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日野日出志「幻色の孤島」

2011-09-30 23:13:09 | 日野日出志
 日野日出志「ホラー自選集」の第10話「幻色の孤島」ですが、これも前回の第9話「七色の毒蜘蛛」と共通する要素があります。毒々しい色のイメージを持つタイトルも似ています。両者は共に1971年の作品であり、同様の精神状態のもとで描かれたのでしょうか。



 扉のページをめくると、いきなり主人公が手紙を書いています。そこでは主人公が孤島にいることが記されています。そしてその孤島の様子が左ページに描写されていますが、この孤島は様々な気味の悪い生物達の弱肉強食の世界でした。そして主人公は記憶喪失であり、ここがどこかも自分が誰かも分からないというあんまりな状態。それにしても現実感の無い異様にマンガ的な風景ですが、これには理由があるのでした。

 そしてジャングルの奥で「どんどろ どんどろ どろろん どろろん」と不気味な音が聞こえてきたかと思ったら…。



 巨大な門、仮面をつけた遺体、人の姿と太鼓の音。何やら象徴的なものが現れてきました。ここで主人公は助けを求めて近寄りますが、言葉が通じないばかりか矢で左腕を射抜かれてしまいます。この際に日野日出志作品にしばしば出てくる「ペロペロ ナメナメ コチョバイバイ」のセリフが出てきて笑ってしまいますが。

 主人公はこの門の近くで観察を続けます。すると病人や老人たちが門の外に捨てられ、彼らを狙って周辺から奇妙な生物たちが集まってきます。そして捨てられた人々は次々と食い殺されてしまい…。



 門の向こう側の人達は太鼓を激しく叩いて興奮しているのでした。粗雑で無表情の仮面も気味が悪いですが、門の両側の巨像の顔のアップが繰り返し描かれているのが日野日出志作品的で印象深いです。

 そして矢で射抜かれた左腕が腐って落ちる頃、門の中から捨てられた一人の男と会話を交わします。彼も漂流をしてこの島にたどり着いたけれど、島の風土が体に合わず弱ってしまって捨てられたそうです。その彼は以前秘密の通路を作って門の内側に入ったとのことで、主人公は仮面をつけて中に入ってみると…。



 なんと普通?の街でした! この絵はいいですねぇ。グレーのかかった街並、隙間無く詰め込まれた図形のような建物、やけにリアルな外界側の塀と柵、どこで鳴っているかわからない「どろろん どろろん」の文字、空の巨大な胎児と目(太陽?)、主人公の異様な影。この作品はこのページのためにあると言っていいかもしれません。

 無事向こう側にたどり着いた主人公は結局人々の中で暮らすことができず、さらに体も弱ってきます。そこで冒頭にあるように手紙を紙飛行機にして飛ばし、気流からこの島の位置を特定し助けにきてもらうことを考えます。そして毎日手紙を書いては外の世界に向かって紙飛行機にして飛ばし続けているのですが…。

 ところがページをめくってみると、いままで描かれてきたのはなんだったのかという展開になり、読者は混乱します。主人公の妄想だったのでしょうか? その答えが語られることも無く、最後のページでは…。



 主人公が飛ばした紙飛行機が不気味な太鼓の音とともに読者に迫ってくるのでした。この結末は得意の読者巻き込みの変形パターンであると考えられます。

 この作品はホラーという感じはあまりありません。けれども読後感として非常にもやもやしたものが残ります。というのも、この作品が明らかに現実の世界を描いているからに他なりません。現代社会に適応しきれなかった人間の苦悩を描いているのは間違いなく、その点で前回の「七色の毒蜘蛛」と近いものがあると感じられました。自分とあなた(読者)とどちらが正常なのかという問いかけがあるように思われます。ホラー描写は控え目ですが、途中までの妙にマンガ的な描写もあいまって、社会に背を向けた人の頭の中を覗いたようなサイコスリラー的恐怖がある作品です。異色の日野日出志作品の筆頭ではないでしょうか。

 余談ですが、ひばり書房から出ている単行本「幻色の孤島」と「ぼくらの先生」は同じ内容になっています。私が作品を集めていた時に混乱してしまったのですが、なぜそうなっているのでしょう。やはり内容のインパクトでしょうか?

