相模原市南区区民会議の会長を5期10年やったが、今日が最終回だった。
相模原市のルールでは、附属機関の委員は、原則10年である。原則なので、例外もあるが、原則通り、10年を区切りに終わることになった。役所内部の議論は、だいたい分かるので、多少の議論があったと思うが、ここは原則通り、行こうとなったのだろう。
私とすると、少しさびしい気がするが、そういうことなのだろうから、サバサバもしている。
この日が、5期の最後なので、みんなに一言、話をしてもらった。そのなかで、何人もの人が言っていたが、これまで「3密」を目指してやってきたまちづくりが、コロナ禍で、否定されて、今後、どのような関係を作っていくのが、みんなの悩みのようだった。
人は、向かい合ってなんぼなので、リモートでは、すべて代替するのは無理である。もし、来期も継続したら、おそらくwithコロナ時代の新しいつながりについて、模索し、区民会議で実践していたと思う。
この日は、区民会議に若プロから選ばれている大坂と、お昼を食べ、倉式でコーヒーを飲んだ。大坂は、みんなに心配をかけたが、8月から、新しい職場が決まり、まちづくりは、これが最後になる。思えば、1年のときから、あちこちに一緒に行った。「4年間ずっとありがとうございました。ずっと楽しかったです」と殊勝な事を言っていたが、たしかも、私も面白かった。
みんな、新しい出発となった。
相模原市のルールでは、附属機関の委員は、原則10年である。原則なので、例外もあるが、原則通り、10年を区切りに終わることになった。役所内部の議論は、だいたい分かるので、多少の議論があったと思うが、ここは原則通り、行こうとなったのだろう。
私とすると、少しさびしい気がするが、そういうことなのだろうから、サバサバもしている。
この日が、5期の最後なので、みんなに一言、話をしてもらった。そのなかで、何人もの人が言っていたが、これまで「3密」を目指してやってきたまちづくりが、コロナ禍で、否定されて、今後、どのような関係を作っていくのが、みんなの悩みのようだった。
人は、向かい合ってなんぼなので、リモートでは、すべて代替するのは無理である。もし、来期も継続したら、おそらくwithコロナ時代の新しいつながりについて、模索し、区民会議で実践していたと思う。
この日は、区民会議に若プロから選ばれている大坂と、お昼を食べ、倉式でコーヒーを飲んだ。大坂は、みんなに心配をかけたが、8月から、新しい職場が決まり、まちづくりは、これが最後になる。思えば、1年のときから、あちこちに一緒に行った。「4年間ずっとありがとうございました。ずっと楽しかったです」と殊勝な事を言っていたが、たしかも、私も面白かった。
みんな、新しい出発となった。