◯
ただ1人、港に残ったコック姿の男。
彼は名前をヴォルフガング・ルイーヌと云い、まだ14歳の少年だが、立派な探偵だ。
イギリスで、いくつも難事件を解決している。給食費泥棒にクラスで飼っているウサギ誘拐事件、さらには政治献金がからんだ政治秘書の殺人事件まで。
それでいて、日本の少年探偵と違って、決して偉ぶることはない。他の同年代の少年と変わらず、無邪気で勉強が苦手でサッカーを愛する。
ルイーヌはどういうわけか遠く離れた日本の住宅街の公園と県境の事務所で発見されたふたつの変死体に興味を持った。
日本人でさえ、そんなことすっかり忘れているのに。
彼はそのふたつの変死体のことを四六時中考えていた。朝から晩まで。
「ああ、今ごろあのふたつの変死体はどうしているんだろう……?」
そうつぶやいては溜め息をつく。
そんなときにイギリス中の探偵が日本へ行くと聞き、チャンスとばかりに得意の変装でコックになりすまし、探偵軍団の乗る客船に潜入、晴れて日本へやってくることができた。
ああ、一刻も早く、あのふたつの変死体に会いたい!
しかし、陽は暮れかかり、それに変死体に会う具体的な方法はわからない。
とりあえず行動は明日から、彼は港近くの観光案内所に紹介された海辺の民宿に向かった。
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その夜、布団のなかで打ち寄せる波の音に聞き入っていると、ふいにフィッシュ・アンド・チップスが恋しくなる。
小さいころから慣れ親しんだ、あのぎとぎととした油っこさが懐かしくてたまらない。
「ああ、今ごろフィッシュ・アンド・チップスはどうしているんだろう……?」
ヴォルフガング・ルイーヌは、早速ホームシックに陥っていた。
つづく
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