めざめていても夢はみる

ぼくはいつまでもさまよいつづける、
夜が明けても醒めない夢のなかを…

連載『夢からさめる』第9話

2015-01-22 20:12:02 | 連載駄文
駅から徒歩10分。パチンコ屋の駐車場の片隅にひっそりとあるうどん屋〔くるぶし〕。
ヴォルフガング・ルイーヌは、そこで晩ご飯を食べることにする。

一番人気は『南米うどん』(720円)。
120年程前にエクアドルのグアヤキルにある大衆食堂で生まれ、すぐに南米中に広まった、と店主は云う。
店主は、10年前に南米に渡り(自分探しの旅的なもの)、この『南米うどん』に出合った。そしてその店に弟子入りし、5年間修行したと云う。
発祥はエクアドルだが、うどん粉はボリビア産、つゆに使う醤油はパラグアイ産でなくては、『南米うどん』を名乗ってはいけないらしい。みりんはできればガイアナ産のものがいいが、日本のものでもかまわない。
店主が勧めるので、頼んでみるが、出てきたものはどう見てもスーラータンメン。味もやはりスーラータンメン。
けれども、まずいわけではない。箸は進む。
9割食べたところで、特製の味噌が出てくる。これを入れると、味がガラッと変わると云う。一杯で2度楽しめると云う訳だ。
云われた通り、味噌を投入して、一口。残り少なくぬるくなっていた麺とつゆが、味噌のせいでさらにぬるくなり、味もただ味噌を食べている感じ。
すると、皿に残った味噌が云う。
「名物なんて、そんなもんさ」
どんぶりの底に残った麺も同調して、
「だね」
テーブルの隅の醤油さしがつづけて云う。
「明日は散髪屋に行こう」


駅に向かう途中、ルイーヌの前に立ちふさがる人影。
エアーポットを大事そうに抱えた虚無僧だった。



呆然とするルイーヌ。
虚無僧は何も云わず、ポットの上部のボタンを押す。なかはカラらしく、ボフボフと間抜けな音がする。
虚無僧はまるで赤ちゃんの言葉を聞くように、ポットの口に耳を傾ける。
「そう……あー、そうなの……」
などと、あいづちを打ったりして。

「ボフ、ボフボフボフ、ボフボフ、ボフ……」
「うん、うんうん……そう、そうなのね……」
「ボフボフ、ボフボフボフボフ……」
「うん、うん、そうだね、今夜はフィッシュ・アンド・チップスにしようね」

ルイーヌはハッとなる。
「フィッシュ・アンド・チップス!?」

「ボフボフ、ボフボフ」
「そうだね、魚はコダラね、ラードで揚げてね……」



ルイーヌの頭のなかをフィッシュ・アンド・チップスが支配する。
揚げたての油がぎとぎとの魚と芋のフライが。

「ボフボフ、ボフボフ……」
「……うん、うん、そうねえ……
大学病院の1階にあるとんかつ屋のね……」

ルイーヌは走り出す。
本能的に。
フィッシュ・アンド・チップス目掛けて!


つづく






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