葵のマンションを訪ねてきて高間に挨拶をして程なくして、葵の父哲也は亡くなった。84歳だった。
マンションに戻り布団に潜って泣き続ける葵をあかりは見ていた。そして側に寄り添っていた。彼にその姿は見えなくても、そうしていた。誰にも顧みられない天涯孤独になってしまった自分を嘆いて葵は涙をこぼしていた。
持病は無かったものの年齢を考えれば驚くことではない。葵は頭では分かっていた。
10歳で母エリを亡くし、行き場をなくして一人暮らしになった葵には気、にかけてくれる人など父しかいなかった。
家族になるはずの女性には突然捨てられ彼女を忘れることができず、苦しんでいる葵の気持ちを理解してくれたのが父だった。
父も葵の母エリを死ぬまで忘れられなかった。
父は一代で小さな診療所を地域の大病院に育て、医師会でもそれ也の地位を得た。数多のクリニックを開いた。4人の息子は、それぞれの専門を活かして別々の病院やクリニックで医師として働いていた。
葬儀は大規模なもので、妻百合も息子達も全員、会葬客への挨拶に追われた。弔問に訪れる人々もこの家の四男だけは「ワケアリ」だということは知っていた。
葬儀が終わると、葵は百合から「もう、法事には来なくて良いからメンタルクリニックでしっかり働きなさい。それが私の温情よ。あんたにあげる財産なんか一文もないからね。」と捨て台詞を言われた。
3人の兄達は、40代で十分すぎるほど「大人の男」になっていた。父の気持ちも理解していた。腹違いの末の弟には何の罪もないことも自分達の母親が小さな子供にした仕打ちも分かっていた。
マンションに戻り布団に潜って泣き続ける葵をあかりは見ていた。そして側に寄り添っていた。彼にその姿は見えなくても、そうしていた。誰にも顧みられない天涯孤独になってしまった自分を嘆いて葵は涙をこぼしていた。
ああ。。。この頃、私が泣いていたように、彼も泣いていたのね。バーでのきっかけを私が潰さなかったら、瑠美さんが慰めていたのかしらとあかりは思った。
聞こえなくても、あかりは葵に話しかける。
「子供の時代は、これで終わりなの。あなたは1人ぽっちじゃない。奥多摩には、あなたの子供がいて育っているよ。あなたによく似た同じ赤毛の男の子。今、4歳。名前は光。光は待っているの。自分と弟を守ってくれる人を。私もね。再会まで後2年と数ヶ月。あなたは父親。あなたと光は仲の良い父と子になる。葵は1人じゃないのよ。私は、別れてからも葵を忘れたことはない。だから、周りのみんなをあなたさえ騙して光を生んだ。」
葵が泣き寝入りをした後も、あかりは葵の寝室の隅に座って彼を見守っていた。
そこに変化を解いたセキ(哲也)とエリがやってきた。自国に帰る前に最後に息子を見に来たのだ。
セキは、あかりを見て「ここで何をしておるのだ。アマテラス。」と厳しい口調で言った。
あかりはセキを睨み返すと「セキ様は何もかもご存じではないのですか?お分かりにならないのなら、いずれお分かりになるでしょう。」と返した。
それ以上は2人とも言葉を交わさず、エリは一言も言わなかった。
2人は、暫く葵を見つめていたが葵に言葉をかけることもなく帰って行った。
この親子が再会するには、葵を召し上げなければならない。それをするのは私。
「思し構い」が終わった後でなければならない。それが過去に起こったこと。
過去は恐ろしいもの。私が間違えれば全てが変わってしまう。
私も帰りたい。アオイと帰りたい。1日でも早く。でも、今、召し上げることはできない。
あかりは、人間の葵を見つめ涙をこぼした。
7に続く。。。