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日野日出志「恐怖列車」

2013-05-12 22:16:29 | 日野日出志


 ひばりヒットコミックスの本巻には「恐怖列車」「狂人時代」「地獄小僧(の後半)」が収録されています。表題作「恐怖列車」は作者の代表作ではないような気がしますし、あまりいい評判も聞いたことがありません。長編でも短編でもない中途半端な長さで、展開も荒唐無稽、列車はそれほど話に関係ない、というB級っぷりが目立ちます。けれども、むしろ、日曜の昼下がりにテレビ東京が放送している映画のような「B級ホラー」っぷりを忠実に再現しているのかもしれません。

 主人公の秀一は、ユキちゃんとブーちゃんとともに田舎に遊びに行った帰りに電車に乗っていますが、その電車がトンネルの中で突然停電し、大きな音と振動に襲われます。すぐに停電は回復するのですが、秀一の向かいに座っていた黒いコートの男がカラスの羽根を一枚残したままいなくなってしまいます。そして周囲の乗客の様子を見ると…。



 なぜか全員正気を失っているようなのです。コマをまたいだ「ゴーーーーッ」という描き文字も不気味です。

 そして列車は東京に着き、3人はそれぞれ家に帰るのですが、秀一の家から黒いコートの男が出てくるのが見え、玄関先にはカラスの羽根が落ちています。この瞬間、列車での恐怖が秀一の頭の中を走り抜けるのです。家に飛び込んだ秀一は家族の普段の様子を見てほっとするのですが、よく見ると両親の首に見たことの無いホクロや傷があり、態度も急に変わったりしてどうもおかしな感じです。そして深夜、秀一が物音に気付いて見に行ってみると、両親が誰かの死体を庭に埋めているのでした。



 両親に見つかった秀一はなんとか見逃してもらうのでした。このあたりのページから人物の顔の絵柄が凄まじいものになっていきまして、まるで楳図かずお作品なみの描き込みです。

 次の日、ユキちゃんとブーちゃんも同じ体験をしていると聞き、担任の先生に相談するのですが、そのことを秀一の両親に知られてしまってブーちゃんは殺されてしまいます。秀一はユキちゃんと逃げるのですが…。



 ユキちゃんもビルの屋上から落とされて死んでしまうのです。ユキちゃんの死体の描写が明確でないのが余計に恐怖を感じさせます。この左下のコマの絵の構図はコミックス表紙にも使われていますね。

 この後は夜の遊園地のお化け屋敷、ジェットコースター、動物園の大蛇の檻と「なんでわざわざそんなところに行くんだ!」と突っ込みたくなるような不条理ながらもスピーディーな展開。けれども結局は両親に捕まってしまい、縛られて線路の上に置かれてしまうのです。



 電車に轢かれそうになった瞬間、秀一は病院のベッドの上で目を覚まします。どうやら田舎から帰る列車がトンネル内で事故を起こして以来、秀一は意識不明だったらしいのです。そして怪我も治って退院する秀一が両親の首に見たものは………。

 後半の荒唐無稽な展開も「実は悪夢でした」という理由で説明はつくのですが、悪夢と現実の境界がわからない、あと何回悪夢から覚めなければならないかわからないという恐怖が後を引きます。こういった悪夢・幻覚と現実の多重映しは日野日出志作品の特徴ではありますが、本作では主人公(または作者)の情念のようなものは希薄で、いわば「恐怖のための恐怖」を描いているという日野日出志作品としては比較的珍しいポジションではないでしょうか。というわけで、全体の構成や深いテーマといったものはあまり気にせず、瞬間瞬間の不条理な恐怖と誇張された絵柄に注目するとなかなか楽しめる作品です。

 蛇足ですが、上の画像の左端コマ外には「●ひばり書房の本に君の名前がのっていたら、その本の題名を葉書でしらせてよ。次回のゲームデンタクが当る抽選に優先参加できちゃうんだよ~ん。(コマーシャル)」と書いてあります。ひばりヒットコミックスには大抵掲載されている一文で、あまりに場違いな文体なので腰砕けになってしまいます。「君の名前がのっていたら」どころか住所まで載っていたりするのですが、おおらかな時代でした。

