村山由佳/著
出版社名 文芸春秋
出版年月 2009年1月
デヴュー作の『天使の卵』しか読んだことがなかったので、著者には「純愛小説家」というイメージがありました。その著者初めての官能小説が、これ。『週刊文春』連載小説中最高の官能小説とのふれこみでしたが、果たしてその実態は……。
主人公の高遠奈津は35歳の人気脚本家。年齢、仕事こそ違いますが、埼玉の田舎で半農半脚本家生活をおくり、のちに旦那を捨てて東京ベイサイドに引っ越すところなど、離婚して鴨川でのエコ生活をやめ都心に回帰した著者の分身であることはすぐわかります。
物語は、みずから淫乱を自認する奈津が、セックスに淡白な夫に耐えられず、業界の男たちととっかえひっかえ、やりまくるというただそれだけのお話し。そんな自分を「恋愛体質」と美化する奈津も奈津ですが、ヒモみたいになりさがっている夫もだらしない。
問題などは、本書の大半を占める奈津と男たちの濃厚なセックス描写。例えば、同じ女性作家で、官能小説も多く上梓している小池真理子のセックス描写と比べてみると、どうしても「つくりもの感」が目に付いてしまいます。小池のそれがけっしてエロっぽさを強調したものではないけれど、「ああ、こういう感じってあるんだろうな」と、自然に思わせてくれるのに対し、本書のそれは、セックスについて著者が知っている単語、聞いたことのある状況をうまくつなぎ合わせただけのような感じがしてしまいます。海千山千の小池と官能小説デヴューの著者とを比べてしまうことはちょっとかわいそうな気もしますが、頭のいい人が、情報だけで構成した再現ドラマのように思えてなりません。
そんなわけで、ぼくが一番よかったと思う場面は、これでもかのセックス描写ではなく、セックス後に夫が奈津に対して言うこの言葉。
「お前も、あれだよね。やっぱ昔より、ゆるくなったよね」
セックス後に男性がへこむ言葉の代表が、「あなたって、はやいわね」ならば、これはベッドで女性に対して言ってはいけない言葉のベストなのでしょうね。でも、行為の後に、明るく「これからは俺のこと、早射ちマック、って呼んでくれよ」「じゃあ、私のことは、ヒコニャン(注・ゆるキャラの代表キャラ)と呼んでね」などと笑って言い合えるカップルって、いいですよね。
(終わり)
天馬トビオ
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