今週号の週刊プロレスはWWE特集みたいな内容だった。表紙からHHHが登場し、インタビューもあったが、何と言っても「WWE歴代スター名鑑」が優れ物だ。これまでのベスト30選手の名鑑だが、こういうのが専門誌らしい企画だと思う。
私はブルーノ・サンマルチノの全盛期から90年代頃までは、何となくチェックしていたが、今の路線になってからはあまり知識が無い。
全女在籍時代には、2度に渡り本場で遭遇することもできたが、それはそれは圧巻だった。1986年3月にクラッシュ・ギャルズやダンプ松本&ブル中野とニューヨーク入り。MSG(マジソン・スクエア・ガーデン)のリングサイドで撮影した経験もあるし、ボストン・ガーデンやパキプシーも回った。2度目は95年11月で、「サバイバーシリーズ」に全女から6名をブッキング。この時はメドゥーサがいろいろ面倒を見てくれ、遠征中の新崎人生とも再会したのだ。
WWE現在の路線になってからは2006年9月にメキシコシティで、RAWを観戦。昨年のWWEツアーも武道館に行った。まるで外タレのライブみたいだが、やっぱりMSGを中心としていた時代、いわゆる昭和が懐かしい。
▲左がニューヨークのMSG、その前で記念写真。
▲94年の日本ツアーでブレッド・ハートらと食事をした。
▲95年11月にワシントンで、HBKと。
私はブルーノ・サンマルチノの全盛期から90年代頃までは、何となくチェックしていたが、今の路線になってからはあまり知識が無い。
全女在籍時代には、2度に渡り本場で遭遇することもできたが、それはそれは圧巻だった。1986年3月にクラッシュ・ギャルズやダンプ松本&ブル中野とニューヨーク入り。MSG(マジソン・スクエア・ガーデン)のリングサイドで撮影した経験もあるし、ボストン・ガーデンやパキプシーも回った。2度目は95年11月で、「サバイバーシリーズ」に全女から6名をブッキング。この時はメドゥーサがいろいろ面倒を見てくれ、遠征中の新崎人生とも再会したのだ。
WWE現在の路線になってからは2006年9月にメキシコシティで、RAWを観戦。昨年のWWEツアーも武道館に行った。まるで外タレのライブみたいだが、やっぱりMSGを中心としていた時代、いわゆる昭和が懐かしい。
▲左がニューヨークのMSG、その前で記念写真。
▲94年の日本ツアーでブレッド・ハートらと食事をした。
▲95年11月にワシントンで、HBKと。