 ゲーム電卓といえばこちらもどうぞ。


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日野日出志「まだらの卵」

2013-03-21 21:16:21 | 日野日出志


 ひばりヒットコミックスの通し番号第1番はこの「まだらの卵」です。表題作以外に「ウロコのない魚」「セミの森」「マネキンの部屋」「地獄へのエレベーター」「がま」「ともだち」「おかしな宿」が収録されている短編集。いずれも昭和の雰囲気を濃厚にかもしてますが、非常に後味が悪い(つまりホラーとして切れのよい)作品ばかりです。それにしても構図と色使いのバランスが素晴らしい表紙絵です。卵や顔の塗りだけでなく、木目やシャツのチェック柄でさえも禍々しいものを感じます。

 標題作「まだらの卵」は「ホラー自選集」からはもれていますが、代表作の一つとも言えるかもしれません。



 少年の住んでいる町は工場地帯にあり、環境破壊がかなり進んでいるようです。大量のゴミが漂うドブ川でイカダに乗って遊ぶのが日課でした。こういったシチュエーションは「地獄の子守唄」「ウロコのない魚」などと通じています。主人公の少年は内気であったり狂気にとらわれたりはしていませんので、顔の絵柄はすっきりしたものになっています。



 ところが少年は非常にまっとうなのに対し、町の毒素のせいなのか家族は通常ではありません。少年は両親と祖父、祖母と暮らしていますが、父は工場勤めで酒浸り、母は謎の病気で二階に隔離されて顔を見ることもできない状態、祖母はそんな母を一人で看病し、祖父は事故で頭がおかしくなってしまっていたのでした。祖母の厳しい顔つきと祖父の正気をなくした表情が対照的です。日野日出志画にしばしば出てくる首つり人形も現れています。

 ある日、少年はドブ川でまだらの卵を発見し、家に持ち帰って孵化させようと大切に扱います。ところがペットの動物たちはその卵に非常に警戒をしているようです。しばらくの後、学校から帰ってみると卵は孵化しており、中の生物はちょうどドブ川に入ってしまったところでした。

 そしてその夜、ペットの犬の鳴き声で目を覚まし表に出てみると、犬は全身の血を何者かに吸われていました。その間に家の中ではペットや家族が血を吸われ、ミイラのようになっていました。どうやらまだらの卵から生まれた怪物の仕業のようです。そいつに襲われた母親がギシギシと階段を下りてきて倒れ込み、少年は初めて母親の顔を見るのでした。家族を皆殺しにした怪物が階段を下りてきたのを感じ、少年は部屋に逃げ込んでドアを塞ぎます。けれどもバリケードは怪物によって破られてしまい…。



 整っていたはずの少年の顔も徐々に歪んできています。その後、怪物はドブ川で無数のまだらの卵を生み落とすのでした。

 この「まだらの卵」ですが、怪物の姿は最後まで描かれません。家族がどのように殺されるかも描かれません。病気の母親の顔も描かれません。異常な家族についても描かれません。町の自然破壊が原因であるとも語られていません。見えない敵、見えない病魔、見えない因果関係と、なにもわからないまま恐怖だけが描かれます。加害者が明らかなだけ「ウロコのない魚」より直感的にはわかりやすいのですが、それでもバックグラウンドが何も描かれないためにモヤモヤが強く残るのです。なんとなく、低予算を逆手にとって前衛的な表現を目指した映画のような雰囲気もあります。

 グロテスクな描写が他の作品と比較して少なめですが、読んだ後味の悪さは日野日出志作品の中でも屈指のものだと感じます。グロ抜きでのホラーを意図した作品なのかもしれませんが、ベースとなる絵柄そのものがグロテスクであるため、日野日出志作品としての物足りなさはありません。むしろ、少年の顔そのものが強い印象となって残るという不思議な作品です。


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日野日出志「元日の朝」「まりつき少女」

2013-01-08 23:33:56 | 日野日出志




 遅れましたが、明けましておめでとうございます。というわけで、今回はひばり書房のヒットコミックス「わたしの赤ちゃん」に収録された「元日の朝」と「まりつき少女」の紹介です。以前にも書いたようにこの本は私が初めて購入した日野日出志作品なのですが、ちょうど年末年始の時期だったので上記画像の「元日の朝」が異様なリアリティを放っておりました。

