京都国立博物館で開催されている『狩野永徳』展を観に、京都まで日帰りで行ってきた。東京開催なし、これだけの永徳の作品を鑑賞できる機会は、死ぬまでにはないだろうとでかけたのだった。
秋の京都、一年で一番賑わう季節に開かれたとあって、観光コースに「永徳展」が入っていると思われる団体ツアー客などもいて、予想を上回る混雑ぶり。昼前に京都に着き、駅のインフォメーションで前売り券を購入(ちなみに京都駅の観光案内所は、さすが日本一の観光地のインフォメーションだけあって親切、てきぱき、的確です)。飯も食わず一目散に会場に向かう。すでに入口には30分待ちの表示があり、入ってみれば小雨ぱらつく中に長蛇の列、結局40分待っての入館となったが、待つ人の列は時間が経てば経つほど長くなっていたのだった。さらに、館内では、「洛中洛外図屏風(上杉本)」を一番前で鑑賞するためには、また並ばねばならない。30分ほど待ったが、実際には右から左へと、止まらずに進んでくださいと係員が追い立てる。その金箔屏風のすばらしさは分かっても、折角の細部を鑑賞するまでには至らず、仕方ないかと諦めるほかはなかったが、もっと他に方法はなかったのか。
ただ新発見の永徳作品、本邦初公開の「洛外名所遊楽図屏風」は人気がなく、こちらをゆっくり観て気持ちを落ち着かせよう。永徳以外の狩野派の作品も含め約70点の展示、いずれも屏風や襖など障壁画の大画なので、「洛中洛外図屏風」以外は、そう殺気立たなくとも観ることができた。こうした風俗画における人物の鑑賞には、単眼鏡が威力を発揮する。まるで、安土桃山の世界を遠くから眺めているような気分になり、描かれた人々が実際に動いているかにさえ見えるのだった。
フランク・ロイド・ライト財団の「老松図屏風」、大徳寺聚光院の「花鳥図」などは、以前鑑賞する機会があった。とりわけ、数年前の2月、小雪舞う静寂の聚光院で「花鳥図」を観た感動は忘れがたいものがある。バロック的な造形の奇怪さで大木が画面をのた打ち回る「檜図屏風」もすばらしい。だが、今回改めて実物の迫力に圧倒されたのは、「唐獅子図屏風」だ。永徳のファンになったのもこの絵からだったのだが、2メートルを越える実際の大きさより、いま、僕の頭の中では、さらに巨大化してイメージが残っている。それほどにダイナミックでリズミカル、大胆で繊細、しかもその保存状態のよさに感動してしまうのだ。
安土桃山の時代、織田信長、豊臣秀吉に仕えた天才画家の画業のほとんどは、安土城、聚楽第をはじめとする建築物の消滅と共に消えてしまったわけだが、こうして生き残った数少ない作品群が500年の時を超えて目の前にあることに、京都まで来た甲斐があったと感謝したのだった。
さらに常設展示をざっと見て、ここにも狩野元信の作品が数点あるので必見なのだが、ついでに、目の前の三十三間堂で千手観音を拝んで帰ってきたのだが、この頃には京の空に虹がかかっていたのにうれしくなっていると、新幹線を待つ間レストランで生ビールしていたら寺島しのぶが店内に入ろうか入るまいかと思案しているのに出会ったのはおまけか。帰りの新幹線では「いづう」の鯖寿司をつまみながらビールをすすり、古都の余韻にひたりつつ、2,500円の図録を開いて「洛中洛外図屏風」の細部を再確認したのだった。それにしても京都土産はやけに「黒」が目に付いた。「黒おたべ」はなかなかいけるし、丹波の黒豆を干した「黒大寿」も美味でありました。
秋の京都、一年で一番賑わう季節に開かれたとあって、観光コースに「永徳展」が入っていると思われる団体ツアー客などもいて、予想を上回る混雑ぶり。昼前に京都に着き、駅のインフォメーションで前売り券を購入(ちなみに京都駅の観光案内所は、さすが日本一の観光地のインフォメーションだけあって親切、てきぱき、的確です)。飯も食わず一目散に会場に向かう。すでに入口には30分待ちの表示があり、入ってみれば小雨ぱらつく中に長蛇の列、結局40分待っての入館となったが、待つ人の列は時間が経てば経つほど長くなっていたのだった。さらに、館内では、「洛中洛外図屏風(上杉本)」を一番前で鑑賞するためには、また並ばねばならない。30分ほど待ったが、実際には右から左へと、止まらずに進んでくださいと係員が追い立てる。その金箔屏風のすばらしさは分かっても、折角の細部を鑑賞するまでには至らず、仕方ないかと諦めるほかはなかったが、もっと他に方法はなかったのか。
ただ新発見の永徳作品、本邦初公開の「洛外名所遊楽図屏風」は人気がなく、こちらをゆっくり観て気持ちを落ち着かせよう。永徳以外の狩野派の作品も含め約70点の展示、いずれも屏風や襖など障壁画の大画なので、「洛中洛外図屏風」以外は、そう殺気立たなくとも観ることができた。こうした風俗画における人物の鑑賞には、単眼鏡が威力を発揮する。まるで、安土桃山の世界を遠くから眺めているような気分になり、描かれた人々が実際に動いているかにさえ見えるのだった。
フランク・ロイド・ライト財団の「老松図屏風」、大徳寺聚光院の「花鳥図」などは、以前鑑賞する機会があった。とりわけ、数年前の2月、小雪舞う静寂の聚光院で「花鳥図」を観た感動は忘れがたいものがある。バロック的な造形の奇怪さで大木が画面をのた打ち回る「檜図屏風」もすばらしい。だが、今回改めて実物の迫力に圧倒されたのは、「唐獅子図屏風」だ。永徳のファンになったのもこの絵からだったのだが、2メートルを越える実際の大きさより、いま、僕の頭の中では、さらに巨大化してイメージが残っている。それほどにダイナミックでリズミカル、大胆で繊細、しかもその保存状態のよさに感動してしまうのだ。
安土桃山の時代、織田信長、豊臣秀吉に仕えた天才画家の画業のほとんどは、安土城、聚楽第をはじめとする建築物の消滅と共に消えてしまったわけだが、こうして生き残った数少ない作品群が500年の時を超えて目の前にあることに、京都まで来た甲斐があったと感謝したのだった。
さらに常設展示をざっと見て、ここにも狩野元信の作品が数点あるので必見なのだが、ついでに、目の前の三十三間堂で千手観音を拝んで帰ってきたのだが、この頃には京の空に虹がかかっていたのにうれしくなっていると、新幹線を待つ間レストランで生ビールしていたら寺島しのぶが店内に入ろうか入るまいかと思案しているのに出会ったのはおまけか。帰りの新幹線では「いづう」の鯖寿司をつまみながらビールをすすり、古都の余韻にひたりつつ、2,500円の図録を開いて「洛中洛外図屏風」の細部を再確認したのだった。それにしても京都土産はやけに「黒」が目に付いた。「黒おたべ」はなかなかいけるし、丹波の黒豆を干した「黒大寿」も美味でありました。