リーメンシュナイダーを歩く 

ドイツ後期ゴシックの彫刻家リーメンシュナイダーたちの作品を訪ねて歩いた記録をドイツの友人との交流を交えて書いていく。

279. 17回目のドイツ旅行(7) ウルムとその近郊の彫刻

2023年01月21日 | 旅行

▶今日で友人たちとはお別れです。



ウルム大聖堂(教会・修道院⑧)2018.09.17撮影


▶今日はドライブ旅行最終日

 今日はウルム大聖堂が最終目的地ですが、その前にウルム近郊の小さな町、ブラウシュタインとヴィッピンゲンにある2つの教会を回ってもらいました。前者にはグレゴール・エーアハルトの「エーレンシュタインのマドンナ」、後者にはダニエル・マウホの弟子か周辺作家によると言われる「聖母子像」「使徒ヤコブ」「使徒マティア」が置かれた祭壇があるのです。この二つの祭壇を見てからウルムの町に行き、夜はお別れパーティーを予定していました。シルヴィアは今日中に帰らないと明日から仕事。きつい思いをさせて申し訳なかったけど本当にシルヴィア、ヴィリー、アンゲリカのおかげで充実した旅をすることができました。


◆2022年9月8日(木曜日)
 ケンプテンのホテルでの朝食は、今までのアンゲリカの朝食と遜色のない美味しいものでした。6人で食べる朝食は今日が最後です。
 9時ごろにホテルをチェックアウトしてまず向かったのはウルムのやや西北に当たるブラウシュタイン(ウルムから各駅停車で二つ目の駅)にあるブラウシュタイン・エーレンシュタイン聖マルティン教会(教会・修道院⑥)でした。ここまでケンプテンから車で約1時間。駅から200mほどですのでゆっくり日程が取れればウルムから電車で日帰りのできる場所です。この町の中は駐車場が少なく、ヴィリーのお得意な上手な人間関係で、ショッピングセンターらしき駐車場から出る車のあとに停めて良いと言われてなんとか駐車場を確保。そこからは歩いてすぐの場所に小さな教会がありました。うっかりしたことにここでも教会の外観を写し忘れてしまいました。残念ですが作品写真だけ載せておきます。いかにもグレゴールらしい寂しいような哀しいような表情の聖母子像でした。近くの壁にかかっていた彫刻も彼の手になるものではないかと思って写してきましたが、教会の中にはパンフレットも見当たらず、誰の作品なのかを確かめることはできませんでした。





ブラウシュタイン・エーレンシュタイン聖マルティン教会(教会・修道院⑥ 緑)
  上:エーレンシュタインのマドンナ 下:聖ラウレンティウスと聖シュテファヌスと思われる像

 

▶ブラウシュタインからヴィッピンゲンへ

 この教会を出た後は町を通りぬけ、山道を登って森の奥の小高い台地にある教会に着きました。ここがヴィッピンゲンです。列車で来るときは今朝回ったブラウシュタインの一駅先(ウルムから三つめ)のヘルシュタインで下車し、あとは3.5kmほどをバスで上ることになります。健脚の方は歩いても上れると思いますが結構な坂でした。途中で下車して風景写真を撮りたくなるほど美しい自然の中の坂道です。下の写真がこのヴィッピンゲンのマリア教区教会(教会・修道院⑦)です。


ヴィッピンゲン、マリア教区教会(教会・修道院⑦)



ヴィッピンゲン、マリア教区教会の「中央祭壇」 マウホの弟子、または周辺作家作(緑) 
   
左から使徒大ヤコブ、聖母子像、使徒マティア 


▶ウルム博物館と大聖堂

 ヴィッピンゲンの教会を出てから山を下ってシルヴィアが予約してくれていたレストランに入りました。ここもで美味しい昼食をとりましたが、ヴルストの本数を選べると良いのにと思ったことでした。1本食べれば十分で、2本目には段々塩気がきつく感じられ、全部食べるのに苦労するのです。でも一皿には2本ずつ入っているのです。