 この「元日の朝」はなぜかナレーションベースで展開しており、ほとんど小説を読んでいるようなのが特徴です。主人公の少年(ケン一)は元日の朝に目を覚ましたけれど、家族がどこにもいません。たった今、皆がここにいたような雰囲気はあるのですが、なぜか見当たらないのです。とりあえず少年は凧上げをするために河原に向かったのですが、町には誰もいません。河原に近づくと凧が上がっているのでほっとしていると、なんと河原にも誰もおらず、凧だけが上がっているのです。

 家に逃げ帰ろうとした少年は死神のような一団に「お前の命は今日で終りだよ………!!」と宣言されてしまいます。そして家の前で少年はカラスに出くわすのですが、カラスが鳴き声を発した瞬間に…。



 空間に入った亀裂が少年に襲いかかるのでした。この作品はホラー描写も少なく、ストーリー的にも意味不明な点が多く、絵柄もどこかすさんでおり、日野日出志作品の中では重要なものではないのかもしれません。けれども、それだけにどうにも不安定な雰囲気が印象的で、妙に記憶に残る作品です。私が読んだ時期の影響なのかもしれませんが…。

 「まりつき少女」は数十年前の山奥の村が舞台の怪奇檀。始めはほのぼのした展開ですが、中盤の昔話でまりつき童女が処刑されるあたりから人の首がたくさん飛ぶようになります。そしてインパクト絶大なのが下のコマ。



 この後、まりつき少女の首も飛び、次の代のまりつき少女が生まれるというスパイラルに。まりつき童女の怨念がまりに取り憑き(まり憑き?)、まりつき少女をあやつっていることがわかる終盤のシーンは恐ろしくもあり、おかしくもあり、悲しくもあります。

 以上2作品が掲載されている本には最恐の「赤い花」もあって、余計にこれら2作品の存在感が小さく感じられますが、どの作品もちょっと異なる恐怖ポイントを持っているのでなかなかバラエティに富んだ作品群と言えるでしょう(あと2作収録)。


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日野日出志「赤い蛇」

2012-09-30 22:53:43 | 日野日出志


 日野日出志「ホラー自選集」の第18話は「赤い蛇」です。以前にも書きましたが、日野日出志が漫画家人生をかけて「これらがダメだったら漫画家をやめる」と決心して描いたのが「地獄変」とこの「赤い蛇」だそうです。上の写真は絶大なインパクトの表紙。話の内容も、ほぼこの絵の通りと言ってもいい程の見事な絵です。



 冒頭からこの重厚な空間表現! 日本家屋ではありますが、洋館ホラーに通じるような導入部です。主人公の少年は巨大な屋敷に住んでいますが、その屋敷に恐怖を感じており、何度逃げ出してみても常にもとの場所に戻ってしまうのでした。



 その屋敷には無数の部屋があるのですが、使われているのはごく一部の部屋で、それ以外の部屋に繋がる廊下は鏡で封印されていました。そしてその封印の向うのずっと奥には「あかずの間」があると言われているのでした。そして誰かが「あかずの間」を見ると、家族に恐ろしい事が起るとの言い伝えがあったのでした。

 屋敷に対する恐怖もさることながら、少年は5人の家族にも恐怖を感じていました。全員が何かしら奇行を繰り返しており、それは正気の沙汰ではなかったのでした。

 ある夜、少年が寝ていると、夢の中で誰が呼んでいます。そして夢の中で幽体離脱をして封印の鏡を通り抜け、ついに「あかずの間」を目の当たりにしてしまいます。そして目が覚めると、封印の鏡が割れていたのです! それ以来、家族には恐ろしい事が起り続けたのです…。

 この先は理屈も何もない狂気と幻想の展開。あえて解説はつけませんが、じっくりご覧下さい。















 そして少年はいつの間にか「あかずの間」の目の前にいて、そこで赤い蛇に捕われてしまいます。



 少年が「あかずの間」の中に見たものは何だったのか、少年がこれまでに見てきたものはなんだったのか、全ての謎が残ったままで変わらない日常が繰り返されるのでした。

 狂気と幻想、脈絡のない猟奇的な描写、血に彩られたエロティシズム等、見所はたくさんあります。また何よりも、後味の悪い読後感がこの作品の恐怖を増幅しています。ひたすら不条理でストーリーも何もありませんが、絵は見事に描き込まれており、構図も考え抜かれ、人物の動きを感じさせるものになっています。日野日出志作品の中で「極限」の一つであると私は感じています。


