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ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」1945年版、他

2015-09-20 21:41:03 | CD


イーゴリ・ストラヴィンスキー:
・バレエ組曲「火の鳥」1945年版
・ロシア風スケルツォ(管弦楽版)
・交響曲 変ホ長調 作品1
・ロシア民謡によるカノン

指揮:ミハイル・プレトニョフ
ロシア・ナショナル管弦楽団

ポリグラム: POCG-10043



 第2次世界大戦の影響でストラヴィンスキーは1939年にアメリカに亡命し生活費を稼いでいたと以前の記事に書きましたが、『火の鳥』も新たに編曲してアメリカでの収入にしたのでした。

 その1945年版組曲は全11曲で構成されており、オリジナル版のバレエのうち多くの部分が編曲されています。演奏時間は30分程度で、火の鳥と王女と王子がワイワイほのぼのやっているバレエ前半は、部分的に省略されているものの、ほぼ全ての曲が使われています。バレエ後半(カスチェイが目覚めるあたりから)は同じような雰囲気が続くためか、おなじみの3曲のみを採用。こういった情報からだとオリジナル版に近いものを想像するかもしれませんが、実際に聴いてみると『火の鳥』がまるで別物になったような印象!

 まず各曲のタイトルを見てみると、「パントマイム」「火の鳥とイワン王子のパ・ド・ドゥ」「スケルツォ(王女たちの踊り)」「ロンド(ホロヴォード)」など、本来バレエであったことが形式的に継承されているのみであり、筋書きをイメージできるようなものではなくなっています。オケの編成は1919年版と同様の切り詰められた2管編成で、アレンジもおおかた同じ。追加された曲では木管楽器やヴァイオリンソロに代わって弦楽器の合奏になっている部分が目立ち、ローカルな雰囲気は後退して非常に都会的でドライな聴き心地になっています。オリジナル版では3台のハープを駆使することによって舞台の雰囲気を強烈に醸していたのですが、1945年版ではハープは1台のみであまり目立たず、オケの全ての音がハッキリくっきりと演奏されることが意図されているようです。

 それが最も顕著なのが「最後の聖歌」(オリジナル版では「カスチェイの城と魔法の消滅、石にされていた騎士たちの復活、大団円」)の部分で、従来は7拍子の部分で朗々とマエストーソで演奏されていたものが小気味よいスタッカートに変更されていて、知らないで聴くと仰天してしまうでしょう。これだけでも別物感がぬぐえないに違いありません。まるで火の鳥がサイボーグにでもなってしまったかのような耳触りです。そのせいかどうかはわかりませんが、演奏機会に恵まれないバージョンになっています。それでもストラヴィンスキーの作風を考えれば当然で、ロシアのナマモノっぽさを蒸留して純粋に音の構造物を追求しようとしているのはよく理解できます。

 というわけで1945年版についてまとめると、オリジナル1910年版に迫るバラエティーと、1919年版と同様の明晰さと、1911年版に勝るとも劣らないマイナーさを兼ね備えたバージョンと言えるでしょう。



 上の動画はストラヴィンスキー自身が指揮した1945年版組曲。演奏はNHK交響楽団。とにかく淡々と指揮をしています。

 カップリングの『ロシア風スケルツォ』はもともとジャズバンドのための曲。それは以前の記事のディスクにも収録されています。『交響曲 変ホ長調』についてはこちらをどうぞ。最後の『ロシア民謡によるカノン』は『火の鳥』最終曲の旋律を使った複雑なカノン。1分程度の短い断片で旋律だけは単純ですが、カノン(「輪唱」のようなもの)の構造が複雑すぎてよくわかりません。1965年の作品で、作曲者は80歳を超えているのにこの構成力。

 アルバムの構成としてはストラヴィンスキーとロシアとの関わりがテーマになっていると思われます。演奏はロシア風味控えめであっさり系ですが、作曲者のヴィジョンが伝わる貴重な一枚。そして私は、ストラヴィンスキーが『火の鳥』でデビューを飾ってから晩年まで『火の鳥』を編曲していたことを知り、深い感銘を受けたのでした。


