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ある県議会議員の弟が経営する工務店の地下室で、大食い大会が行われている。
町おこしのために地元のパン屋がつくった〔なまずバーガー〕を、参加者たちが次々と口に放り込んでゆく。
観客はみな、金持ちで、暇を持て余した近所の奥様連中で、毎月会費10万円を払って、月2回、第2第4月曜の昼に開かれるこの大食い大会を観戦する。ほとんどが家族に内緒にしている。
今日もそんな奥様連中で会場内はいっぱいにな . . . 本文を読む
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県境の事務所の変死体は語る。人工芝について、とうとうと。
彼曰く、人工芝業界は現在発展途上で、いまが参入の絶好のチャンスであるらしい。さらに自分の考えた商法ならば、絶対に商売は上手くゆき、もうかる。
住宅街の公園の変死体は、一応真面目な表情で事務所の変死体の話を聞いている。
「だからね、手伝って欲しいんだよ」
なんとなく想像はついていた。こんなことではないかと。
公園の変死体は少しだけ考え . . . 本文を読む
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病院を抜け出したふたつの変死体は、住宅街の変死体が生前行きつけだったバーへ。
バーと云っても大人びた堅苦しさのない、居酒屋のように気楽な店で、店長こだわりのタレがかかった〔かつおのたたき〕が看板メニューだ。
店に入るや、女性店員が住宅街の変死体に気づき、
「あーっ‼︎」
と声をあげる。驚きと喜びが混ざった表情で。
「死んだって聞いたから、心配してたんだよ! 大丈 . . . 本文を読む
肋骨大学附属病院の解剖室の前の廊下に、司法解剖待ちの死体が列をつくっている。
そのなかに、住宅街にある公園の死体と、県境にある事務所の死体の姿がある。
公園の死体が列の自分の前後を見て、
「ああ、こんなに並んでますよ、みんな死んでるんですよね。いやー、ほんとみんな大変だな」
などと、なにもかもわかったような口をたたく。心の込もっていない声と口調で。
それをまったく聞いていなかった事務所の死体 . . . 本文を読む
戦後すぐに撮影された、この街の写真を見る。
板塀に挟まれた、当然舗装されていない埃っぽい道を着物に山高帽の男性が歩いている。
家を出ると、霧がひどい。
踏切を渡ろうとするが、電車がひっきりなしに行き来して、なかなか開かない。
あきらめて、線路沿いの道を歩く。ランドセルを背負った半ズボンの男の子2人とすれ違う。
自転車屋さんの前を通りすぎ、細い川にかかる橋を渡る。橋の上には軽トラックが停ま . . . 本文を読む
つまらない人間とは……?
誰からも愛される人間とは……?
つまらない人間は、なにをしてもダメなのだろうか……なにもかも、どうしようもないのだろうか……
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近所の寺の坊主が、原付バイクで疾走する。戒名料のことを考えながら。
集落内をひと回り。途中、出くわす人々が親しげに声をかける。
坊主は云う。
「答えは明白。
まわりの人間が悪いんじゃない。
お前自身に問題があるのだよ」
そん . . . 本文を読む
駅から徒歩10分。パチンコ屋の駐車場の片隅にひっそりとあるうどん屋〔くるぶし〕。
ヴォルフガング・ルイーヌは、そこで晩ご飯を食べることにする。
一番人気は『南米うどん』(720円)。
120年程前にエクアドルのグアヤキルにある大衆食堂で生まれ、すぐに南米中に広まった、と店主は云う。
店主は、10年前に南米に渡り(自分探しの旅的なもの)、この『南米うどん』に出合った。そしてその店に弟子入りし、5年 . . . 本文を読む
ヴォルフガング・ルイーヌは考える。
あの、ふたつの変死体について。
世の中の誰にも関心を持たれず、警察さえも何も動こうとはしない、あのふたつの変死体--
近所の住人も職場の人間も、おそらく変死体の家族もなんとも思っていない。驚きも悲しみもしない。誰もかも何もかも普段通り。
どんなに誰からも愛されず、誰もかも好かれていない人間が死んでも、こんなことはないと思う。
本当にみんな、あの変死体 . . . 本文を読む
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翌朝。
フィッシュ・アンド・チップスへの思いは一夜明けても消えることはなく、しかし、この日本の田舎町でそれを手に入れるのは容易なことではない。
コンビニのフィッシュバーガーとフライドポテトを食べてみるが、やはり、フィッシュ・アンド・チップスとは別物、気持ちは満たされない。しかし、いまは我慢するしかないのだ。
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変死体に会う方法は未だ思いつかず、とりあえず、それが発見された現場に行って . . . 本文を読む
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ただ1人、港に残ったコック姿の男。
彼は名前をヴォルフガング・ルイーヌと云い、まだ14歳の少年だが、立派な探偵だ。
イギリスで、いくつも難事件を解決している。給食費泥棒にクラスで飼っているウサギ誘拐事件、さらには政治献金がからんだ政治秘書の殺人事件まで。
それでいて、日本の少年探偵と違って、決して偉ぶることはない。他の同年代の少年と変わらず、無邪気で勉強が苦手でサッカーを愛する。
ルイー . . . 本文を読む