「医師の応召義務」が規定されており、患者の診察診療の要求を拒んではならないと書かれている。「目の前の苦しんでいる患者を救うこと」こそが、医の原点であるはずだ。その原点を、自ら否定する言説を流布する学会幹部・元幹部に未来はないだろう。
生命倫理学者が、移植医療問題について、新たな論議に加わってくれることを歓迎したい。
これはやはり「終りの始まり(ビギニング・オブ・ジ・エンド)」であろう…。
科学不正にしろ無謀な移植手術にしろ、科学者や医師個人の資格(認定医・専門医など)を厳しくし、倫理を求めるだけでは問題は解決しない。今後10年間に1000億円の研究費が、再生医療など「健康医療戦略」部門に注がれるという。目の前に巨大なニンジンの束をぶら下げられれば、「その1本なりと自分にも」と願うのが普通の研究者であろう。
日本は今、先行例のない科学・医学研究の時代に入っている。しかし科学者による不正を防止する措置や科学研究そのもののあり方(つまり純粋科学と応用科学の違い)に関する議論はちっとも深まっていない。これらも喫緊の課題であり、今こそ「修復腎移植」公認にむけて、新たな議論が必要だ。
「修復腎移植」を禁止した世代が一日も早く一掃されて、移植学会が新しい世代の手により再生し、修復腎移植を脳死・心臓死からの腎腎移植と生体腎移植にならぶ「第三の移植」として、積極的に評価する時代が来ることに期待したい。
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