家政婦の高間は名を陽子といった。夫を早く亡くし一人息子を育てるために家政婦になったと自己紹介した。
家に居着いて仕舞えば、葵の少しの変化でも見逃さずに済む。瑠美とのことは、きっかけを潰したくらいで過去を変えることはできない気がする。それに消えた私の夫のアオイは何処にいるのか。私がこの時代に来たのは彼を追いかけてきたのだ。これは勘だが、この時代に彼は必ず居る。
「この写真なんか、真剣に何かを考えてる。でも、こういう顔はあまりしなかったんですよ。いつも、ニコニコして。」
「陽子」。。。「陽(あかり)」葵は縁があるのかもと思った。父親からは、仕事ぶりが気に入らなかったら直ぐに他の家政婦さんに替えてもらうことができるからと聞いていたので、差し当たって様子を見てみようと思った。
高間さんが仕事で葵のマンションに入るのは葵の仕事中。顔を合わせることは殆どない。合鍵を預けた。
高間さんが仕事に入った初日、家に帰って驚いた。部屋はゴミ屋敷寸前だったのが綺麗に片付き、テーブルの上には夕食の準備がしてあって、冷蔵庫には作り置きのお惣菜が2日分入っていた。洋服だけではなく寝具も綺麗に洗濯され、ベッドメイキングはホテル並みの技術だった。
彼女が作った夕食。初めての食事は和食だった。温めて食べた瞬間、あかりの料理を思い出した。
僕たちは、外でデートもしたことがない。僕の学業が優先で、あかりはいつもご飯を作ってくれた。2人でそれを食べながら話をして、イチャついて。。。それだけだった。僕は東京、彼女は埼玉。月に多くて2回しか会えなかった。夏には夏の冬には冬の僕のセーターを編むのが楽しみだといっていた。あっている時も側にいて編み物をしていることも多かった。
高間陽子は、あかりだった。
哲也が来ていた日。外から神力で2人の話を聞いていた。
あかりは文字がほとんど読めない。書くこともできない。でも、家事はプロ並みだった。
子供の頃から壊滅的に勉強ができなかった自分を「完璧な主婦」にしつけたのは母の穂月だ。その足で家政婦協会に行って登録した。履歴書はお金を払って業者に書いてもらった。身分証明書など必要な書類は偽造した。
あかりは、識字障害だった。当時は、あまり世間に知られていなかった。高天原にいるときは下官に文書を読ませ口述者に文章を書かせていた。全ての仕事の計画、立案、判断は自分がしていた。頭そのものは優秀で、一度聞いたことは忘れない。論理的に物事を組み立てることに長けていた。
週に3日、家政婦の仕事をし、後はずっと変化を解き姿を消して葵のマンションに居着いた。
あかりは見ていた。子供のような顔をしてご飯を食べる若き日の葵を。
家に居着いて仕舞えば、葵の少しの変化でも見逃さずに済む。瑠美とのことは、きっかけを潰したくらいで過去を変えることはできない気がする。それに消えた私の夫のアオイは何処にいるのか。私がこの時代に来たのは彼を追いかけてきたのだ。これは勘だが、この時代に彼は必ず居る。
1ヶ月ほどして、家政婦協会の事務所長から「雇い主の早川様から話がしたいので日曜日にお伺いするように」と伝えられた。
日曜日、葵のマンションを尋ねると哲也と葵が待っていた。
葵が私にお礼を言う。「食事が美味しいです。僕の好きなものばかりで感激ですよぅ。作り置きも多く作ってくれるから、僕、弁当箱に詰めてお昼もお弁当なんです。」
あかりは、葵が結構な食いしん坊で外食嫌いで好きなものも嫌いなものも知ってるから可笑しくなってしまった。
哲也は、じっと高間の顔を見て「ずっと息子をお願いしますね」と言った。
言葉が出るまで微妙な間が空いたので、あかりは哲也(セキ)に正体がバレたかと思った。後、数ヶ月で哲也という人間は死ぬ。エリは興味が無さそうにそっぽを向いている。
高間は言った。
「恐縮いたします。これからも日々のサポートをさせていただけると幸いです。他にもご要望があるようなら仰ってください。一つお尋ねしてもいいですか?」
「なんでしょうか?」と葵がニコニコしながら言った。
「全部のお部屋に恐らく同じ方だと思うのですけれど、外国の方のお写真が飾ってありますよね。あの方は芸能人ですか?私は殆どテレビも見ないもので。。。」
葵はにっこり笑って「あの子は昔付き合っていたガールフレンドです。振られちゃったんです。なんとなく当時のままにしてあります。あの子はハーフの日本人です。」
あかりは、とても嬉しかった。昔、アオイが言っていた。
「瑠美を部屋に入れたことはないよ。だって、君の写真だらけだったから。」私の夫アオイは嘘をつかない。
「この写真なんか、真剣に何かを考えてる。でも、こういう顔はあまりしなかったんですよ。いつも、ニコニコして。」
「何を考えていたのかな。。。」葵はそういうとリビングの写真をじっと見つめていた。
あかりは、この人は人間ではないのだと改めて思った。私と同じ「在る者。永遠に存在する者」。それも赤男。一度愛した女を忘れることはできない。知ってはいても私は猜疑心から逃れられない。だから、瑠美との過去を潰すこと決めた。それが愛ではないとは分かっていても。
我らに「不実の愛」は無い。「情」という関係も無い。
心が離れたら、高天原では別れの選択肢しかない。赤界の赤男に待っているのは無に返ることのみ。
6に続く。。。