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日野日出志「鶴が翔んだ日」

2012-05-27 22:29:55 | 日野日出志
 日野日出志「ホラー自選集」の第16話は「鶴が翔んだ日」です。この作品はホラーというよりは民話のようであり、そこに現代社会の影の部分を重ねるという作風になっています。以前紹介した「白い世界」に雰囲気が似ています。

 鶴が飛来する北国の村に、病気で寝込んだままの少女がいました。少女はいつも障子を開けて鶴を眺めるのが好きでした。ただ、鶴の数が毎年減って来ていることに少女は気づいていました。



 墨絵のような鶴をはじめ、丹誠込めて絵が描かれています。左ページ一コマ目の天井の梁が入った構図も面白いし、間を感じさせるテンポはいつもながら見事です。

 少女には不思議な力がありました。折り鶴を折ってそっと飛ばすと遠くに飛んで行き、数日後に少女の夢を乗せて帰って来るのでした。帰って来た折り鶴を枕元において眠ると、折り鶴が運んで来た夢を見ることができました。



 この見開きはなかなか不思議な風景です。特に右ページ、飾られた折り鶴のイメージ、夕日にかかった雲の表現など、他ではあまり見たことがありません。

 ところがある朝、全ての鶴が外で死んでいたのです。病気の体をおして鶴に駆け寄った少女は肺炎にかかってしまうのです。今夜が山と言われた晩、少女は夢を見ます。それは自分が鶴になって空を飛ぶというものでした。



 この見開きでは夢の中ということなのか、活字のフォントが丸文字に変わっています。鶴もどこか漫画的になっています。この作品で最もほのぼのとししている瞬間です。

 翌朝、鶴になったと母親に伝えた少女はそのまま亡くなってしまいます。少女の葬儀が執り行われる中、棺を引く馬が突然暴走して棺が機に当たって壊れたかと思うと、棺の中から鶴と無数の折り鶴が飛び立つのでした……。

 この作品はホラーっぽい部分はありません。山形県を思わせるような北国を舞台にした民話のようなテイストで、絵も静的な印象を受けます。そしてここで見られたような静かな雪のシーンは、こののちに「地獄変」で狂気の結末となって帰って来るのです。


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日野日出志「地獄小僧」

2012-04-15 22:53:05 | 日野日出志
 

 日野日出志「ホラー自選集」の第15話は「地獄小僧」です。我が家には、ひばりヒットコミックスと日野日出志選集(いずれもひばり書房)の2冊があります。ヒットコミックスでは途中までの収録で、終盤は「地獄から来た恐怖列車」に収録されています。

 この作品は映画「フランケンシュタイン」「吸血鬼ドラキュラ」「狼男」など古典ホラー映画に大きな影響を受けたものと思われますが、それでいて日本的な湿っぽさも持ち合わせています。構成も変化に富んでいて、ハードでスペクタクルな要素もあって飽きさせません。

 字吾久(じごく)一丁目に住む円間羅雪(えんま らせつ)博士は天才的な医者。その息子、円間大雄(えんま だいお)は頭の良い美少年で、将来を有望視されていましたが、事故で頭に傷を負って亡くなってしまいます。ところが、謎の老婆がやって来て、大雄が生き返る方法があると言い出すのでした。その言葉に従い、入院している不治の病にかかった少年の命と引き換えに大雄は甦るのですが…。



 それは化け物の姿でした。吹き荒れる風の効果で、絵に異様なスピード感があります。そこへ老婆がやってきて博士をゆすろうとするのですが、甦った大雄少年に噛み殺されてしまいます。すると少年の姿は元に戻るのでした。ですが、少年は周期的に姿が変わって凶暴になるようになってしまい、座敷牢に幽閉されるのでした。



 凶暴化した少年は血をすすると元に戻るようです。しばらくは動物の血を与えていたのですが、少年はついに鍵を破って夜の町で人を襲うようになりました。毎晩のように何人もの人間を殺して血をすするのでした。さらには事件の匂いを嗅ぎ付けた花水という刑事に目をつけられてしまいます。