クラシックCD紹介のインデックス

ストラヴィンスキー:ヴァイオリンとピアノのための作品集

2015-09-13 21:22:13 | CD


イーゴリ・ストラヴィンスキー:
・ロシアの踊り
・バレエ「火の鳥」
・歌劇「鴬」
・ロシアの歌
・タンゴ(サミュエル・ドゥシュキン編曲)
・ディヴェルティメント
・パストラール
・バラード
・デュオ・コンチェルタンテ

ヴァイオリン:ジェラール・プーレ
ピアノ:ノエル・リー

ARION: ARN 68062



 ストラヴィンスキーが作曲したヴァイオリンとピアノのための曲はそれほど多くなく、このディスクの収録曲の他には『イタリア組曲』しかありません。しかも『デュオ・コンチェルタンテ』を除いて全てが過去作の編曲だったりします。『火の鳥』と『鴬』以外の原曲を挙げてみると以下のようになります。

・ロシアの踊り:ペトルーシュカ
・ロシアの歌:マヴラ
・タンゴ:同名ピアノ曲
・ディヴェルティメント:妖精の口づけ
・パストラール:同名歌曲
・バラード:妖精の口づけ

 『イタリア組曲』もバレエ音楽『プルチネルラ』の編曲です。そしていずれも近い時期に書かれています。というのも、ストラヴィンスキーは1931年にヴァイオリニストのサミュエル・ドゥシュキンと知り合って、一緒にヨーロッパ中を演奏旅行しており、その際にヴァイオリン協奏曲や多くの室内楽の作品ができたようです。このディスクでは火の鳥の3曲目以降の作品がそれに当たります。

 『火の鳥』のヴァイオリンとピアノ用組曲は3曲で構成されていますが、編曲された1929年当初は「ロンド」と「子守歌」の2曲構成で、ヴァイオリンが普通にしっとりと歌うものでした。そしてドゥシュキンの協力を得て1933年に作られた3曲目「スケルツォ」では大オーケストラのオリジナル版をヴァイオリンで再現したのかと思わせるようなきらびやかな書法となっています。また、曲の終わりには1911年版組曲での終わり方が付け足されています。



 上は「スケルツォ」の動画。この書法で「凶悪な踊り」や「終曲」などの賑やかな部分が書かれていたら是非とも聴いてみたい気がします。

 バレエ音楽『ペトルーシュカ』からは第1部のピアノが活躍する部分を編曲。原曲のピアノパートがヴァイオリンに割り当てられている部分もあって、短いながらなかなか面白い聴きもの。

 その他の作品も原曲の骨格を失っていないだけでなく、音の動きの解像度がより鮮明になったような楽しい編曲。そうなるとヴァイオリンとピアノの編成でのオリジナル曲がもっと作られても良かったと思うのですけどね。

 そしてその完全オリジナルの『デュオ・コンチェルタンテ』ですが、これがまた問題作。ヴァイオリンでしか弾けないような書法でありながら、ヴァイオリン音楽に期待されている芳醇さのようなものがほとんどありません。コンピュータ音楽のようなドライさを感じるような気もします。例えるなら、ふわふわのソフトクリームを期待していたら、パウチに入ったクーリッシュが出てきたような印象。味はアイスクリームだけどシャリシャリの食感とお手軽感に驚きがあって、「これはこれでいいな」と思わせるだけのインパクトがあります。



 上の動画はドゥシュキンのヴァイオリンとストラヴィンスキーのピアノの演奏。この曲に関してはシゲティとストラヴィンスキーの演奏のディスクも持っていますが、またいずれ。

 ドゥシュキンというパートナーを得て新境地の音楽を手に入れたストラヴィンスキーですが、ヴァイオリンとピアノの組み合わせの作品がこれ以上増えなかったのが重ね重ね残念です。

