栄久山妙善寺おしょうのつぶやきブログ

山梨県富士川町の栄久山妙善寺は身延山久遠寺を総本山とし永代供養・水子供養・祈祷・相談占い等を行う寺院の住職です。

お清め塩とお酒

2013年05月23日 | 教え

ご祈祷やお祓いに もちいる塩と酒 

古来より日本では不浄を清める時に 塩や酒をまいて安全を祈ります。

でもなぜ塩やお酒をまくのでしょうか?

塩は海水から出来るところに その意味があります。

海水つまり 海は人々が神仏に祈る時に 身を清めるみそぎを行う神聖な場所

そのゆえに 海水から出来る塩は 祈る者の身を清め魔を滅する力があるとされます。

次にお酒は 独特なあの香りに霊を鎮める力があるとされ 先祖や神々にお供えするようになり やがて不浄を祓い清める儀式に使われるようになりました。

諸説いろいろありますが 塩と酒には 神秘な力があるとされ 現在のお清めにつながっている理由となります。

      合掌    栄久山 妙善寺

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妙善寺お清め塩  http://eikyuzan.jp/sio.html


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妙善寺の金魚

2013年05月21日 | 妙善寺の蓮・めだか他

今年も 妙善寺の金魚が沢山生まれました。

小さな小さな稚魚達が 一生懸命に泳いでいます。

大きく真っ赤な 親から生まれた 赤ちゃん金魚は 黒い色をしています

お父さん お母さんのように 綺麗な真っ赤な金魚になるまでは まだまだ月日がかかりそうです。

でも・・・いつ頃から 赤色にかわるのでしょうか・・・

それは きっと 赤ちゃん金魚達が大きく成った時に 一人で大きくなれたのではなく 親や周りの仲間達に 助けてもらって大きくなれたんだ!! 

と気付いた時 今までの行いが ちょっぴり恥ずかしくなり 赤色になるのではないでしょうか・・・

      合掌     栄久山 妙善寺

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沢山生まれました。赤い金魚になるのが楽しみです。

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昨年生まれた金魚はすっかり
大人になりました。

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    睡蓮も咲き始めました。

 


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大切な物

2013年05月20日 | おしょうのつぶやき

昔から 物を投げてはいけないと 言われています。

物は生き物と違って 生命があるわけではありません

けれども 生命が宿る事はあると思います。

一生懸命に作った人の思いや 大切に使って来た人の思い そうゆう思いが魂となって 物にも生命が宿るのでは・・・

職人さんの道具や 親の形身品など 人それぞれ人生の思いが詰まった物が沢山あるのではないでしょうか

私も 祖父が使っていた 数珠を時々使いますが その時は祖父と一緒に お経を唱えているようで とても安心します

祖父の思いが数珠に 宿っているからでしょう 

あなたの周りにも ありませんか?

大切な物・・・

      合掌    栄久山 妙善寺

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孝行したい時分に親はなし

2013年05月17日 | おしょうのつぶやき

  “孝行したい時分に 親はなし”

親孝行をしたい時には もう自分の親は この世にいないと言う意味です

自分の知らない所で いつも親は子供の事を心配し 世話になっているものです。

年を重ね 親には本当に助けてもらっていたんだなぁ~と 気付いても その時にはすでに・・・

ご先祖様や神様も同じです。

私達の気付かない所で 見守ってくれています。

いつも見守ってくれているのに 「あ~もっと良い事ないかなぁ~。」 などと思っていませんか

孝行したい時分に 親も神もなしにならないように・・・

親にも神様 ご先祖様にも 感謝を忘れずに

父の日 母の日 だけでなく 日々親に感謝ですね

    合掌   栄久山 妙善寺

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一々文々是真仏

2013年05月16日 | 教え

一々文々是真仏(いちいちもんもんぜしんぶつ) 

これは お経の一文字一文字が 仏様だから ただ難しい漢字を読んでいるのではなく ありがたい仏様を目の前にしているんだ と言う意味です。

言葉は 不思議なものです。

同じ言葉でも 言う人によって また受け取り方によって 大きく変わってきます。

話をする時には 仏様に語りかけるように 言葉をなげかけ

話を聞く時には 仏様の教えを聞く様に ありがたく聞きましょう

そうすれは 全ての人に 優しく話をする事は出来るし 

全ての人の話を 優しく聞く事が出来るはずです

“一々文々是真仏”

私達の人生にも この心がけがあれば 争いもなく優しく清らかな 日々を過ごせると思います。

     合掌    栄久山 妙善寺

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