今日は節分です。最近では豆まきよりも「恵方巻」を食べるご家庭が多いとか。今年の吉方は南南東とかだそうで、家族総出で一方向に向かって太巻き寿司を食べる姿は、なんとなく笑えます。まあ、それはそれで微笑ましくて悪くないのですが、僕はやはり豆まき派です。そこで、こんなお話を書いてみました。
登場人物・・・五反田家の人々・・お父さん
お母さん
息子の良太
鬼・・・・・・・・・・・・・アルバイトの学生
町内会長・・・・・・・町内会長
題名
「鬼が来た!」
立春はもう目の前だというのに、まだまだ底冷えのする二月上旬のとある日の夜。五反田家では、家人各々が願い事を心の中で唱えながら、太巻き寿司を食べていました。お父さんは「フェブラリィステークスで大穴が出ますように」。お母さんは「ライブドアの株価が反発しますように」。そして息子の良太は「暁美ちゃんと仲良くなれますように」。まあ随分と勝手な願い事のようですがそれは良いとして、なんだか外の様子が少し変です。
「・・・・は、いねがぁ~。」
「あれ、なんか声しなかった。」と息子の良太。「別に何も聞こえなかったけど、何か聞こえた、お父さん。」「いいや、聞こえない。」
「・・・・聞かね子は、いねがぁ~。」
ちょっと怯えた声で良太は「ほらぁ、外で何か言ってるよぉ。」お母さんも「ほんと、聞こえた。いやだ気味悪いわねぇ、お父さん。」「どうせ、町内会の火の用心かなんかだろ。」どうやらお父さんはあまり関心なさそうです。
「嘘つく悪い子は、いねがぁ~。」
「うわぁ!なんか変だよ。変な人が近くまで来てるよ。」良太は震えだしました。お母さんも「どうしましょう、お父さん!」「だっ大丈夫だ!家の中まで来やしないよ。」と言いながらも少し怖がっています。
「親の言う事聞かね、悪い子はいねがぁ~。」
「友達いじめる、悪い子はいねがぁ~。」
玄関のすぐ外で声がします。「こっ怖いよぉ!お母さん!」良太はお母さんに目をつぶってしがみつきました。「一体誰なんだこんな事をするやつは。」お父さんは憤慨しています。そして、声の主は家の中まで入って来てしまったのです。
「盗っ人する、悪い子はいねがぁ~。」
なんと、声の主は「鬼」です。鬼がさっきから叫んでいたのです。この時、良太は思い出したのです、この秋、隣の安田さん家の庭に生っていた柿の実を、一個盗っておやつ代わりに食べてしまったことを。
「うわぁ。御免なさい!許して下さい!」良太は叫びました。・・・が、その時です。
「そったら子さ、家にはいねぇ!」
鬼につられて訛ってしまった、ちょっと情けないお父さんですが、それでも鬼の前に仁王立ちに立ちはだかりました。一応、家族を守っているつもりのようです。
「勉強しね、悪い子はいねがぁ~。」
鬼はなお叫びますが、「ああ、それならいるよ、ほれそこに。」と言いかけたお父さん、「ぐっ」と堪えて。
「もう一度言う。そんな子は家には居ない。とっとと出て行け。さもなくばこうだっ!」
何故かテーブルの上に置いてある、五合枡の中の炒った大豆をムンズとつかみ、鬼めがけて投げつけました。
「夜更かしする、悪い子はいねがぁ~。」
なんと鬼は微動だにしません。そこでお父さん「良太!お父さんと一緒に戦え!お母さんを守るんだ!」「そうよ良太。お父さんと一緒に戦ってお母さんを守って!」両親からこうまで言われては戦わないわけにはいきません。良太はお父さんと同じように大豆をその小さな手でムンズとつかみ、今度はお父さんの背中にしがみつきました。そして目はつぶったままですが、えいっ!と投げつけたのです。するとどうでしょう。鬼は・・・・、
「うおぉぉぉ!痛たたたっ!まいった。たすけてくれぇ!」
そう言いながら、家の外へ逃げ出していきました。
「よくやったぞ、良太。」「えらいわねぇ、良太。」両親からそう言われて、そっと目を開いた良太。そこにはあの恐ろしい「鬼」の姿は無く、お父さんとお母さんの優しい笑顔が見えるだけでした。
今夜、お父さんはその威厳を取り戻し。
お母さんは息子のたくましさに感涙し。
良太は両親の愛情を再認識した上、困難(この場合鬼退治)に立ち向かう「勇気」というものを知りました。
一方、外へ逃げ出した「鬼」ことアルバイトの学生さん。「痛ってぇ。五反田さん、思いっきり豆ぶつけるだもんなぁ。しかし寒いよなぁ。こんな夜に豆ぶつけられに家廻るなんて嫌なバイトだなぁ。」その時ふと町内会長さんに「仕事終わったらバイト代だけじゃなくて、酒も好きなだけ飲ましてやっから。」と言われたのを思い出し、少しだけ元気を取り戻して「次は鈴木さん家だっけ。」と呟きながら、地図を片手にとぼとぼと歩きだしました。
さて、仕事を終えて町内会長さんの家に戻る学生さん。「まんず寒かったべぇ。ひとっ風呂あびろや。」そう言われて風呂に入ります。体のあちこちにある小さなアザはぶつけられた豆の跡でした。実は学生さん、前から読みたかった本があったのですが、高くてなかなか手が出ませんでした。しかし、今回のバイトでなんとか買えそうです。「まっ、いいか。」そう言いながら湯船にどっぷりとつかるのでした。
どうでしょうか。一家の絆がより深まった五反田家、そしてたぶん鈴木家や他の家も、何より「鬼」ことアルバイトの学生さんも、皆が幸せになることが出来ました。 幸せの「豆まき」。いいと思いませんか。