 

 中身は全く同じ。他に「ぼくらの先生」「おーいナマズくん」「かわいい少女」「つめたい汗」「猟人」「人魚」を収録。


日野日出志作品紹介のインデックス

日野日出志「七色の毒蜘蛛」

2011-08-14 23:48:43 | 日野日出志
 今回は日野日出志「ホラー自選集」の第9話「七色の毒蜘蛛」です。



 いきなりめずらしく弱気な日野日出志先生から始まります。1コマ目の構図と妙な生活感が見事ですね。なんでも、先生は漫画を描きながら背中がチクチクと痛むそうです。そしてそういう時はなぜか記憶の糸をたぐり寄せなければならないそうです。

 この次のページでは、その記憶の糸をたぐり寄せるための儀式のようなものが2ページにわたって描かれています。髪を結い、天井から紙をぶら下げ、日本刀を手入れし、ぶら下げた紙に日の丸を描き、掛け声とともに日の丸を横に真っ二つにします。さらにページをめくると、上下に斬られた日の丸の間から空襲を受ける夜の町の風景が現れて回想が始まります。この一連の流れにおける主人公の高揚感、背景がどんどん省略されて己の中へと潜るという表現、原色があふれるようなセリフまわし、最初の数ページだけでものすごい密度の演出がなされています。

 ちなみに日野日出志が実際に日本刀を所有しているということは誰でも知っていることですね。

 回想の中では、空襲の下を父親に連れられて防空壕へと避難する幼少の頃の主人公。そこに焼夷弾が落ちてきて、父親の背中を焼きます。火が消えた後の父親の背中には、真っ赤な蜘蛛が浮き出ていたのでした。

 戦争が終わって間もなく、進駐軍が町を支配します。主人公一家が夜歩いていると、進駐軍の兵士たちが母親を暴行しようと迫ってきます。当然一家は抵抗しますが、体格のいい兵士たちに対してなす術がありません。母親はドブ川に身を投げ、父親が助け上げた時にはすでに手遅れでした。その時に、主人公は父親の背中に二度目の蜘蛛の姿を見たのでした。しかも以前より立体的に!

 荒れた父親は兵士たちに喧嘩を売り、酒に溺れ、主人公を虐待します。そのような時には父親の背中には必ず毒蜘蛛が見えるのでした。



 この表のネオンと父親の苦しむ姿の対比もなかなか残酷です。蜘蛛の描写もリアルです。

 その後、父親は蜘蛛に支配され、あげくに雪の日にこえだめに顔を突っ込んで死んでしまいます。



 ここで回想シーンの終わり。憤怒の顔、斬られた日の丸、コマ運びの間がとても印象的です。この一閃で過去を切り捨てたかったのでしょうけれど、過去はますます鮮烈になっているようです。力の無い下のコマへの転換も映画のようです。実は主人公は風呂屋に向かっているのですが、「怪奇まんがは体力消耗するからなあ…」などとぼやきながら浴場に入った時に目にした光景は……。

 さてこの蜘蛛が何かを象徴しているのは明白で、それが不安・怒り・人間性の喪失・自己の放棄といったようなものを表していることもすぐにわかることでしょう。それがなぜ蜘蛛の形なのか。

 そのヒントは作中にありました。一つは「蜘蛛の巣」という逃れられないものの象徴。もう一つは「蜘蛛の子を散らす」という言葉からイメージされる増殖的な連鎖性です。そして日野日出志は、蔓延している現代病こそ蜘蛛であり人々を操っている正体だ、と言いたげです。あなたの背中には蜘蛛がいるでしょうか。あなたの行動はあなたの意思によるものでしょうか。あなたの生活はあなたが望んでいるものでしょうか。そんな疑問を突きつけられるような作品です。


