バレエ「白鳥の湖」には白鳥と黒鳥が出てきて、同じプリマが一人二役で踊ることが普通だが、初演時は別人が踊ったし、今でも二人で役を分けることがないとは言えない。さあ、その場合が問題である。どちらがヒロインなのだろう?そりゃあ、筋から言えば悲劇のヒロインと言うくらいだから白鳥がヒロインで黒鳥は仇役なのだが、最大の見せ場を踊るのは黒鳥なのである。すなわち、グラン・パ・ド・ドゥ(男女二人で決められたフルコースを踊る踊り)で、同じ所で32回連続でくるくる回る(フェッテを32回連続でする)という離れ業を演じ、観衆から最大の拍手をもらうのは白鳥ではなく黒鳥なのである。
それはこんな感じである。フルコースもいよいよ大詰めになり、料理なら肉が出てくる頃、舞台には王子と黒鳥が登場し、まず王子が踊り、途中から黒鳥が舞台中央に進んでくるくる回り始める(フェットを始める)。それが32回続くのである(実際は、下の楽譜の「フェッテ開始位置」より少し早く回り始める)。
曲は、まだ全然途中。だが、必ず盛大な拍手が起きて(こけても起きるかどうかは、こけたのを見たことがないから知らない)、曲が中断し、プリマは観衆の喝采に応える。オペラで言えば、ハイCを何連発も繰り返すようなもの。黒鳥にこれをやられちゃえば白鳥もかたなしである。だが、筋から言えば黒鳥は仇役。だから、どっちがプリマなの?という疑問が湧くのである。
このシーンの音楽は組曲に入ってない。純粋な音楽としては組曲に加えるほどのものではない、ということか。私などは、イントロのズンタズンタが始まると、その後「32回」が来ることが染みついているから、梅干しを観るだけで唾液が出るごとく血湧き肉躍るのであるが。
ところで、王子の名はジークフリート、ってことは舞台はドイツである。ドイツを舞台にしたバレエをロシア人が作る、か。ちょっと意外な感じがするが、ロシアのドストエフスキーの小説などにもドイツ人がたくさん登場したっけ。
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