暫くご無沙汰し、申し訳ありませんでした。
前回のアップが4月でしたので、約半年以上もサボっていました。
5月に母が地元にある「サ高住」に入居、主治医が変わった事もあり再診察と投薬の見直しをした結果、今まで服用していた「アリセプトd錠(5mg)」を「メマリー錠」に替えることにして以来、今まで攻撃的だった言動や行動も消え、穏やかになって落ち着いた生活が出来るようになってきました。
認知症と診断された当初は脳の萎縮が認められ、記憶障害も認められた事から「イクセロン・パッチ(4.5mg)」を処方され、その段階を9mg、13.5mg、18mgと上げていきましたが、貼付部を変えても皮膚が赤く負けるようになつたため、「アリセプトd錠(5mg)」に、更には漢方の「抑肝散」を追加処方され暫く服用していましたが、攻撃的な言動・行動に加え幻聴・幻想も激しくなり家の内外に「塩」を撒き散らす始末。
食事は台所で立ったまま釜から直接食べたり、菓子類だけで済ませたり、更には水分摂取が極端に少なくなり脱水で救急外来にお世話になるなど日常生活を円滑に行えないような日々が散見され、困り果てていました。
社会福祉協議会のケアマネージャーさんに相談、月一程度で訪問して貰い様子を見守ってきましたが、改善するどころか益々悪化しているようになった事から自宅での介護が難しくなり、町立の「介護予防センター」へ入居して様子を看る事を勧められました。
家内と共に「介護予防センター」を訪ね、施設の見学と対応について伺って参りましたが、此処では最長入居期間が11ヶ月間、それを過ぎたら他の施設に移転を余儀なくされるため、看取りまで出来る施設を探す事にし、新しくできた「サ高住」の看護師さんに相談したところ、空きがあるとの事、早速、見学させて戴き環境・施設が良い事から直ぐに入居申込をして参りました。
入居先は確保したものの、入居するまでは本当に大変。
毎日のように「親を姥捨山に捨てるのか」とか「絶対に行かない、この親不孝者」など、大荒れ状態。
体調の良いときに何度も話し合い納得して同意しても、翌日には白紙、賽の河原状態の繰り返しで、入居するまで約2ヶ月間も掛かってしまいました。
半ば、強制的に車に乗せて施設まで行きましたが、車中も大暴れするような暴言の繰り返しでしたが、到着すると少し諦めたのか大人しくなりました。
母が入居してから、数日間は忘れ物があったりして、私か家内が連日施設に行ってましたが口を開くと「何時帰れるか」とか「早く帰りたい」等と同じ話の繰り返し、ある時、母から電話があり「話しておきたい事があるから来て欲しい」との事、何事かと思い職場に断って出かけていきましたところ、いきなり「迎えに来てくれたのかい、有り難う」と帰宅しようとする始末、持っていった荷物も段ボール箱に詰めて既に支度を終えていました。
私に嘘をついて呼び出し、帰宅しようと企てたようです。
「話があるというので来たわけで、退所するために迎えに来たわけではない」と振り切り後を振り返らずに帰ってきました。
その後施設の看護師の方から連絡があり、「担当医と相談した結果言動や行動がおかしく、副作用の影響も考えられるので投薬を変えてみます」との事、提案に同意すると「薬を変えて安定するまで2ヶ月くらいを要するかも知れないので、それまでの間は面会を控えて欲しい」と助言されたので同意しました。
それから2ヶ月後、恐る恐る訪ねていくと、まるで人が変わったように落ち着いて柔和になった母がそこに居ました。
それからは、幻聴・幻覚もなくなり、下痢・脱水も収まり何処にでも居る「痴呆老人」になっています。
相変わらず「家に帰りたい」とは云いますが、体調もよく食欲も順調そうです。
来年は95歳、母を見ていると長寿は幸せなのか否か、判らなくなります。
よく尽くしてくれる家内に感謝です。
前回のアップが4月でしたので、約半年以上もサボっていました。