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日野日出志「蝶の家」「白い世界」

2011-06-08 22:36:32 | 日野日出志
 今回は日野日出志「ホラー自選集」の第7話「蝶の家」と第8話「白い世界」です。

 この2作は鏡に映したような対称性があります。主人公は「少年」と「少女」、随所に現れる「能面」と「天狗の面」、家にいない父親、家の外で男と逢っている母親、白骨となる結末などたくさんあります。

 まず「蝶の家」から見ていきましょう。主人公の一男は優しい両親とともに暮らしていましたが、突然高熱に冒されて姿が醜くなり、知能も退行してしまいました。蝶を眺めたり幼虫の芋虫と遊んだりすることだけが楽しみでした。父親は船乗りで、家にいることは少なかったのですが、時々一男に海外の珍しい蝶の標本を買ってきていました。父親は一男の異変を母親の責任だと責め続けた結果、母親に表情が無くなり、態度も冷たくなっていました。ある日父親が帰って来たのですが……。



 家にはなぜかたくさんの無表情な仮面が壁にかかっており、母親の冷たさの印象が倍増しています。心を閉ざした母親の象徴として全編にわたって仮面が頻出するのですが、母親の素顔はどうかというと、父親の不在時にどうやら外で男と逢っているようです。このように一男の家庭は悲惨な状況で、読んでいるこちらもいたたまれません。

 そして再び原因不明の高熱が一男を襲います。



 この布団のくるまり方が何となくつげ義春っぽくありますが、最後のコマがキング・クリムゾンのCDジャケットみたいで笑えます(悲惨なシーンなのに)。最初のコマの情報量の多さも印象的です。

 この後、一男の身体を食い破って大量の芋虫が出てきます。その芋虫たちは寝ている母親も食い尽くし、蝶の大群となって飛んで行き、二人の白骨だけが残されて物語は終わります。

 さて一方、「白い世界」では、雪深い山間に住む少女ユキが主人公です。ユキはお婆さんと二人暮らしで、父親は蒸発してしまっています。母親は普段は街にて水商売をして稼いでおり、たまに家に帰ってきます。母親がたまたま何日か家にいると、街から母親が懇意にしている客という男がやって来て、母親と二人で出かけてしまいます。その夜、三人が囲炉裏を囲んでの会話。



 この作品では天狗の面が随所に描かれています。この天狗の面はユキの持ち物ですが、何となくセクシャルなイメージがある天狗の面をユキが無邪気に被っており、母親の業の深さにユキが全く気づいていないということが暗示されているようです。

 そして母親はユキにだまって蒸発してしまいます。そのことをお婆さんはユキにだまっていますが、そのお婆さんもついに亡くなってしまいます。そしてその夜……。



 この作品で唯一のホラー的部分ですが、ネズミの大群がユキと老婆、家をかじり尽くして全ては雪に埋もれて終わります。

 さて、両作品の主人公はどちらが幸せだったのでしょうか。一男は疎まれてはいましたが最後に母親と一緒になれたし、ユキは母親の業を最後まで知らずにすんだ、と言えます。どちらも悲惨な家庭環境ですが、最後の最後で最悪ではなかった、という点で読み手は救われるのかも知れません。それにしても同様の作品が時期的に近接して発表されており(1970および1971年)、さらに類似の作品は他にもあります。当時の作者にはこの日本で何が見えていたのでしょうか。


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日野日出志「はつかねずみ」

2011-05-18 22:59:03 | 日野日出志
 日野日出志「ホラー自選集」の第5話「はつかねずみ」です。私にとってこの作品も(いい意味で)しんどい部類に入ります。得体の知れない恐怖ではなくて、「はつかねずみ」という明確な対象がおり、読んでいると生々しい嫌悪感と怒りを抱いてしまうのです。



 作品は全編が主人公の回想からなっていてます。冒頭で主人公の少年がペットショップに立ち寄ったがために地獄の日々が始まったことが暗示されます。店ではトカゲの餌にするためのはつかねずみが飼育されていて、少年はそれらをつがいでもらってきました。

