![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/6b/c67d0968313cf529e43a1b426e407d58.jpg)
話が一気に飛び、違憲審査基準を具体例に応用して、試してみよう(やや専門的です)。
素材は、東京都の受動喫煙防止条例である。
東京都の条例案は、この時点で、国が国会で審議している健康増進法よりも厳しい内容となっている。禁煙の対象の主な違いは、次の通りになっている。
(1)幼稚園、保育所、小中高などの教育施設
国: 敷地内禁煙(屋外喫煙所の設置は可)
東京都:敷地内禁煙(屋外喫煙所の設置も基本的に不可)
(2)飲食店
国:客席面積が100平方メートル以下で、個人や中小企業(資本金5000万円以下)は禁煙の対象外
東京都:従業員のいない店は、禁煙か喫煙を選択することができる。
自治体職員として、どのように考えるかである。法律と条例の問題もあるが、ここでは憲法と条例の問題を考える。
1,まず、どのような憲法上の権利が問題になっているか
規制に反対する側では、喫煙の自由、営業の自由等が考えられる。他方、規制容認側では、嫌煙権がある。それぞれ、権利ごとに、当てはめていくが、ここでは、喫煙の自由からか考えてみよう。
すると、まず最初は、喫煙の自由は、憲法上の自由なのかである。
在監者の喫煙に関し、判例があり、最高裁昭和54 年 9月61日大法廷判決(民集42 巻01 号 0411頁,判例時報506 号55貢) は,「喫煙の自由は,憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれ」るとし、喫煙の自由を憲法上の権利として認めるかのように述べている。
この判例に対しては、その仮定的な言い回し等から、憲法上の権利 として位置づけることに対 して否定的な学説もある。
ポイントは、新しい人権に対する一般論に戻るが、憲法13条の幸福追求権について、通説は、人格的利益説で、これならば限定的であるが、一般的自由説と考えると、あらゆる生活領域に関する行為の自由が憲法13条により保障されていると考えることから、喫煙の自由は、憲法上の権利ということになる(一般自由説は妥当ではない)。
2.つぎに、利益の侵害の程度であるが、
条例では、小規模の企業も全面禁煙で規制が強力であり、制限の態様も直截的で、事前規制となっている。喫煙者にとっては、厳しい利益侵害と言える。
3.審査基準の当てはめ(正当化)については、
(ア)通説の二重の基準論では、精神的自由と経済的自由に分けるが、これは喫煙者にとっては、精神的自由に含まれる。ここから考え方が分かれるが、
・基本的人権のコアをなす精神的自由(思想・良心・信教・表現などの自由),民主的政治過程(知る権利,集会・結社・言論・出版の自由,平等な選挙権)は、「厳格な審査基準」が、適用される。
・これら権利の前提となるような尊重に値する権利の場合は、「中間審査基準」が適用される。
・それ以外ならば、経済的自由権の制約と同じ、「合理性の基準」が適用される。
(イ)それぞれの内容は、ここでは省略するが、中間審査基準が適用されると、
「LRAの基準」(立法目的が重要で、その目的達成のためにより制限的でない他の選びうる手段がない場合にのみ合憲とする基準)か、「厳格な合理性基準」(立法目的が正当であり、達成手段が目的との合理的関連性を有していれば足りるとする基準である。規制が合理的であるかにつき立法事実に立ち入って判断する)
・一般には、精神的自由については、LRAを適用するとされるので、この立場からは、違憲性が推定され、したがって、役所側が「その目的達成のためにより制限的でない他の選びうる手段がない」と立証することになるが、それは難しいだろう。
・精神的自由についても、厳格な合理性基準の適用があるという説もあり、こちらを適用すると、今度は合憲性が推定されるから、立証責任は、喫煙者になって、規制が非合理であることを具体的に説明することになる。
(ウ)喫煙の自由が、中間審査基準レベルの「権利」とまでは言えないとすると、合理性に基準が適用される。
合理性の基準の場合は、立法目的とその達成手段が合理的に関連していればよい。不合理である場合に違憲とする基準である。合理的関連性とは、説明原理としての論理的な関連性という意味であって、立法事実をあげつらう必要はないとされている。この立場にたてば、役所側の説明は、比較的容易になる。
4.これまで見たように、私の問題意識は、従来の二重の基準論の画一性というか、融通のなさである。それ以前の比較考量論が、あまりに裁判官の恣意性が入り込むので、枠に当てはめようとした意図はよく理解できるが、実質的妥当性に歪みが出てしまうように思う。
5.そこで魅力的なのが、ドイツ法から学んだ三段階審査論である。二重の基準論との違いは、
・権利の性質による区分けをしない。経済的自由にも、厳しい基準が適用されることもある。
・ようするに、比較原則を算用するので、実質的妥当性が図れる。
この立場では、正当性の評価にあたっては、
・規制の目的が正当なものかどうか(目的審査)、
・規制手段が目的に照らして正当といえるか(手段審査)
の2つによって構成される。
この手段審査は、比例原則を用いてなされるが、具体的には、
・手段が目的達成のために有用か(適合性・合理性)
・手段が目的達成のために必要か(必要性)
・手段により得られる利益は手段によって失われる利益を上回っているか(比例原則)
によってなされる。
比例原則を用いる場合の審査密度は、どの程度重要な権利が侵害されているのか、どの程度制約が厳しいものかによって変化する。
そして、自治体の憲法審査としては、二重の基準論と三段階審査論の両方をチェックする必要がある。ちなみに、多くの最高裁判例は、合理的関連性を抽象的に考えて、国法サイドに立った一刀両断になっている。この立場では一気に気が楽になるが、最後の砦なので、その前に、きちんと勝負しなければならない。