黒式部の怨念日記

怨念を恐るる者は読むことなかれ

コラールの成り立ちVol.9カンタータ第101番(ヨハネ第5曲とは叔父叔母と甥姪の関係)

2025-01-10 10:54:39 | 音楽

カンタータを歌う会の次回のお題は第101番(BWV101)。前回のBWV94と同じく、終曲のみならず全体が元曲である賛美歌(コラール)又はその変奏から成っているコラール・カンタータであるから、本シリーズで取り上げ甲斐があるというものである。しかも、後述のように、以前本シリーズでとりあげた別曲と途中で合流する点も見所である。

因みに、前回のBWV94は、バッハがライプチヒのトーマス教会のカントル(音楽監督)に就任して2年目の年の三位一体の主日後の第9主日(主日=日曜日。2025年は8月17日)用に書かれたものであり、次回のBWV101は第10主日用(2025年は8月24日)であるから、お題曲を年代順とするカンタータの会として正しい順番である。かように、バッハは、この頃は毎週のように教会の礼拝用のカンタータを書いていたのである。

因みに、三位一体の主日とは、春分の日の後の最初の満月の次の日曜日(復活の主日)から40日後の木曜日(主の昇天の木曜日)から10日後の日曜日(聖霊降臨の主日)から1週間後の日曜日のことである。なお、私はキリスト教徒ではない。タモリさんも、ご幼少のみぎり、教徒ではないのに教会に通ってらしたそうである(その経験がタモリさんの芸「インチキ牧師」に生きているのであろう)。

では、源流探しの旅に入ろう。BWV101の元曲である賛美歌は、モラー(注1)が作詞した「Nimm von uns, Herr, du treuer Gott」であり、こういう曲である(歌詞は第1節。末尾に拙訳を載せた)。

この賛美歌は7節から成り、その歌詞すべてがBWV101においてそのまま、又はアレンジして使われる。メロディーは、第2曲以外は賛美歌のメロディーがそのまま、又はアレンジして使われる。その構成は次のとおりである。
第1曲は合唱が第1節を賛美歌のメロディーで歌う。下三声がフーガ風に歌う上でソプラノが長く伸ばした定旋律を歌う。
第2曲はテナーのアリアで、第2節をアレンジした歌詞を歌う。当初、フルートのヴィルトゥオーゾがオブリガートで付されていたが、後にヴァイオリン・ソロに置き換えられた。初演当時は(前週に引き続き)フルートの名人がいたが、後にいなくなったのだろう。
第3曲はソプラノが一人二役でコラール(第3節)とレチタティーヴォを歌う。コラール部分のメロディーは、賛美歌のメロディーを3拍子にアレンジしたものである。
第4曲はバスのアリアで、第4節をアレンジした歌詞を歌う。ヴィヴァーチェの中、ときたま賛美歌のメロディーが歌又はオーケストラにアンダンテで現れる。
第5曲はテナーが一人二役でコラール(第5節)とレチタティーヴォを歌う。コラール部分のメロディーは賛美歌のメロディーのアレンジである。
第6曲はソプラノとアルトの二重唱で、詩は第5節のアレンジであり、メロディーも賛美歌のメロディーのアレンジである。
そして、終曲(第7曲)でコラールは全容を現し、合唱が第7節の歌詞を賛美歌のメロディーで歌う。

さて、その賛美歌のメロディーのことである。どこかで聴いたことがあると思ったら、当シリーズのVol.5で、「かあさんの歌」に似てると言ってとりあげたバッハのヨハネ受難曲の第5曲と同じである。すなわち、賛美歌「Nimm von uns」のメロディーは、ルターの賛美歌「Vater unser im Himmelreich(天にまします我らの父よ)」からとられたのである。そのルターの「Vater unser」はこうであった。

このメロディーがドーリア調と言われるのは、ニ短調ぽいのに第5音と第6音の間(ラとシの間)が全音だからである。先の「Nimm von uns」は調号に♭が一つ付いているが、結局そのほとんどが臨時記号で排されていて同じことになっている。この「Vater unser」はメロディーの一大供給元であり、あっちにもこっちにもOEM供給をしているのだが、その一つがモラーが作詞した「Nimm von uns」であり、さらにこれがBWV101の元になったわけである。だから、BWV101のヴォーカルスコアには、ところどころにメロディーが「Nimm von uns」ではなく「Vater unser im Himmelreich」に拠る旨の注釈があるのである。

すると、メロディーのさらなる源流については、Vol.5で述べたことがここでもあてはまる。すなわち、ルターは、Der Mönch von Salzburg(14世紀に活躍したミンネゼンガー(吟遊詩人))が作ったメロディーに基づいて、「Vater unser」のメロディーを作ったのである。

以上の源流から下流に至る流れを図にしたのが下図である(「Vater unser」のメロディーのOEM供給先についてはVol.5よりも情報を増やした)。

ヨハネ受難曲の第5曲は「Vater unser」と直接つながっているのに対し、BWV101は間に「Nimm von uns」が入っている。ということは、ヨハネ第5曲とBWV101の関係は、叔父叔母と甥姪の関係(三親等の傍系血族)の関係である。BWV101のほかにも、BWV90、BWV102が「Vater unser」との間に別の賛美歌を挟んでいる。「Vater unser」のメロディーは現代においても用いられていて、マスランカ(注2)の吹奏楽「Give Us This Day」がその例である。

参考(になるかならないか分からないが)モラーの「Nimm von uns」の第1節の拙訳(逐語訳)を載せる。私は、歌を歌う者としては逐語訳派である。
「私達から取り除いて下さい、主よ、あなた、誠実な神よ、厳しい罰と大いなる苦悩を、それらは私達が無数の罪によって常に受けているものであるけれども。戦争から、困難な時代から、疫病から、業火から、そして大いなる苦しみから守って下さい」

注1:Martin Moller(1547.11.10~1606.3.2)
注2:David Maslanka(1943.8.30~2017.8.7)
出典:
・ウィキペディアドイツ語版の「BWV101」
・モラーの「Nimm von uns」の歌詞については、http://www.kantate.info/choral-title.htm#Nimm%20von%20uns,%20Herr,%20du%20treuer%20Gott
・ウィキペディアドイツ語版の「Der Mönch von Salzburg」。なお、「Der Mönch von Salzburg」は仇名であり本名は不明である。
・ウィキペディアドイツ語版の「Vater unser im Himmelreich」


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