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ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」1919年版、他

2015-09-06 20:11:14 | CD


イーゴリ・ストラヴィンスキー:
・バレエ組曲「火の鳥」1919年版

ベンジャミン・ブリテン:
・鎮魂交響曲 作品20

指揮:ルドルフ・ケンペ
ドレスデン・シュターツカペレ

徳間ジャパンコミュニケーションズ: KTCC-70659



 『火の鳥』の中でもこの1919年版組曲は最も演奏頻度が高いバージョンでしょう。編成は2管の簡潔なもので、演奏時間も20分程度となっており、アマオケの演奏会プログラムにも乗りやすい構成ではないでしょうか。それだけに聴いた感じがオリジナル版とずいぶん違っています。どれくらい違うかというと、もともと極彩色のフレスコ画だったものを、黒サインペンで一筆書きにしたような印象があります。

 以前にも書いたと思いますが、この時期にストラヴィンスキーは作風を転換しつつあります。その理由として、第一次世界大戦が挙げられます。開戦によって経済的に苦しい世の中で、小編成のオケで演奏できるようにすることで収入を得ようと考えたのです。そしてこのことはストラヴィンスキーの音楽構成に対する興味を変えるものでもあり、より抽象的かつ機能的な音の構成を目指すきっかけとなったに違いありません。

 編成が小さいからといって、演奏が簡単というわけでもないようです。むしろ編成が小さい分だけ不要なものがそぎ落とされるので、ごまかしが効きません。特にストラヴィンスキーは木管楽器の使い方にこだわりがあったようで、演奏しやすいとされるこの版がアマオケのプログラムに乗るかどうかは木管楽器演奏者たちの技量次第ではないでしょうか。

 ところで、『火の鳥』最大の山場である「カスチェイら一党の凶悪な踊り」で、この1919年版組曲でかなり大胆な改変を行っています。拍子の頭の音が抜かれていて文字通り「拍子抜け」したり、トロンボーンのグリッサンドが突然に「ポエ~」とか鳴ったりします。個人的にはしばらくの間これらの改変に大きな違和感がありましたが、新たな試みだと思って聴いているうちに耳に馴染んできました。例えるならファミコン版グラディウスで山の隙間に5000点ボーナスがあるようなものですね(わからんか)。

 このディスクの演奏は非常にドライで即物的なもので、非常に軽い聴き心地。対して下の動画のオーマンディの演奏は、まるで1910年オリジナル版じゃないかというほど雰囲気満点の演奏(録音の影響かもしれませんが)。組曲後半の「カスチェイら一党の凶悪な踊り」「子守歌」「大団円」の流れ。古いけどなんか凄い演奏です。




 カップリングの『鎮魂交響曲』はイギリスの作曲家ブリテンの作品。なんでも第二次世界大戦の勃発でイギリスに帰れなくなったブリテンが生活費を稼ぐために、日本政府から皇紀2600年を祝うための委嘱を受けて作られた曲です(イベールの『祝典序曲』もそうですね)。ところが、これを受け取った日本政府は「お祝いの場だというのになぜ鎮魂なのか?」と当惑し、演奏拒否したようです。



 上の動画はこのディスクと同じ音源だと思われます。曲の構成は「第1楽章 ラクリモーザ<涙ながらの日よ>」、8:46より「第2楽章 ディエス・イレー<怒りの日>」、13:42より「第3楽章 レクイエム・エテルナ<永遠の安息をあたえたまえ>」。印象的なのは<怒りの日>で、なんとなくコラージュのようでありながら、ショスタコーヴィチを匂わせる楽想。現にブリテンとショスタコーヴィチは深い親交があったようです。皮肉の塊ショスタコにならって日本政府を皮肉ったのでしょうか。太平洋戦争開戦直前の出来事です。


 奇しくもいずれも戦争の影響を受けてできた作品とも言え、両者の簡潔で明快な書法とも相まって、独自の存在感がある一枚なのでした。


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