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◯
冷たく静かな海面を割って一隻の大型客船が、那珂湊に入港する。
乗客がぞろぞろと湿ったコンクリートの岸壁に降りてくる。
その数およそ1500、そのすべてがイギリス人で、しかも探偵だ。
いま、世界の探偵界で日本は勢力を強めていた。日本には幼児から老人までさまざまな名探偵がいる。本業ではない素人までか探偵をする。しかもみな、神様でも解けるかどうかわからないような難事件を次々と解決する。鮮やかに、そしてドラマチックに。
名実ともに世界一の探偵国家、探偵王国となろうとしていた。
一方イギリスはどうか。シャーロック・ホームズ以後、実力のある者もいたが、世界に名を馳せるような名探偵は現れていない。探偵の数もめっきり減り、能力も落ちた。
かつての隆盛は遠い日の夢のよう。いまではすっかり零落してしまっていた。
しかし、数は減ったが探偵が絶滅したわけではないし、実力のある者もいる。そして彼らには探偵の本場としての意地とプライドがある。
日本の田舎探偵なんかに負けてたまるか、こうなりゃ大勢で乗り込んでいって日本のひ弱な探偵なんか全員ぶっ潰してやろう……
--1500人ものイギリス人探偵が日本にやってきたのは、そういうわけであった。
◯
日本に着くとすぐ、イギリス人探偵1500人のうち1093人は東北から九州まで新幹線で行ったり来たりしはじめ、302人はマンホールのデザインに魅了され路面ばかり気にしてうつむき加減に歩くようになり、70人は日本製の多機能ピーラーを求めて合羽橋へ、34人は港近くの夜の街へ消えた。
みな、日本に着いたとたん、意地もプライドもどうでもよくなってしまった。探偵という仕事さえも。
いまこの瞬間が楽しければいい。そんな考えになってしまった。
◯
そして船着場には、コックの恰好をした男が1人ぽつんと残る。
もちろん彼も探偵で、そして、あの世間から忘れ去られた住宅街と事務所の変死体に興味を持つ、世界でただ1人の人間なのだった。
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つづく
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