 その後、最終目的地のウルムに到着。ホテルにチェックインしてから車を駐車場に停めに行ったヴィリーたちと合流しました。アンゲリカは私たちをホテルの受付で待ってくれて、翌日の朝が早いので大きな荷物を載せられるタクシーの手配をしてくれました。ウルムの町をヴィリーとアンゲリカと一緒に歩くのは2回目ですが、シルヴィアとは初めてでした。私たち日本人3人はもう一度ゆっくりウルム博物館と大聖堂を見たかったので噴水の前でシルヴィアたちと分かれて夕方レストランで合流することになりました。

 ウルム博物館(美術館・博物館③)ではお世話になったライステン・シュナイダーさんがいらっしゃるとのことだったのでちょっとご挨拶してからこの博物館のトップスター、世界遺産の「ライオン・マン」から見学をしました。この像は約4万年前にマンモスの牙で作られ、ライオンの頭をした人間の形をしています。今まで2回来ていたときにはなぜか見落としていて、次回訪ねたら見ておきたいと思っていた彫刻でした。そこから歴史を辿りつつ、ようやくマウホ作「山羊の角を持つ天使」やムルチャーの作品群をもう一度見て、ミヒェル・エーアハルトの「ウルムの美女」に挨拶をしてから大聖堂に回りました。

 ウルム大聖堂(教会・修道院⑧)に入ったときには既に薄暗く、大聖堂の外観も写すゆとりがありませんでしたので、トップには2018年撮影の写真を載せておきました。堂内の祭壇を今回は中心に見ましたが、どれが誰の作なのかきちんと確認することができませんでした。マウホの工房作らしい「バルバラ祭壇」と、作者がわからない祭壇の写真を載せておきます。





ウルム大聖堂内の祭壇2点(緑) 上が「マウホの作か?」と書かれている祭壇


 ウルム大聖堂で見学しているうちに、私は疲れて肩も凝り、腰も辛くなってしまい、出口近くのベンチに座って三津夫と啓子さんが出てくるのを待ちながら、明日の列車をユーレイルグローバルパスのアプリに登録する作業に没頭していました。しばらくすると2人が出てきて「緑さんが神隠しに遭ったのかと心配したのよ」と言われてしまいました。明日はウルムから何とベルリンまで直行6時間で行ける特急に乗ります。まだ慣れないユーレイルパスの操作が心配だったので、ここで啓子さんのスマホでも同じように登録できるか一緒に試し、何とか準備ができてホッとしたのでした。

 このあと約束していたレストランまで行くとアンゲリカが声をかけてくれたので、私も一緒に座ってお喋りタイム。啓子さんと三津夫はまだ元気で、ちょうどそこに来たシルヴィアと一緒にドナウ川を見てくると出かけました。このときヴィリーはどこにいたのかしら? 三津夫は一緒でなかったと言うし、私は日記にアンゲリカと2人で話したと書いてあるし、思い出せません。申し訳ないです。
 途中どうにもタバコの煙がすごくて辛くなったので室内に席を移してもらい、6時過ぎて皆が集まって最後の晩餐…と予定していたのですが、みんなはほとんど食べものを注文しようとしません。これからシルヴィアもヴィリーもそれぞれの車を運転してシュトゥットガルトまで帰ることもあり、ビールもジョッキ1杯しか頼まないのです。今までは割り勘で払ってきましたが、ここだけは私たちにご馳走させてもらいたいと伝えておいたのです。でも、お昼でしっかりご馳走するべきだったと反省するも時既に遅しでした。シルヴィアからはフランス旅行のお土産をたくさんもらってしまって、何だか早めのクリスマスのようでした。

 彼ら4人は来年(つまりこのブログを書いている2023年)には日本に来る予定です。そのときこそしっかり今までの分までお世話をして良い思い出を作ってもらおうと決心してお別れしました。

※このブログに掲載したすべての写真のコピーをお断りします。© 2015-2023  Midori FUKUDA

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