 少年と妹ははつかねずみを大変に可愛がっていました。そしてはつかねずみに子供たちが生まれたのですが、子育てにナーバスになっていたのか、はつかねずみは少年の指を噛んでしまったのでした。それに怒った少年は数日間餌を与えませんでした。すると一匹のはつかねずみが連れ合いと子供たちを食べ尽くして逃げてしまったようなのです。それと同時にペットショップも引っ越してしまいました。



 全てのはつかねずみがいなくなって落ち込んでいた兄妹を両親が元気づけているシーンですが、それにしては背景は真っ暗だし、あまりにも異様な絵柄になっています(特に最下段の3コマ)。コマの「間」が絶妙なだけに、歪んだホームドラマという印象を与えるページです。

 さて兄妹は小鳥を買ってもらうのですが、その小鳥が無惨な姿になっていました。犯人は逃げたはつかねずみです。少年が捕まえようとすると……。



 あえてショッキングなページをピックアップしますが、ここで見られる少年の顔の造形、色使い、ねずみの目つき、畳に真っ暗な背景、いずれも鬼気迫るものがあります。

 ある日、大きくなって暴れ回るはつかねずみを退治しようとお父さんが猫をもらってきました。



 はつかねずみが割とリアルに描かれているのに対し、猫の造形がひどいです。お父さんの顔のシルエットも凶悪で、一家の悪意が滲み出ているようです。ですがこれは徒労に終わるどころかはつかねずみの怒りを買い、さらに図体が巨大になってやりたい放題で、一家を支配していきます。一家は一計を案じて生け捕りに成功するのですが……。



 はつかねずみも怖いですが、この一家も相当怖いです。セリフのテンポや言い回しもいいですね。これでひと思いに処分していればそれで終わりだったのですが、一家が余裕をかましているうちに檻が壊されてしまい、報復として生まれたばかりの赤ん坊がはつかねずみに噛み殺されてしまいます。

 そして最初の見開きページと似たページが最後に再び現れます。日野日出志の作品にはこのように最初と最後が繋がっているものが多く、それによって恐怖が循環していることを暗示しています。

 もとは少年がはつかねずみを追いつめたのが悪いのですが、はつかねずみの凶暴化のエスカレートぶりがあまりにも恐ろしく、屈辱的です。そんなこともあって、この作品は読めば読むほどしんどくなります。だからこそ忘れたくても忘れられない強烈な印象のある作品なのですけど。日野日出志の他の怪奇作品とはやや異質ですが、絵柄や話の展開は相当に作り込んでいて、やっぱり日野日出志だと唸らざるを得ません。



 余談ですが、Wiiで出ているネクロネシアというゲームでは日野日出志がイメージビジュアルを担当していました。誰か持っていらっしゃるでしょうか?


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日野日出志「博士の地下室」「泥人形」

2011-04-15 23:38:52 | 日野日出志
 日野日出志「ホラー自選集」の第4話「博士の地下室」と第6話「泥人形」をまとめて紹介します。私はこの2話が苦手なんですよ。

 「博士の地下室」は日野日出志が傾倒する映画「フランケンシュタイン」の影響があるような気がします。不気味な洋館に博士夫婦、助手、召使い、家政婦の老婆が住んでいます。博士と助手は美しい動物を作ろうと、地下室で動物実験を繰り返していました。けれども失敗続きで、産まれてくる動物達は身体に障害を持っているものばかりでした。そんな動物達を処分させるために召使いが雇われていたのですが、動物達を不憫に思った召使いは自分の小屋に隠していたのでした。

 博士の夫人は妊娠しており、老婆が身の回りの世話をしています。博士の研究を知った婦人は「でも動物なんて自然のままが一番美しいものだわ」「それを人間の手でつくりかえるなんて」と言いますが、博士は聞く耳を持ちません。ところが、ある風の強い夜に召使いの小屋が吹き飛ばされて、隠されていた動物達が庭にあふれかえってしまいます。博士は自分の手で処分しようと飛び出しますが、それを不審に思った婦人が庭を見ると……。