 少年の脳の傷が原因と考えた博士は、別の子供の脳と取り替えたりするのですが、凶暴化はまったく治まりません。



 印象的な1ページ。自分の子供を治すため、他人の犠牲も厭わないという決意をする博士。ところが凶暴化の原因は全く別のところにあったのです。円間家は代々地方を収めていた大名。年貢を厳しく取り立てていた当時の円間家に対する呪いによって、3代ごとに凶暴化が発症するとのことでした。事故は単なるきっかけに過ぎなかったのです。

 普段の少年は賢く明るいのですが、自分より成績の良いクラスメートに対して殺意がつい涌いてしまうようになり、そんな自分を必死に否定します。それなのに、夜に凶暴化するとそのクラスメートの首を食いちぎってしまうのでした。



 業を煮やした花水刑事は自らを囮にして少年に手傷を負わせます。少年は逃げ帰って元の姿に戻るのですが、傷が証拠となってついに正体がばれてしまいます。屋敷は民衆に火をつけられ、少年は落下してついに絶命します。

 ところがこれでは終わらないのでした。少年の目玉が下水の中に落下しており、その細胞から地獄小僧が誕生するのでした! 地獄小僧は世の中をさすらい、人間や悪霊と関わっていきます。邪悪な超能力少年と一時は仲良く暮らしていたのですが、あることがきっかけでお互い殺し合うのでした。



 日野日出志作品の中でもトップクラスに衝撃的な1ページ! この作品ではかなりの人数の首が落ちるのですが、このページの絵以上に凄まじいものはありません。これを掲載するのも躊躇したのですが…。

 そして地獄小僧は地獄に落ちますが、閻魔大王(本物)との取引で再び現世に戻されます。その取引は地上に逃げた無限地獄の亡者を狩るというものですが、そこでこの作品は終わります。この後に日野日出志作品でしばしば見かけた、人間のためではなく自分の都合で悪霊を倒すというダークヒーローもののはしりだと言えるでしょう。

 さて、作者はノリノリで描いていたに違いありません。そうでなければ、序盤で女性が大雄少年に襲われるシーンで、「漫画見るなら日野日出志!!」などと電柱に書くはずがありません! 映画を意識した構図やコマ割りも見られるし、映像映えもするであろう派手な火災のシーンもあって、作者の夢であった映画監督の気分で描いていたように思われます。

 もちろん作者の興味は映像的なものだけでは無かったでしょう。ハードな描写の裏側には地獄小僧や博士の哀しみが存在しています。回想シーンをからめたエピローグの哀しみは日野日出志作品随一かもしれません(なぜかヒットコミックス版では省略されていますが)。

 あまりに直接的な描写と哀しみの二面性を持つ本作で、なかなかトラウマ度も高くなっていますが、間違いなく名作の一つでしょう。


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日野日出志「ウロコのない魚」

2012-03-04 23:08:50 | 日野日出志
 日野日出志「ホラー自選集」の第14話は「ウロコのない魚」です。私はこの作品がとても好きでして、凄みのある絵柄、幻覚や悪夢の連続、何一つ悪さをしていない「ウロコのない魚」の存在、他人事のようなラストシーンなど、短編ながらも印象的な作りになっています。



 冒頭のこのシーンからして絵柄がなんだか凄まじいです。昭和の雰囲気を強烈に発しています。生活感のある書き込みも細かいですが、各コマの構図も考え抜かれており、いきなり異様な殺気を放っています。主人公の少年しげ男は、漁港のある町の魚屋の息子です。町は暑さと悪臭に包まれており、そのせいか少年は毎晩悪夢にうなされているようです。そしてその悪夢の内容が思い出せないそうですが…。そんな少年が海でウロコのない魚を釣ってきたところから話が始まります。



 少年がウロコのない魚を釣り上げた直後から、幻覚に苛まれるようになってしまいます。この後は2ページに一回の割合で幻覚や悪夢が繰り返し襲ってくるのですが、ウロコのない魚が何か悪さをするわけではありません。少年は徐々に精神的にまいっていきます。



 そして少年が暑さでおかしくなってしまうかと思ったら、それより先に床屋の主人がおかしくなってしまうのでした。そしてこの瞬間に毎晩見る悪夢を思い出すのでした。この見開きは日野日出志作品の中で私が最も好きな部分の一つです。ちなみに、日野日出志「ホラー自選集」版では床屋のセリフが「狂う人間のひとりやふたり」ですが、ひばり書房の版では「頭が変になる人間の一人やふたり」となっています。

