どシリアスなマヌケの日常

毎日毎日、ストーリー漫画を描き、残りは妄想.,いや構想の日々の日記。

「望郷」7 一本の電話

2022-09-18 07:24:00 | 日記
あかりは、家政婦の仕事の日には2LDKのマンションの全ての部屋に掃除に入っていた。
寝室は8畳ほどの洋間で、その部屋に入ると彼女は自然と涙が出てしまう。天井に貼った大きく引き伸ばした写真。


それは、別れた日の最後の写真。葵と別れたこの日の夜からあかりの容姿は変わり始めた。
金髪は黒髪に、海の色の目は黒く。肌も黄色く、骨格さえ黄色人種になった。髪は一瞬で。そのほかの変化は光が生まれるまでに徐々に進んだ。あまりにもあり得ないことで病気では無さそうで自分も周りの家族も誰も病院に行こうとは言わなかった。唯一、変わらなかったのは声だけだった。

葵にとっての「田中陽(あかり)」はこの女の子なのだ。葵は今、奥多摩で2人の子供を育てている黒い髪のあかりを知らない。

人間は異性を好きになる時、何に惹かれるのだろうか。付き合い始めれば人間性、性格、価値観が重要になるが、始まりは何だろう。それは見た目だ。葵が別れて4年以上も経っているのに私を忘れられないのは嬉しいけれど、あかりは複雑な気持ちになる。再会した時、最初は気づいてもくれず半信半疑で困惑していた葵を思い出す。

今は、もっと状況が複雑で一度過ぎ去ったはずの時の中にいる。この時代の私も確かに奥多摩にいて、寝たり起きたりしながら何とか神社の仕事と子育てをしていた。夫の翔との仲は、まだお互いに無関心になるところまで行っておらず、翔の暴力と暴言に悩まされ続けていた。それでも黙って耐えていた。



哲也であったセキがエリと共に神界の赤国(赤界)に帰って1ヶ月ほどが経っていた。
あかりは、未だ消えてしまったアオイの行方が分からず毎日考えを巡らしていた。週に3日家政婦の仕事をし、それ以外は姿を消して葵の様子を見つめていた。葵が仕事に行っている時は、彼女にとっての生きる源の太陽の光をその身に取り込むため、公園に行った。マンションでも葵がいないときはベランダに出ていた。

過去は変えられるのかという恐れはいつもあった。
変えられたとしても、それによって未来が変わることに対しては恐怖さえ感じていた。結果が全く分からないからだ。現実に経験してきた過去もよく耐えられたものだと思うが、振り返れば「幸せ」に繋がったことが殆どだった。

瑠美と葵の恋愛を潰した。恋愛ではなかったと葵は言っていた。放っておいても良かったのかもと思うこともある。でも、その過去は何度も私の心を翻弄し、最後にはキキに利用されアオイが消えることになってしまった。

夜、一本の電話が葵の自宅にかかってきた。

瑠美からの電話だった。久しぶりに楽しそうに話す葵を見て、あかりはやっぱりと思った。
付き合うきっかけを潰すだけじゃ足りないんだと。
2人は食事の約束をしている。時間が後ろにずれるだけで同じことになるのかもしれない。あの夜と同じ手は使えない。何とか、瑠美を遠ざけなければ。でも、どうやって?

私は無力だ。人間の心を変えることなどできない。
瑠美が本気で葵が好きなら、葵がそれに応えるなら、私がそこに入り込む隙間などないのだ。

私のアオイはどこに行ったの?早川葵は「高天原のアオイ」になる前の人間。同じ気の存在なのに、今の葵は、あまりにも遠いところにいて本心もわからない。

8に続く。。。