 この動き、テンポ、構図、異様な画風に引き込まれてしまいます。そして老婆に呼ばれて婦人のもとに戻った博士が見た光景は……。

 この作品は1970年に発表されています。近年のバイオテクノロジーの発達によって生命倫理学が注目されていますが、生命を人間がいじるという根源的な不安をストレートに描いた問題作でしょう。

 「泥人形」も1970年の作品です。「怨念の漫画家が現代の悪を告発する!」と扉ページに書いてあります。こちらは公害問題についての作品で、毒の煙を出す煙突が立ち並ぶ工場地帯が舞台です。周辺に住む子供達はだれもが(先天的か後天的かわかりませんが)身体に障害を持っています。



 「泥人形」はストーリーらしいものはありません。子供達が空き地に集まり、泥をこねて巨大な人形を作ります。すると工場の煙が人形に吸い込まれていき、ついには動き出します。その泥人形に向かって子供達が恨みをぶつける、という救いの無いようなできごとです。それなのに最後のページではなぜか不思議な安堵感があります。子供達が現実と折り合いをつけながらも懸命に生きているからでしょうか。

 これら二作の共通点は「科学技術とその弊害」と言えます。だれもが科学技術に対して持っている素朴な疑問を怪奇漫画の体裁にしたものでしょう。科学技術によって身体の設計が変異させられた者達がたくさん出てくるという点が、私がこれら二作を苦手とする理由なのかも知れません。


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日野日出志「地獄の子守唄」

2011-04-03 19:28:03 | 日野日出志


これだ! これが日野日出志なのだ!

 日野日出志「ホラー自選集」の第3話は「地獄の子守唄」です。この作品は、以前に紹介した「地獄変」のパイロット版とも言うべき作品で、作者を思わせる(どころか日野日出志を名乗っている)漫画家が主人公です。



 この人物の造形に惚れ惚れします。ギャグのようなホラーのような絵柄でもって、なぜか読者に向かって語りかけてくるのが不気味です。家の二階からどこに話しかけているのを考えてしまいます。このカメラの引きも映画的です。コマをまたいで一つのセリフをしゃべっていたりもして、見事な間の表現です。よく見るとカメラの引きが加速していて、奇妙な遠近感も感じます。ドブ川や工場の煙突といったその後の日野日出志作品に多く現れる舞台設定もここで確立したのでしょう。

 この後は日野日出志の少年期の出来事が語られていきます。母親が狂人でいつも地獄の子守唄を歌っており、いつしか自分も歌うようになったこと。その母は自分を嫌っていること。父も兄も女中も自分とはあまり関わらず、常に孤独であること。その孤独の中で怪奇趣味が高じたこと。

 ある日、日野日出志は自分に特殊な能力があることに気がつきます。近所のいじめっ子三人組にいじめられた際に、その恨みを絵にしてみたところ、絵の通りにいじめっ子達が死んでしまったのです。そして自分の母親さえも地獄の絵に描いてしまうのでした。大人になった日野日出志は、金を持ち逃げした友達や、漫画のライバルや、自分の漫画をコケにした編集者を同様に殺していったのでした。

 このように恐ろしい秘密を持っていることを読者に向かって告白してきた日野日出志は、さらにこう言います。



 ここでもセリフの間と人物の動きがずらされていて、それがかえって連続性を生み出しているように感じられます。

 さてこのように日野日出志の秘密を知ってしまった人が殺されることになりました。3日後にもっとも残酷な方法で死ぬことになるそうです。このブログを読んでしまった皆さんの無事をお祈り申し上げます。