 少年が見ていた悪夢とはどんな内容だったのか、なぜウロコのない魚が釣れたのか、幻覚の原因は何だったのか、床屋の主人が狂った理由は何か、どれも説明がなく、なんの解決にも至らずに話は終わります。暑さと公害が一連の出来事の原因で、ウロコのない魚を見たことがきっかけとなって少年の精神の歪みが顕在化したのだ、という一応の説明はつきますが、それさえも通り一遍の表面的な解釈に過ぎません。根本的なものが何も解決していないという不安感が、本作を(いい意味で)後味の悪いものにしています。

 幻覚と悪夢に苛まれるというパターンはその後の日野日出志作品において典型的なものとなっており、本作はその原型と言えるでしょう。また、暑さで正気を失うという設定は、デビュー作の「つめたい汗」でもあり、本作でも同じようなラストを迎えます。その意味で本作はデビュー作と後の日野日出志作品を繋ぐ手がかりになるかもしれません。

 余談ですが、床屋で襲われると言えば、荒木飛呂彦のデビュー作「武装ポーカー」では主人公が散髪中に襲われたところを返り討ちにしたり、「ジョジョ」でポルナレフがアヌビス神に攻撃されたりするシーンがありました。私も今日床屋に行ってきたところで、これらのことを思い出しながらちょっとドキドキしていました。


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日野日出志「毒虫小僧」

2012-02-05 23:02:00 | 日野日出志


 ついに来ました! 日野日出志「ホラー自選集」の第13話は、トラウマ少年少女大量生産の「毒虫小僧」ですよ! この作品は、ひばり書房の単行本として1975年に書き下ろされたもので、カフカの「変身」の影響を受けた作品だそうです。

 この作品では怪奇・猟奇シーンは実は少なめになっています。それでも日野日出志代表作の一つなのは、構成が整っており漫画としての完成度が高いからではないでしょうか。



 主人公の名は日の本三平。まさに日野日出志作品の主人公中の主人公の風格です。目つきや前髪は言うに及ばず、肩や背中のしわ、左手の表情、描き込まれたスニーカーなどに作者の愛を感じます。「何をやらしてもだめな子供だった」とは随分な言われようで、クラスメートからは嫌われ、いじめられ、家族からも冷ややかな眼で見られているのですが、全ての生き物を愛する心優しい少年なのでした。

 ところが春休みに入る前日、突然吐き気に襲われた三平少年は自分のゲロの中に真っ赤なイモ虫のようなものを発見します。それを指でつまみ上げたところ、指をトゲで刺されてしまうのです。翌日から三平少年の全身が腐って溶けはじめてしまいます。



 トラウマ漫画と言いつつも、グチャドロシーンはこの前後にしかありません。それでも少年はなかなかの溶けっぷりです。ベッドや枕、勉強机の昭和を感じさせるリアリティーも魅力です。

 その後、少年の体はコチコチに固まってきます。するとその中からついに……!



 毒虫小僧の誕生です! その顔つきは間違いなく三平少年です。賢い妹はこの化け物を見て兄の三平であるということを見抜くのですが、それでも当然部屋に押し込められてしまいます。そして三平少年の抜け殻は葬式に出されて、人間としての日の本三平の存在はなくなってしまうのです。けれども彼は、自分は現に生きているんだからなんともない、と妙なポジティブシンキングを発揮するのでした。

 ところが、三平少年を疎ましく思った家族は、三平少年の食べ物に毒を混ぜて殺そうとするのでした! 彼の体は庭に埋められてしまったのですが、死んだわけではありませんでした。家族が自分を殺そうとしたことを理解した三平少年は、そっと家族のもとを出て行くのでした。

 三平少年は街や自然の中で今まで味わったことのない自由を満喫します。ところが少年の正体が毒虫であることを本能的に察知した生き物たちは三平少年に近づこうとしません。今や少年の体には毒を持った角・トゲ・針が備わっているのです。このあたりの描写はかなりじっくりと念入りに描かれています。

