今月2日、鳩山由紀夫内閣総理大臣は遂に辞意を表明した。昨日鳩山内閣は総辞職し、民主党代表に当選した菅直人副総理兼財務相が衆参両院で第94代首相に指名された。
なお当然のことであるが、天皇陛下に任命されるまでは菅氏はまだ首相ではない。憲法71条によれば、その間は鳩山内閣が職務を処理するし、鳩山氏は首相として在任している。一部メディアの「菅首相誕生」や「鳩山前首相」という表記は不適切である。
さて、今回は鳩山内閣の約8ヵ月半振り返りたい。
思えば、早すぎる瓦解であった
昨年8月の総選挙では、「政権交代」を掲げた鳩山代表率いる民主党が圧勝。翌月、鳩山内閣が発足した。鳩山内閣は、「脱官僚」「政治主導」を強調し、事務次官会議廃止や官僚の記者会見禁止を早くから打ち出した。自民党政権では必ずしも進まなかった、事業仕分けや地域主権改革にも、熱心に取り組む姿勢を見せた。
他方で、問題も多かった。小沢幹事長の傀儡政権ではないかと度々報じられた。さらに、鳩山・小沢両氏とも政治とカネの問題を追及された。
中でも今回特筆したいのは、普天間基地移設問題と皇室についての2点だ。
普天間問題については、鳩山氏は総選挙中に「最低でも県外、できれば国外」と強調した。これは、普天間基地返還に伴う代替施設を名護市キャンプシュワブ沖(辺野古沖)に建造するという、06年の日米2+2での合意(沖縄県と名護市もほぼ了承)を覆すことを意味していた。政権発足後は、各閣僚がバラバラな発言を続け、閣内不一致状態に陥った挙句、「5月末に先送りを決定」した。しかし、その後も「腹案」とした徳之島案等も地元の強い反対にあい、結局政府は、辺野古への移設で米側と合意するにいたった。だが、当然沖縄県民が納得するわけがなく、展望は見えない。
勿論、鳩山首相を嘲笑するだけの現在の多くの報道には違和感がある。いかにしてこの問題を決着させるかと言う事は、国民全体で真剣に検討せねばならない。とはいえ、やはり本問題の解決を困難にしてしまった最大の原因は鳩山氏にある。
しかも鳩山氏からは、沖縄の海兵隊が抑止力になっているという認識がなかったというあきれた発言がなされた。国の根幹である安全保障について、あまりにも無理解・不定見な政権であったと評するしかない。
皇室についても信じがたい姿勢が続いた。岡田外相が天皇陛下の国会開会式でのおことばにクレームをつけた問題や、鳩山首相・小沢幹事長が陛下のご訪韓に関して、「天皇陛下ご自身もその思いを強く持っておられる」(鳩山氏)、「韓国の皆さんが受け入れ、歓迎してくださるなら結構」(小沢氏)とあまりにも軽率な発言を行った問題等があった。。さらに小沢幹事長は韓国の大学での講演で、「桓武天皇の生母は百済の王女様と天皇陛下も認められた」と発言したという。これが事実とすれば、小沢氏は二重のウソをついたことになる。まず、桓武天皇の母の高野新笠の先祖が百済の王家につながるという記録があるのは事実だが、それを「百済の王女」というのは誇張しすぎだ。しかも天皇陛下が「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫」と述べられたことがあるのは事実[
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h13e.html]だが、「王女」などと発言されたことはない。
その中でも、最も重大なものはいわゆる特例会見問題であろう。これは、昨年12月15日に天皇陛下の習近平中国国家副主席ご引見が、宮内庁と外務省の間にある「1か月ルール」に反して強行された問題である。本件はルールの是非等が問題なのではなく、そのルールを破った理由が政治的なものである可能性が高いことが最大の問題である。「天皇は国政に関する権能を有しない」という憲法に従い、公的行為が政治的なものであってはならないというのが従来の政府の見解であった。政権側の説明には驚くしかなかった。鳩山首相は「本当に大事な方であれば」「日中関係をさらに未来的に発展させるため」と、自ら政治的理由であったと認めるに等しい説明を行った。小沢幹事長にいたっては、ご引見を「国事行為」と従来と異なる解釈を示した上で、「天皇陛下の国事行為、行動は全部、政治利用になっちゃう」と憲法を無視する様な説明をし、鳩山氏もそれを「よしとしたい」と是認した。さらに小沢氏は、「優位性の低い行事」を欠席されることを提案したが、ご引見の日に行われた「行事」といえば、賢所御神楽である。この祭祀は小祭とはいえ、かつて賢所の鏡が傷ついてしまったことを天照大神にお詫びする重要な意味があるという。これを「優位性の低い行事」と断じた政権は、おそらく初めてだろう。
年明けの通常国会では、首相や平野官房長官はご引見を「公的行為」とし、政治利用はあってはならないと火消しに追われた。しかし、「公的行為に天皇の拒否権はあるのか」という自民党の谷垣総裁の質問に平野長官は答弁できず、鳩山内閣が公的行為の本質を全く理解していないことが露になってしまった。谷垣総裁の求めに応じて、2月に出された公的行為に関する政府見解も、従来の見解を踏襲しただけのもので、政治利用を防止する具体的な策は不明確なままであり、また鳩山・小沢両氏が当初の発言を撤回することもなかった。さらに、平野氏からは「憲法の概念から言って、政治利用はありえない」という荒唐無稽な論理が展開された。「自衛隊の活動している所は非戦闘地域」と述べた小泉元首相も、これにはビックリしたのではないか。
この両問題に共通するのは、問題を引き起こしておきながらそれをほったらかしにしたまま投げ出したということだ。野党や一部メディアの様に、在任中は「辞任せよ」といい、いざ退陣したら「無責任だ」と矛盾した論調はしない。辞任は当然であったと思う。ただ辞任するのなら、もう少し誠意のある理由を示して欲しかったと思う。「国民が聞く耳を持たなくなった」云々というのは、納得しがたい。
菅次期首相には、重い課題がのしかかっているが、全力で取り組んでいただきたい。