 強大なインパクトを持つ表紙。「蝶の家」「七色の毒蜘蛛」「白い世界」「博士の地下室」「泥人形」も収録。


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日野日出志「蔵六の奇病」

2011-03-28 19:35:39 | 日野日出志
 日野日出志「ホラー自選集」の第2話が、あの高名な「蔵六の奇病」です。この作品は「つめたい汗」でデビューしていた日野日出志が初めてプロ意識を持って描いた作品です。CD-ROMの解説によると、39ページの作品を1年かけて何度も描き直し、納得のいったところで雑誌に持ち込んで再デビューを果たしたとのことです。

 これは日野日出志開始とも言うべき作品です。人によってはトラウマになるでしょう。それだけに紹介するのが結構難しい作品です。というのも、主人公の蔵六の描写が凄まじいことになっているからです。そして、それがショッキングであると同時に不思議な美も持っており、将来の読者の興味をスポイルしないようにするのも悩ましいです。

 舞台は日本の昭和初期のような農村。知能の発達がやや遅れた蔵六という青年が住んでおりました。蔵六の趣味は絵を描くことですが、働きもしないで絵ばかり描いている蔵六を兄は良く思っていないようです。そしてなにやら蔵六の体中に七色の吹き出物ができました。



 このように蔵六は物を観察するという点に関しては大変な集中力と純粋さを持っているのでした。それにしてもこの絵柄や構図は民話の絵本を読んでいるようなほのぼのした趣があります。だからこそこれ以降の蔵六の姿の変わりようがトラウマ級なのですが…。

 しばらくすると蔵六の七色の吹き出物が悪化して全身を蝕み、怪物のような形相になってしまいます。それを恐れた兄は、死期の迫った動物が集まる「ねむり沼」のほとりに蔵六を隔離してしまいます。そこで蔵六はコブの塊のようになった全身を切りながら七色のウミを取り出し、それを絵の具として使って絵を描くのでした。これですよ、これが日野日出志のトラウマの原点です。ここらへんのページはさすがに凄過ぎてお見せできませんが、私の好きな一コマだけ掲載します。



 そして全身が腐り始めた蔵六の臭いが村にまで届くようになり、化け物となった蔵六を殺してしまおうと村人たちが話し合い、雪の吹雪く日に決行します。



 ここでも映画を意識したような画面構成です。村人たちが無表情な仮面をかぶっていますが、体は怪物になったが心は人間のままの蔵六に対して、体が人間のまま心が怪物になった村人たちが対照的にあらわされています。

 ねむり沼に到着した村人たちは蔵六を見つけることはできませんでしたが…。

 「蔵六の奇病」では「つめたい汗」とは違ってしんみりした読後感が残ります。なぜか途中にあったトラウマ級の描写も浄化されるような感覚があります。描写や展開速度に大きな振れ幅があって、読み始めると最後まで目が離せない作品です。それでも、私はこの作品を小学生の時分に読まなくてよかったと本気で思っていますが。



 私は残念ながらひばりヒットコミックス版を持っていないのですが、こちらは日野日出志選集の表紙。「つめたい汗」「鶴が翔んだ日」「白い世界」「山鬼ごんごろ」も収録。


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日野日出志「つめたい汗」

2011-03-23 19:59:27 | 日野日出志
 なんとかMacの古いOSを起動させることが出来ました。そしてようやく以前紹介した日野日出志「ホラー自選集」のCD-ROMを読むことが出来ました。このディスクには全部で18話収録されています。その第1話がデビュー作の「つめたい汗」です。

 この作品は16ページの短編で、しかもホラー漫画ではなく、時代劇のような舞台設定です。絵柄は一見ギャグ漫画のようで、後の日野日出志の人物造形とはやや異なりますが、シルエットを多用したり緩急のあるコマ運びだったりする表現力は既に完成しているように思われます。

 夏、暑さにイライラし始めていた浪人はそれを自覚し、落ち着くように自分に言い聞かせます。そして村の茶屋に入ってスイカを注文します。茶屋の中にはたくさんの村人がスイカを待って座っていました。浪人は外に面した暑い席に座っており、太鼓を叩いている宗教か何かの行列が進んでいくのをぼんやりと眺めています。