 そしてある日、うっかり人間につかまったことをきっかけに、三平少年は自分が毒虫小僧であることを自覚します。それ以来、毒虫小僧は人間に復讐すること誓うのでした。



 マンホールの中を根城にした毒虫小僧は徐々に人間の頃の記憶を失ってきており、人を殺すことに快感を覚えるようになっていたのでした。三平少年のこの変わり様に、読者は恐怖と、哀しみと、そしてかすかな共感を抱くことでしょう。その感覚こそがこの作品を印象的なもの(トラウマ)にしているような気がします。

 毒虫小僧が多くの人を殺していることを知った三平少年の家族は責任を感じ、今度こそ毒虫小僧にとどめを刺し、その魂を救おうと考えます。家庭の懐かしい匂いに誘われて庭にやって来た毒虫小僧は、ついに父親と再会するのですが……。



 父親の手には猟銃が握られており、それが致命傷となって毒虫小僧はゆっくりと死を待つばかりに。その一方で人間だった記憶を取り戻します。最後のシーンはとても穏やかです。まるで漫画版「デビルマン」のような静かな最終シーン。奇妙な余韻を残して物語は終わります。

 彼はなぜ毒虫になったのでしょう。ゲロの中にいた虫の正体は何だったのでしょうか。なぜ毒虫が自らの体内から出て来たのでしょうか。結局、抑圧され続けてきた彼自身が毒虫小僧になることを元々望んでおり、それがゲロの中の毒虫という形で見えたのかも知れません。社会の速度が加速し、人との付き合い方がより複雑化した現代日本では、この毒虫小僧に共感する(つまり、そんな自分に愕然としトラウマとなる)人がより多いような気がします。

 後の少年少女漫画としてのホラー作品の原型とも言える本作。長編ということでコマが大きく整理されており、明確な起承転結の構成もあって読み易い作品になっています。それだけに心の闇をえぐり出された読者が多く、日野日出志の代表作の一つたり得たに違いありません。


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日野日出志「わたしの赤ちゃん」

2011-11-23 19:39:03 | 日野日出志
 日野日出志「ホラー自選集」の第12話は「わたしの赤ちゃん」です。この作品が収録された単行本には思い入れがあり、実家から持ってきて手元に置いてあります。小学生の時に日野日出志作品を立ち読みしてショックを受けたのですが、それ以来どうにも気になっており、高校生になって私が初めて買った日野日出志の単行本がこの「わたしの赤ちゃん」なのです。他に「赤い花」「まりつき少女」「元日の朝」「おかしなおかしなプロダクション」「水色の部屋」が収録されています。



 個人的に思い入れがあるとはいえ、この作品はやや特殊な部類に入ります。以前に紹介した「博士の地下室」と「泥人形」ほどではありませんが科学技術批判のような雰囲気がありますし、個人の狂気ではなく世界中を巻き込むというスケールの恐怖を描いています。

 「胎児は母の胎内にいるあいだ人類進化の過程の壮大なドラマの夢を見ているという」との幻想的なモノローグから始まります。その夢で胎児はまず単細胞生物時代の夢を見ており、その後は三葉虫(節足動物?)、魚類、両棲類、爬虫類、そして哺乳類と進化し、最後に人類が出現する夢を見ながら人間の体になるというのです。私はこのオープニングがとても好きで、ここでは人類に進化したところから連続した見開き画像を4枚引用してみます。









 1枚目は胎児が見ている夢の最後のシーンですが、なかなかワイルドな題材でめずらしいだけでなく、キャラのデフォルメもかなり抑制されてリアルな絵柄だし(胎児も!)、構図も計算されていて非常にすっきりとしています。

 2枚目になると、これまでのモノローグはこの怪奇作家のものであったことがわかります。作家が持っていた本は夢野久作の小説「ドグラ・マグラ」ですが、実際にこの小説の中で「胎児の夢」について語られています。日野日出志作品にはこの「ドグラ・マグラ」から影響を受けたと思われる作品が多くあります。「ドグラ・マグラ」同様に物語が振り出しに戻るものが多くありますし、「ゴゴラ・ドドラ」という日野日出志作品もあったりします(似ているのははタイトルだけでしたが)。

 3枚目では突然胎児の比較表が現れて、一体何なんだとなりますが、見てみるとなるほど全ての脊椎動物の胎児は同様の形態をしていて、「胎児の分化=生物の進化」という考えに大きな説得力を与えています。

