今日の朝イチの空。
今日も荒れ模様。
桜島からの日の出は雲のおかげで見ることができませんでしたが、
ずっと上に視線を上げると、切れ間から陽射しが。
午後から外出すると、いきなり雨がざーっと降り出し。
しばらくすると青空が。
そしてまた、雨。忙しい天候でした。強風のために、肌寒い。
またまた、古い思い出話を。
あれは大学3年生になるとき。1、2年と暮らしたアパートが大家さんの
都合で「従業員の寮にしたいから」と契約更新をしていただけず、いきなり、
新しいアパートを探す必要ができたのです。
それまで住んでいたアパートは大学までは遠く、交通費もかかっていたので、
私としては好都合。とっとと探して、新居を契約しました。
なぜ、そんなに不便なところに住んでいたのかと言えば、大学に合格して、
学生寮を借りる手配をしていたのですが、そこがダブルブッキングが何かで
空かないとの連絡が来てしまったのです。
休日の朝、2階の自室から階下に下りると、母の姿がありません。
父に聞いてみると、なんと、その連絡が来たので、いきなり東京に行った
とのことで私は目を丸くしました。
なんでも、母の知人で私の高校のクラスメイトのAさんのお母さまが、
「娘たち(Aさんのお姉様もすでに大学進学していた)のアパートのとなりの
部屋が空いているみたいだから、お宅のお嬢さんもどう?」と声をかけら
れて、契約に行ったとのことで、「うわー」と私は絶望感でがっかり。
実はクラスメイトではあるのですが、私はAさんとは親しくない。
親しくないくらいなら別にどうということはないのですが、Aさんは
なぜか私を目の敵にしていて、何かと言えば、クラス委員長の私の邪魔を
したり、悪口を言ったりして、まさにいじめのようなことをする相手だった
のです。本当に面倒な人だなあと相手はしていませんでしたから、特に
ぶつかったといったことはないものの、よりにもよってと。
母が私にひとこと聞いてくれたら、説明したのにと、残念に思ったし、
とにかく、Aさん姉妹の大学には近いけれど、私の大学には遠い。
まあ、東京の通勤通学で考えれば、そこまでの距離ではないものの、
近い方が交通費の節約もできるし、時間も節約できる。特に、買い物等が
便利という場所でもなかったしで、「そこじゃなかった」という思いが
あったものの、東京にいきなり飛んで契約をしに行ってくれた母に
対して、何かを言う必要はないと思い、感謝のことばを言うのみでした。
母はもちろん、高校でのAさんと私のことは何も知りませんでしたし。
最初、挨拶はしましたが、大学も同じではないし、私は自分の大学での
暮らしがとっても楽しかったので、Aさんのことは、頭の隅から消えて
いました。あちらはご姉妹で暮らしているので寂しいといったこともない
だろうし、あれほど、私のことを毛嫌いして悪口を言い放題だったので、
特に交流をする必要もないだろうと思っていたわけです。
しかしながら、大学がはじまって、何か月か経ったあと、母に連絡をした
ときに、母から意外なことを聞きました。
「Aさんのお母さんが、(私)子さんに友達になって欲しいと言ってるの
よ」と。え? 私のことを嫌いだったからいじめていたんじゃないの?と
思ったのですが、Aさんは大学で友達が全くできず、ひとりぼっちで
東京の暮らしになじめないとお母さんに訴えているとのことでした。
お姉様もいらっしゃるのだから、大学で友達がいなくてもそこまで問題は
ないんじゃないのかなあと。ちょっとそんな風にも思いましたが、私としては
母がAさんのお母様とのお付き合いがあるので、私がここで
拒否するのは、問題だろうということで承知しました。
おもしろいことに、高校時代はAさんは友達が多く、派閥?的なものが
あって、中心にいた人だったのですが、私は全く逆。友達は皆無でした。
ところが大学進学したとたん、私には友達が山ほどできて、毎日、友達と
仲よく楽しく大学生活を過ごしていたのです。環境というものはおもしろい
ものですね。環境が違えば、こんなに違うのかと。
私自身は今で言う大学デビューというのでしょうか。キャラ変をしたと
いったことなんか全くなくて、何も変わらず、自分らしく過ごしていた
だけでしたが、何だが、私は大学ではとてもおもしろがられて、友達に
なりたいと言われることが多く、大変だったくらいなのでした。
あら、最初に書きたかったことには到達しませんでしたが(笑)
また、次回にでも。
人は場所によって花が咲くといったことではないかと思えます。
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