山王アニマルクリニック

日々の診療、いろんな本や音楽などについて思い巡らしながら、潤いと温もりのバランスを取ってゆこうと思います。

ノラガミ & アライブ

2015-12-11 10:10:55 | 瑞々しき モヤモヤ?

 

ノラガミ(1) (講談社コミックス月刊マガジン)
あだちとか
講談社

  ITの進歩によって情報伝達がどんどん高速化していく中で育っているにもかかわらず、そんな効率優先の後ろめたさから生まれた「ゆとり」というレッテルをはられることになってしまった世代──考えてみると、かなり矛盾しているように思いませんか?

この少年マンガは、その世代の人に教えてもらいました。

でも、耳心地のよい優しさや正しさみたいものを一面的に追究すると…それが善意から生まれたものであっても、いや一面的には優しく、正しいように思えるものこそ、なんだか本末転倒になりがちなのです。

想像してみると、「ゆとりもってゆっくりと…」と言いながらも、「できるだけ効率よく勉強しろ!」という無言のプレッシャーを社会全体からかけられている、としたら? 

教わる側はどうしたらいいのか?わからなくなるでしょう? 教える側だってかなり混乱するのでは?

このような傾向は、近年噴出している様々な問題のマグマかもしれず、実は「ゆとり世代」だけの問題ではないのです。そして歴史をかえりみれば、違うようで同じことを私たちは繰り返しているようなのです。

優しさや正しさが理想だとしても、本当の優しさや正しさが感じられる人は、ものすごく少ないでしょう?

そうでない人の方が圧倒的に多いのに、無理してみんなで良い人ぶろうとすると……どうなってしまうのか!? 

特にネット上ではググッて物知りぶったり、邪な動機を持つ人ほどブログなどでやけにリアぶったり(逆パターンも?)など、いくらでも良い人やすごい人ぶれます(私も少々?)。

「ゆとり世代」に関しては、マスコミがものすごく極端な人をテレビなどで取り上げてあおり過ぎですよね──でも、そういう偏見をバネにすることで、ものすごく優秀な人が出てくるのだと思います(バランスは自然に取れるものです)。

団塊世代、バブリー世代、ロスジェネ世代?などいつの時代もいい人もいれば悪い人もいます。優秀な人もいればそうでない人もいます(いい人や優秀な人が少ないのはどの時代も同じ)。

各世代なんとなくの傾向はあるにしろ、特別優れている世代など存在しないと私は思います。自分の世代だけ優れていると信じたい人はけっこういるのかも?……まあ、そうでありたい気持ちもわかりますけど…自分の世代ですごい活躍をしている人がいれば誇らしいですしね(若い世代に軽い口調で理解を示すようなことを言っている人ほど、裏では陰口をたたいていたりするので気を付けて!…まあ世代間には少々緊張感があった方がよいのでしょう)。

なぜ、こんな長い前振りになったかと言うと、『ノラガミ』はもしかしたら?その世代を中心にして人気があるのかなぁ?と感じたからなのです。

このマンガの主人公は「神」なのですが、正直言って私、このような妖怪(この物語では妖【あやかし】と表現)とか幽霊的なもの?が出てくる物語は、どちらかと言えば好みではありませんでした……が、この物語にはかなり引き込まれました。特に一巻の第一話は、現実的とは言えない妖などを、イメージとしてとても現実的に表現しているように思います。

よく読めば、けっこう難しいストーリーにもかかわらず、若い世代の読者を獲得し(読者層はけっこう幅広いのかも?)、アニメ化されたものが目立ち過ぎない深夜に放送中であり、来年、舞台化もされる(2016128日~31http://noragami-stage.net/)のですからたいしたものです。

「神」が主人公といっても、グローバルなキリスト教などの一神教ではなく、多神教?八百万(やおよろず)の神の一人が主人公という、まさに日本ならではのおもしろい発想で、神だけど最下層の野良猫ならぬ野良神なんてよく思いついたものです。

試し読みできるサイトはこちら→http://kc.kodansha.co.jp

 

アライブ 最終進化的少年(1) (月刊少年マガジンコミックス)
原作/河島正  作画/あだちとか
講談社

 ★こちらは最近出たばかりの新装版です!

新装版 アライブ 最終進化的少年(1) (講談社コミックス月刊マガジン)
 
講談社

前作『アライブ』は、原作者が河島正さんだった時の作品ですが、河島さんは連載中、肝臓ガンであることが判明。闘病しながらこの作品の原作を書き、連載終了後、わずか41歳の若さで亡くなってしまったのです。

『ノラガミ』第一巻のおまけマンガでは、生と死の狭間で身を軋ませながら、まさにそれがテーマと言えるこの作品を書き上げた河島さんへの尊敬と感謝がつづられ、また作者あだちとかさんの並々ならぬ決意が過激かつユーモラスに描かれています。

『アライブ』もおもしろくもけっこう複雑なストーリーなのですが、まずは第一巻の巻尾にある原作者の河島さんの言葉から……

「…とは言っても『アライブ』はそう簡単な料理ではありません。いろんな人間が動きますし、ストーリーは謎だらけ。それに、テーマと言っていいような味付けもしてあります。

 『生き続けること』と『死』──。

なんの目的もなく、ただ生き続けることは果たして『生』と言えるのか?それもまた『死』と言えるのではないか?…とまぁ、そんな感じのことも盛り込みながら、作っていかなくてはなりません。」

なかなか難しい世の中なので、生きていても目が死んでしまってるような人もいます……よく読むと、いろんな人の胸につき刺さりそうな、とても考えさせられる言葉だと思います。

全21巻を読んでみると、「父なるもの」の支配によって生まれる思考停止したロボット人間(「ブレない」「迷わない」人間?)、また「母なるもの」の重み(16巻はママ必見!→http://akm.md-dc.jp/book)…など、人によってそれぞれでしょうが身体に強く響くストーリーが描かれていると思います。

 

様々な悩みを抱えつつも、それをどのような言葉で表現してゆけばよいのかもわからず、モヤモヤしたまま沈黙し、眼の輝きも失われがちな若き日々……

モヤモヤとは、白でも黒でも、生でも死でもない狭間……上述のごとく「ゆとり教育」など表面的な良心や正しさからもたらされる矛盾に満ちた混乱とも言えます。

でも元々人間には、白い部分も黒い部分もあります(きれいごと…白い部分しか語らぬ人の裏は真っ黒け)。

それなのにある意味での進歩とは、白か黒かわけられない問題、わけても仕方のない問題にまで白か黒か?のみを強要するのです。

「ゆとり」か「効率」か?などについても、どちらがより重要なのか白黒わけようとし過ぎるから、このような混乱が起こるのでしょう。

本当はどちらも重要というか必要であり、白か黒かに切り裂こうとする社会の中で、変幻自在にそのバランスを取ることが求められるのですから…いやはや現代人って大変ですね。

『ノラガミ』は、一人の死を乗り越えて『アライブ』の魂を受け継ぎ、そんな狭間で戸惑う人たちのために描かれている物語のように感じます。

 

この長い文を最後まで読んだあなた!あなた今お困りでしょう!?わかりますぅ~私の文は困っている方でないと最後まで読めないんです。

あなたには今『ノラガミ』と『アライブ』が必要です!ぜひ読んでみて下さい!(主人公、夜卜のマネです)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 混乱のサイン? | トップ | ナイト キャット & ビジー ... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

瑞々しき モヤモヤ?」カテゴリの最新記事