 4枚目は病院のシーンで、3枚目の絵が室内に掛けてある資料の一つであることがわかります。そして2枚目で作家が話していた不気味なアイデアが、どうも現実のものになっていることが会話から明らかになります。作家の顔の歪み具合も印象的です。このあたりの連続的な画面転換は相当練り込まれたものでしょう。生まれた赤ちゃんがトカゲだったというショッキングな展開を直接描かず、胎児の比較表を示すことで代替するという手法に唸らされます。

 この後のストーリーでは、トカゲの赤ちゃんを持った夫婦の子育てから始まり、人間が動物の赤ちゃんを生む現象が世界中に広がっていく様子が描かれます。怪奇というよりはSFのような手応えの作品で異色ではありますが、怪奇描写は控え目なので日野日出志作品の絵が苦手という人にとっては読みやすいかもしれません。個人の狂気の深淵を覗く作品とは違って人類滅亡直前の世界が舞台なのですが、結末では絶望感は希薄であっけらかんとしており、それがある意味で恐怖かもしれません。

 この作品も全体として非常に映画的な構成がなされているように感じます。細かい部分をじっくり作り込んだ2時間程度の映画にしたものを観てみたい気がします。



 こちらは日野日出志選集版の表紙。ヒットコミックス版では無かった冒頭の母親のモノローグが掲載されており、他に「はつかねずみ」「博士の地下室」「水色の部屋」「真夏・幻想」「水の中」も収録されています。


日野日出志作品紹介のインデックス

日野日出志「赤い花」

2011-10-15 19:36:10 | 日野日出志
 Twitterで地獄の日野日出志botを作りました。3時間ごとに日野日出志作品のセリフを自動的につぶやきます。

 日野日出志「ホラー自選集」の第11話「赤い花」は日野日出志作品の中でも最恐のものの一つでしょう。あまりにも直接的で生々しすぎる感があります。子供が読んだら泣き叫ぶでしょう。



 舞台は東京郊外の田園地帯。線路脇にある花の栽培農家を営む男が主人公です。ガーデンは非常に整えられたように見えますが、男の顔はこれまでのどの作品の人物よりも歪めて描かれていて、一瞬でこの男の狂気を感じ取ることができます。花に対する男の愛情は異常なほどで、ガーデンに忍び込んで花を摘んだ子供を殺そうとしたほどです。逃げた子供は電車にはねられ死亡してしまいましたが…。



 男の見た目は歪められていますが、なんとそれなりに社会と関わりを持って生活しているようです。生け花の師匠である女性がガーデンに馴染みの客としてやって来ます。男は女性に対してお世辞などを言ったりして意外な感じを受けますが、女性が帰る左ページでは異様な緊張感がみなぎっています。踏切の警報を女性への警報にだぶらせているあたりが非常に映画風であり日野日出志的です。

 男は花の品評会で入賞するほどの美的センスと腕前を持っており、作品を求めてやってくる人々もたくさんいます。しかし彼は出展された作品を譲り渡すことはしません。それには理由がありました。

 ある日、生け花の師匠がいつものように花を買いにきたところ、ガーデンの奥にいい花があるよと声をかけます。そして男は女性の首に手をかけ絞殺してしまうのです。女性の遺体を解体し、冷蔵庫に保存します。流れ出た血をためた瓶に花の種を浸けます。しばらく断食の後、保存した女性の遺体を食して自らの栄養にし、その後の排泄物を溜めておきます。この排泄物を肥料として花を育てることで女性は花に生まれ変わり、同時に男の中でも生き続ける、というのが男の思想であり秘密なのでした。



 さらっと書いてしまいましたが、このあたりの描写は日野日出志作品の中でも最も凄惨なものであり、ここに載せるのもためらわれます。こういった直接的な残酷描写も恐ろしいですが、男が社会に交わり、人並み以上に評価され、狂気の思想を持つなりに理路整然としているのが最大の恐怖です。さらにこの独特の絵柄も印象的です。絵的な効果も十分に保ちつつ、歪んだ男=狂気、女性=美という単純化された記号となっています。

 これ以前の作品では、ある人物にふりかかった不幸な事件とか社会から外れた人物の妄想とかであり、現実世界とは異なるある種のファンタジーの雰囲気がありました。例外的には「はつかねずみ」の物理的・生理的恐怖もありましたが、本作ではその恐怖の上に圧倒的な狂気がからんでいて、最大級のトラウマ作品になっているように感じます。


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