5月に母が地元にある「サ高住」に入居、主治医が変わった事もあり再診察と投薬の見直しをした結果、今まで服用していた「アリセプトd錠(5mg)」を「メマリー錠」に替えることにして以来、今まで攻撃的だった言動や行動も消え、穏やかになって落ち着いた生活が出来るようになってきました。
認知症と診断された当初は脳の萎縮が認められ、記憶障害も認められた事から「イクセロン・パッチ(4.5mg)」を処方され、その段階を9mg、13.5mg、18mgと上げていきましたが、貼付部を変えても皮膚が赤く負けるようになつたため、「アリセプトd錠(5mg)」に、更には漢方の「抑肝散」を追加処方され暫く服用していましたが、攻撃的な言動・行動に加え幻聴・幻想も激しくなり家の内外に「塩」を撒き散らす始末。
食事は台所で立ったまま釜から直接食べたり、菓子類だけで済ませたり、更には水分摂取が極端に少なくなり脱水で救急外来にお世話になるなど日常生活を円滑に行えないような日々が散見され、困り果てていました。
社会福祉協議会のケアマネージャーさんに相談、月一程度で訪問して貰い様子を見守ってきましたが、改善するどころか益々悪化しているようになった事から自宅での介護が難しくなり、町立の「介護予防センター」へ入居して様子を看る事を勧められました。
家内と共に「介護予防センター」を訪ね、施設の見学と対応について伺って参りましたが、此処では最長入居期間が11ヶ月間、それを過ぎたら他の施設に移転を余儀なくされるため、看取りまで出来る施設を探す事にし、新しくできた「サ高住」の看護師さんに相談したところ、空きがあるとの事、早速、見学させて戴き環境・施設が良い事から直ぐに入居申込をして参りました。
入居先は確保したものの、入居するまでは本当に大変。
毎日のように「親を姥捨山に捨てるのか」とか「絶対に行かない、この親不孝者」など、大荒れ状態。
体調の良いときに何度も話し合い納得して同意しても、翌日には白紙、賽の河原状態の繰り返しで、入居するまで約2ヶ月間も掛かってしまいました。
半ば、強制的に車に乗せて施設まで行きましたが、車中も大暴れするような暴言の繰り返しでしたが、到着すると少し諦めたのか大人しくなりました。
母が入居してから、数日間は忘れ物があったりして、私か家内が連日施設に行ってましたが口を開くと「何時帰れるか」とか「早く帰りたい」等と同じ話の繰り返し、ある時、母から電話があり「話しておきたい事があるから来て欲しい」との事、何事かと思い職場に断って出かけていきましたところ、いきなり「迎えに来てくれたのかい、有り難う」と帰宅しようとする始末、持っていった荷物も段ボール箱に詰めて既に支度を終えていました。
私に嘘をついて呼び出し、帰宅しようと企てたようです。
「話があるというので来たわけで、退所するために迎えに来たわけではない」と振り切り後を振り返らずに帰ってきました。
その後施設の看護師の方から連絡があり、「担当医と相談した結果言動や行動がおかしく、副作用の影響も考えられるので投薬を変えてみます」との事、提案に同意すると「薬を変えて安定するまで2ヶ月くらいを要するかも知れないので、それまでの間は面会を控えて欲しい」と助言されたので同意しました。
それから2ヶ月後、恐る恐る訪ねていくと、まるで人が変わったように落ち着いて柔和になった母がそこに居ました。
それからは、幻聴・幻覚もなくなり、下痢・脱水も収まり何処にでも居る「痴呆老人」になっています。
相変わらず「家に帰りたい」とは云いますが、体調もよく食欲も順調そうです。
来年は95歳、母を見ていると長寿は幸せなのか否か、判らなくなります。
よく尽くしてくれる家内に感謝です。
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