ちっぽけな幸せと常識。
今日、ある場所で、ウチのチビと同じくらいの小学生が、
≪サンタクロースはいるのか≫
ということについて、熱く語っているを見ました。
「いるよ!だっているんだから!」
「いないよ!アレ、お母さんとお父さんだよ!」
なんて言い合ってます。その後、サンタと親のクリスマスの
プレゼントがダブった話とか、どこに行っても手に入らない
ものがプレゼントとして贈られた話などで、盛り上がってい
ました。
その中で、ふいに、ある子に「○○ちゃん、どう思う?」
て話がふられました。・・・すると。
『え?ウチには来たことがないよ。』
「えええ!?なんでッ?なんでッ?」
と、サンタがいる・いないってこと以上に盛り上がる子供たち。
・・・すると、
『だってウチ貧乏だから。』
これを、ふてくされたり、はずかしがっているわけでもなく、
明るく、あっけらかんと、しかも元気に答えているその子
を見て、
そして、その子を「ちょっとかわいそうに思っている自分」を
感じて、
≪私という人間は、どんだけちっぽけな常識にとらわれて
幸せの尺度にしようとしているのだろう。≫
って恥ずかしくなりました。
その子の家には、サンタは来ない。
だけど、その子は決して不幸ではない。
そうなんです。
だってだってだって、私だって、≪バレンタインのチョコ≫
なんてもう何年ももらってませんけど、だけど、自分の事
を「かわいそう」だなんて全く思ってないもん!
チョコなんてもらわなくったって、僕は、娘に愛されているし!
ね!ね!愛されているはずだし!しあわせだし!
かわいそうじゃないしッ。ねっ。
・・・・俺の場合は、微妙・・・。
でも、ぶっちゃけ、サンタってどこの家にも来るもんだと、疑
わず、信じてました。