どシリアスなマヌケの日常

毎日毎日、ストーリー漫画を描き、残りは妄想.,いや構想の日々の日記。

「望郷」9 ストーカー

2022-09-21 08:47:00 | 日記
瑠美と葵が、あのバーの日から初めて会う日が来た。
葵は、いつもより少しオシャレでカジュアルな服装をしていた。普段はスーツも着ることがないのでポロシャツに適当なズボンを履いている。精神科医は普段着に白衣を着れば「お医者さん」になってしまう。流石にジーパンはないが。

昼、少し前に瑠美と最寄り駅で待ち合わせ、そのまま2人は普通のレストランでランチをした。
あかりは、変化して高天原の女官の顔貌になり、2人の近くの席で話を盗み聞きしていた。最初、瑠美は葵にお悔やみを言い、葬儀に参列できなかったことを詫びていた。
「大学の友達には父のことは言わなかったから。。。僕の知り合いは医師会から話が伝わった人だけが弔問に来てくれただけだから気にしないでいいよ。」と言った。

食事をしながら瑠美や他の大学の仲間の近況を話し合い、あとはお互いの仕事の話。
あかりは、飲み物を睨みつけ精神を集中して盗み聞きに熱中していた。次は、どこに行くんだろう。
食事をして話をして3時間近くして2人は立ち上がると店の前で別れた。
ほっとしたのも束の間、葵がマンションに帰って1時間もすると、また瑠美から電話があった。受話器を持って葵は「そうだね。また、情報交換しよう」と答えていた。

あかりは、これは「お付き合い」の始まりなのかなと思った。
葵も瑠美も仕事は医師で、まして瑠美は大学病院に勤めているので2人で会う時間はなかなか取れないはずと気がついて、あかりは少しホッとした。でも、その日を境に瑠美からの電話は3日に1度くらいかかって来るようになった。
電話が来るたび、あかりは葵のそばにピッタリくっついて盗み聞きをしてた。家政婦の高間は週に3日でも、それ以外は姿を消して同居しているのだから容易いことだった。

電話の話の内容は、だんだん雑談になっていきプライベートな話になっていった。
あかりは、スマホがない時代で良かったよと本気で思っていた。ある日の電話で葵は夢の話をしていた。「父が亡くなった頃から毎日、同じ夢を見るんだ。紅い長い髪の男に睨まれてる。ただそれだけ。なんか叱られてる感じなんだ。。。そうだよね。精神科の領域なんだけどさ。夢はね。」
。。。紅い髪の男。。。睨んでる?。。。それって、まさか。。。とあかりは思った。

「気持ち悪いことに、最初は男1人だったのが1人ずつ増えて今は5人。男3人、女2人。全員で僕を睨んでる。一番最後に出てきた女なんか僕を殴る仕草をするんだ。」



次に瑠美と葵が会ったのは1ヶ月後だった。
前と同じ店で同じくランチ。でも、その後が違った。葵は瑠美を連れて自宅に向かったのだ。昔、葵は「瑠美をマンションに入れたことは無かった」と言っていた。あかりは、私に嘘をついていたの?それとも過去が変わったのか判断がつかなかった。焦りを感じながらマンションに入っていく2人を見ていた。
あかりは、しばらく考えて覚悟を決めた。

葵の部屋のインターフォンを押した。葵がドアを開ける。「あれ?高間さん。どうしたの?」
高間になったあかりは「今、お客さまをお連れの早川さんをお見かけしました。何かお手伝いが必要ならばと思いまして。」と言った。自分でもイタい行動で恥ずかしかった。
奥から瑠美が「お客さん?」と尋ねてきた。葵は「僕のお姉さんが来た。」と答えた。するとパタパタと足音がして、佐々木瑠美が玄関まで来た。その表情は、爽やかで明るい性格をそのまま映し出したものだった。あの時、穂月がつれてきたルミは別人だと改めてあかりは思った。

「弟さん酷いんですよ。前かのの写真を見てほしいって私を引きずってきたんです。友達とはいえ、同じ女に失礼ですよね。私は女じゃないって言われた気分。」と瑠美は言うと葵にパンチする仕草をした。瑠美の瞳が揺らいでいるのをあかりは見逃さなかった。「早川、私帰るわ。また、みんなで呑もうね。」と言って瑠美は靴を履いて部屋から出て行った。

その後ろ姿を見て、あかりは気がついた。あ。。。バーの日から1年過ぎてる。
「付き合いは1年。2年前に別れた。理由は愛せなかった。」再会した日に葵が言った言葉。その1年が消えた。
「高間さん。申し訳ないんだけど少し早いけど今日の夕食作ってくれる?なんでもいいからさ。」
「かしこまりました」と高間は答えた。

あかりが冷蔵庫を覗いて何を作るか考えていると後ろから葵が話しかけてきた。
「高間さんは、ご主人を亡くされて再婚とかは考えたことないの?」
「ありませんね。夫が好きですから。死んでも好きですから。彼は代わりの効くものではないですから。」
「そっか。そう言うこともあるのか。」
「唯一無二の存在です。私にとって夫は。姿が見えなくなっても。おかしいですか?」
「ううん。僕も代わりはいないし、自分の寂しさを埋めるために他人を利用してはいけないと思うんだ。」

葵も瑠美の気持ちは分かっていたのだ。以前の彼は彼女の好意を利用した。結果、ひどく傷付けた。今度は違う。自分の寂しさを埋めるために他人を代用品にはしなかった。アオイがずっと悔いていた行いが「無かったこと」になった。

10につづく。。。