バス運転士になって一番必要な能力と感じるものに、「平常心を保つこと。」があります。
先ず、いかなる道路状況でも事故無く、無理無く走ればそれでいいことですし、会社側も安全運行を最優先に考えていますので、怖い場合はゆっくり走ればそれでいいのです。
一般車は、道路の流れに沿って走ることも一つの運転技術として重要ですが、公共交通サービスであるバスの場合は、必ずしもその流れを重視する必要はありません。
多くの乗客の命を預かっている以上、一般車と最初から前提条件が異なります。
その為、他の車から「遅い!」と言われたら、「だって、バスだから。」と言い返せばよいと先輩から教わりました。
次に、路線バスや特定バス(送迎バス)は、決められたルートを基本的に運行します。
その為、仕事に慣れてくると運転が流れ作業のようになり、漫然とした状態になりがちです。
いつもと同じ作業と油断していると、出会い頭の事故などの不注意による事故をおこしがちです。
対策としては、動作と動作の間に必ず「一呼吸おく」ことで、不注意から来る事故を激減させることが可能です。
バス運転士が行う「指差確認」は、この「一呼吸おく」ことに物凄く大きく貢献しています。
要するに、平常心を保ち決められた基本動作を繰り返していけば、大きな事故は起こりようがないのです。
しかし多くの新人バス運転士は、ダイヤや乗客のクレーム、道路状況によって、どうしても無理な先急ぎ運転や基本動作を疎かにする運転をしがちです。
不規則な運転をするタクシーや、平気で煽ってくる自家用車、道路状況を無視した運転をする二輪車や自転車、電動キックボードなど、平常心をかき乱す要素は、日常的に存在します。
しかし、裏を返せば多くの人間が生活している以上、このような「平常心をかき乱す」状況が、正常な日常であって、バス運転士としてそれに対処する方法は、予め決められています。
「状況に流されずに、適宜粛々と行うこと。」以外、解決策がないことは分かりきっているのだから、ある意味アホになってやるしかありません。
この世の中は、時間も資源も有限です。一気にいくつも課題を出されても、出来ることに限りが有ります。
そう考えると、世俗の108個の心をかき乱す煩悩と向き合うことを、バス会社という禅寺で行っているのが、バス運転士なのかもしれません。