 このページでは話が全く進んでおらず、暑さと待ち時間の長さが強調されていて浪人のイライラを見事に表しています。まるで映画を見ているようでもあります。4コマ目に上空(太陽?)からの視点がありますが、この作品では同様の視点が多く見られます。その後の日野作品にはあまり見られない技法ですが、このあたりも映画を意識したものかもしれません。

 その後、浪人は店のおばあさんに文句を言ったり、ぶつかってスイカを台無しにした村の子供達に怒りを募らせたりしますが、涼しい席に陣取って昼寝をしている村人に怒りの矛先を向けます。浪人が村人を起こそうとしてゆすったところ、浪人は顔面に放屁を浴びてしまうのです。ここでちょっとコミカルな展開になるかと思いきや、怒りが爆発した浪人は問答の末にその村人を斬ってしまいます。それを見ていた通りすがりの武士が浪人を許すことが出来ず、二人は決闘することになります。



 ここでも暑さと間の表現が前面に出ており、暑さと冷静さが対照されています。他人事のような蝉の「ミーンミーン」の鳴き声も、逆に緊張感を高めています。

 そして武士に斬られた浪人が現実から逃避するようなセリフを吐きます。そしてこれまでの出来事が全て夏の暑さに融かされてしまったかのように、感慨のない結末を迎えます。実時間にしておよそ30分に満たないであろう出来事のお話です。

 絵柄こそ漫画的ですが、視点や間などは熟考されているという印象です。そして暑さで浪人が狂気に走るという展開は、その後の日野日出志作品の原型となったに違いありません。日野日出志ファンならぜひ読みたいデビュー作です。


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日野日出志「ホラー自選集」、なんだけど…

2011-03-01 19:32:02 | 日野日出志
 先日「地獄変」の記事を書き、その後に書籍の電子化の記事を書いたところで、「そういえば日野日出志作品のCD-ROMを昔に買った記憶がある」ということに思い当たりました。そして押し入れの中の本の山を引きずり出しかき分けて、やっとのことで見つけました!

 

ソフトバンク株式会社
マンガCD-ROM倶楽部 Vol.13 ホラー自選集 日野日出志

収録作品
第1話 つめたい汗
第2話 蔵六の奇病
第3話 地獄の子守唄
第4話 博士の地下室
第5話 はつかねずみ
第6話 泥人形
第7話 蝶の家
第8話 白い世界
第9話 七色の毒蜘蛛
第10話 幻色の孤島
第11話 赤い花
第12話 わたしの赤ちゃん
第13話 毒虫小僧
第14話 ウロコのない魚
第15話 地獄小僧
第16話 鶴が翔んだ日
第17話 地獄変
第18話 赤い蛇

 表紙の絵は「地獄変」のメインイメージ! 実は収録作品全て実家の本棚にあるのですが、これでとりあえず急いで持ってくる必要なくなった! それにしてもこいつは凄いラインナップです! 早く読むべ! ところが……


 起動しねえよ…。


 このCD-ROMの発行は1996年で、随分と古い物でした。そして我が家のインテルMacのOS Xは旧式のMac OS用アプリケーションを起動できないのでした。古いMacを引っ張り出すのは理論的に出来なくもないのですが、ただでさえ物が多い部屋では現実的ではありません。あとは旧式Macのエミュレーションでやるしかないか。古いOSのCD-ROMはあるからできるはず。

 というわけで動作までちょっと時間がかかるかもしれません。もしできても、デジタルのデータをデジタルのままで掲載するわけにはいかないでしょうけど。


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日野日出志「地獄変」

2011-02-23 21:24:13 | 日野日出志
 私が小学生の頃、本屋で漫画を立ち読みしていたら、「怪奇!地獄まんだら」というタイトルが目に入りました。そのあまりのインパクトに思わず手に取ってみると、なんとも全体的に黒くてグチャグチャした気味の悪い絵でした。それでもどうにも気になって最後まで読んでしまったのです。物悲しくも不気味な漫画で、トラウマになってしまいました。作者は日野日出志という人でした。

