いい日旅立ち

日常のふとした気づき、温かいエピソードの紹介に努めます。

わが憧れのヒーロー~山本五十六~

2019-04-27 16:45:51 | 人生



わが憧れのヒーロー山本五十六。

わたしは、非戦論者である。
だから、本来は、海軍の元帥であった山本五十六を尊敬してはいけないのかも知れない。
しかし、たまらなく憧れる。
戦前、戦中の人だから、軍人として大成した。
大将より偉い、元帥だった。
つまり、
天皇陛下の次に偉かった。
けれど、
だから尊敬するのではない。
彼が、ビジネスマンであろうと宗教家だろうとかまわない。

尊敬する理由。

①生涯学んだ。
②生涯純愛を貫いた。

①について。
戦前、飛行機の存在はまだ重視されず
むしろ、厄介者とみられていた。
山本五十六は、早くから飛行機の重要性を説いた。
しかし、パイロットとして養成されたのではない。
ところが、空軍の重職に就くや否や、
大改革を行って、
優れた飛行士を育てた。
それだけなら、
まあ、当たり前のことだ。
ところが彼は、
正式の訓練を受けないまま、
部下のパイロットから学び、
自ら猛勉強して、
壮年にして飛行機を操縦できるようになった。
飛行隊を率いて、皇居上空を飛んだ。
今のパイロットが知ったら、
腰を抜かすだろう。
そこが、好きだ。

②について。
不倫したわけではない。
しかし、
プラトニックな愛を死ぬまで貫いた。
このことは、詳しく書くと誤解を招くので、
これだけ、
書いておく。

山本五十六の特技は、
橋の欄干を片手で逆立ちして渡ること。

体の特徴。
小柄で、
指は8本しかない。
下半身に爆弾でできた200の傷をもっていた。
いずれも、日露戦争の時、受けた傷のためである。

山本五十六は、偉い。










開高健の人生相談㉕~モテ方~ ただし、昭和の話です

2019-04-27 11:49:13 | 人生

(問)

私はもう30歳になる男ですが、
まだ独身。
今は恋人もいません。容姿は人並みなのに、
どうしてもモテません。
それはマジメすぎるのと
自意識過剰で、プライドが高いためかもしれません。
しかし、まわりを見ると、女の子と見ればオセジたらたらで
寄っていくような男が多く、
そういう男の方がモテるものです。
ハッとするような可愛い女の子が、
実に下らないチンピラ男に
寄り添っているのを見るのはよくあることです。
女の子というものは男を見る目がなく、
男はいい女をつかまえるためには、
プライドをかなぐり捨ててセマらなければならないのでしょうか。

(答え)

その通り。1に押し、2に押し、3に押し。
容貌などは最後である。
この鉄則は洋の東西を問わない。
男と女の在り方は、普遍なんだナ。
だから、たとえばアマゾン流域でも、
女にモテる男は1、マメ、2、クロ、3、アンタといって
あのようなトコロでも、マメに押して、押して、押しまくることが絶対なんだ。
ちなみに、クロ顔の皮膚の色のこと、よく日焼けしていること。
アンタというのは獏のことで、
この獣が巨大なモノ持ちであるところから男の持ち物の立派さを言う。(注 あり)
……

(注)
この話を読んで、眉をひそめた方があったら、
お許し頂きたい。
開高健は、主として昭和に活躍した人である。
今は、
こんなことしたら、
ストーカーで訴えられる。
まずは、
仕事なり趣味なり芸術なりで、
道を極めようとがんばること。
その過程で、
あなたの願いは叶えられるだろう。
道を極めることが第一。

開高健の人生相談㉕~モテ方~

2019-04-27 11:49:13 | 人生


(問)

私はもう30歳になる男ですが、
まだ独身。
今は恋人もいません。容姿は人並みなのに、
どうしてもモテません。
それはマジメすぎるのと
自意識過剰で、プライドが高いためかもしれません。
しかし、まわりを見ると、女の子と見ればオセジたらたらで
寄っていくような男が多く、
そういう男の方がモテるものです。
ハッとするような可愛い女の子が、
実に下らないチンピラ男に
寄り添っているのを見るのはよくあることです。
女の子というものは男を見る目がなく、
男はいい女をつかまえるためには、
プライドをかなぐり捨ててセマらなければならないのでしょうか。

(答え)

その通り。1に押し、2に押し、3に押し。
容貌などは最後である。
子の鉄則は洋の東西を問わない。
男と女の在り方は、普遍なんだナ。
だから、たとえばアマゾン流域でも、
女にモテる男は1、マメ、2、クロ、3、アンタといって
あのようなトコロでも、マメに押して、押して、押しまくることが絶対なんだ。
ちなみに、クロは顔の皮膚の色のこと、よく日焼けしていること。
アンタというのは獏のことで、
この獣が巨大なモノ持ちであるところから男の持ち物の立派さを言う。

永田和宏の秀歌①~いまごろになって~

2019-04-27 10:46:42 | 短歌


永田和宏と河野裕子は、
花壇でも有名なおしどり夫婦だった。
その結婚生活は40年に及ぶ。

2人は、京大短歌界で出会った。

そののち、めでたくゴールインする。

しかし、河野裕子は、54歳で乳がんを宣告され、
手術を受ける。
これは成功したが、
乳がんは、再発したら、
余命を宣告されるようなものだ。
10年後、河野裕子は、逝く。

60歳前後の永田和宏に次の歌がある。

その頃、永田は、河野に自分の歌をほめてもらうのが
よい歌をつくる力になっていたことに気づく。
……

きみが褒めくるるがわれの力だったと気づくいまごろになって

河野裕子の優れた短歌①~余命僅か、乳癌再発~

2019-04-27 10:06:02 | 思い出の詩

高名な歌人、河野裕子は、

54歳の時乳癌を発し、
64歳で亡くなった。
62歳で乳がん再発。
乳癌の場合、再発は、余命を告げられることを意味する。
闘病の歌も、多く残した。

体の自由が利かなくなり、
娘は息子に世話を受ける。

そうしたなかで、
詠われた歌を、
挙げてみる。

……

われを治す抗癌剤はもうあらずヒアフギ水仙また入院す

もう1度の生はあらねば託しおくことばはこの娘に 口述筆記続く

歌はしかし口述筆記ではできぬもの体力が欲し机に向かえる二十分の

やせ果ててわたしは死んでゆくならむあなたを子らを抱きしめし身は