 高校生になり、手塚治虫の「ブラックジャック」を読んでいたら、バセドー氏病の患者に対して「日野日出志の漫画かと思った」と言っているセリフがありました。これを読んだとたんに以前のトラウマがフラッシュバックすると同時に、「また読みたい!」という強い思いも湧いてきたのです。そしてその後は日野日出志の漫画を買い漁るようになったのです。立風書房の「怪奇!地獄まんだら」も購入できました。

 これらの漫画は現在も実家の本棚に入っておりますが、去年の秋に実家に立ち寄った時に、日野日出志の漫画を一冊だけ持って帰ってきました。それが下の画像の本です。



ひばり書房
日野日出志選集 地獄の絵草紙(地獄変の巻)

収録作品
・地獄変 ある地獄絵師の告白
・狂人時代
・赤い実のなる踏切
・いまわしの顔


 日野日出志の作品の中で私が最も凄いと感じていたのが「赤い蛇」「地獄変」です。怖いとか面白いとかではなく、凄いとしか言いようがありません。最近知った話ですが、これら二作は日野日出志が漫画家人生をかけて「これらがダメだったら漫画家をやめる」というギリギリの状態で描かれた作品だったそうです。なるほど、凄いはずです。

 この本のメインとなる「地獄変」はもちろん芥川龍之介の作にインスパイアされたのでしょうが、直接の関連は無く、ある画家が様々な地獄の絵を描く背景となった出来事を語るという構成になっています。日野日出志の作品には、日野日出志本人を思わせるような主人公が出てきますが、このように私小説に見せかけた作りは、つげ義春の影響もあるような気がします。



 さて、短いプロローグの後にいきなりブッ飛んだ世界に突入で、家の前にあるギロチン刑場にまつわる地獄絵の紹介です。それにしてもこの存在感、スピード感、色彩感(黒い絵なのに)! しめ縄やカラスがシルエットとなることで、異様な空気感を強調していますが、これもよく見られる技法です。左ページの太鼓を叩く人も不気味なんだけど笑えます。

 もう最初から現実世界を全力で無視した展開ですが、その後の地獄絵では引き続き家周辺の地獄スポットや家族にまつわる地獄絵が紹介されていきます。家族については異様にリアリティのある描写もあったりするのですが、それぞれのエピソードの最後は異常な結末が待っており主人公(=作者)の正気と狂気の境界がどんどん崩れていくような感覚があります。

 そして最後の「第13の地獄絵 終末地獄変」では主人公の狂気が現実世界へ影響を及ぼすのですが、ここに至ってこれまで語ってきたことが全部虚構だったのではないかというネタばらしがあり、読者を混乱させます。その直後、狂気が肥大化した主人公が家を飛び出して見た風景がこちら。



 これまではページ全体が黒かったのですが、ここで突然白くなっています。それにしてもあまりにも美しい絵です。意図的な省略、黒いシルエットに重なる雪の白いシルエット、前の画像と比較して神々しささえ感じるギロチン台。最後のコマの目の焦点描写には震えが来るほどです。

 この後は加速度的に狂気の世界へ突入し、全ての現実世界を巻き込んで「シュバッ」と終わります。興味のある方はぜひ探して読んでみてください。もう凄いですから。この他に収録されている「狂人時代」はギャグ仕立てですが、こちらも名作です。

 次は実家から「赤い蛇」でも持ってこようかと考えているので、その時はまた紹介しましょう(もういい?)。



余談その1
 日野日出志の漫画には時々「地獄詩集」なるものから引用したとされる詩が挿入されており、この「地獄変」にもあります。その著者が「シンイェ・アンツー」とあるのですが、これは日野日出志の本名「星野安司」の中国語読みではないでしょうか?

余談その2
 現在、日野日出志は大阪芸術大学の准教授になっているようですね。

余談その3
 ネット上に「日野日出志の銅羅衛門」というドラえもんのパロディー漫画が出回っています。いかにも日野日出志っぽい出来です。


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