働き方改革関連法ノート

労働政策審議会(厚生労働大臣諮問機関)や厚生労働省労働基準局などが開催する検討会の資料・議事録に関する雑記帳

社説「生産性向上へ裁量労働制を広げよう」は疑問

2021年07月01日 | 裁量労働制
日本経済新聞が社説で「裁量労働制を広げよう」と主張
今日(2021年7月1日)、日本経済新聞が社説(「生産性向上へ裁量労働制を広げよう」、2021年7月1日配信)で「仕事の時間配分を働き手が決められる『裁量労働制』の拡大に向けた議論がようやく再開する。厚生労働省の調査データの不備が原因で2018年に頓挫していたが、改めて実施した調査結果がまとまった。厚労省は時間の空費を自省し、待ったなしの改革ととらえて議論を迅速に進めるべきだ」と主張。日本経済新聞は「厚労省は時間の空費を自省し」と辛らつなことを書いている。

厚生労働省は6月25日、裁量労働制実態調査結果を公表したが、1日の平均労働時間は、裁量労働制は9時間で、適用されない人の8時間39分より長かったし、また、あらかじめ定めた『みなし労働時間』より長く働いていることも判明した。そして厚労省は7月にも有識者検討会を設置し制度の見直しに着手すると報じられている。

だが、厚労省の黒澤朗・労働基準局労働条件政策課長は「裁量労働制の方が時間が長いというのが正しい実態だ。結果を踏まえ、制度全般を幅広く議論していく」(毎日新聞デジタル版「裁量労働制、適用者の勤務時間長く 厚労省調査 制度見直し」抜粋、2021年6月25日配信)と慎重な姿勢も示している。

厚労省への辛辣な日本経済新聞の言葉は、実態調査結果が思うような結果にならなかったことや労働条件政策課長に対する苛立ちから出たものかも知れぬ。

裁量労働制の対象拡大を経団連が要望
「改訂 Society 5.0の実現に向けた規制・制度改革に関する提言-2020年度経団連規制改革要望-」を昨年(2020年)10月13日に経団連(一般社団法人 日本経済団体連合会)が公表したが、その「Ⅲ.2020年度規制改革要望」「2.テレワーク時代の労働・生活環境の整備」に「企画業務型裁量労働制の対象業務の見直し」などが要望として記載されている。

No. 44. 企画業務型裁量労働制の対象業務の見直し
<要望内容・要望理由>
労働基準法は、企画業務型裁量労働制の対象を「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」と定めている。

しかしながら、経済のグローバル化や産業構造の変化が急速に進み、企業における業務が高度化・複合化する今日において、業務実態と乖離しており、円滑な制度の導入、運用を困難なものとしている。

そこで、「働き方改革関連法案」の審議段階で削除された「課題解決型提案営業」と「裁量的にPDCAを回す業務」を早期に対象に追加すべきである。

<根拠法令等>
労働基準法第38条の4



経団連が要望する裁量労働制対象への追加業務
2020年10月の経団連要望には「『働き方改革関連法案』の審議段階で削除された『課題解決型提案営業』と『裁量的にPDCAを回す業務』を早期に対象に追加すべき」とある。

だが、この「課題解決型提案営業」「裁量的にPDCAを回す業務」を付け加えて裁量労働制対象拡大しようとする案は2018年2月28日に安倍晋三首相(当時)は「働き方改革関連法案」から削除して一度は断念している。


日本経済新聞の社説「裁量労働制を広げよう」は、2018年に働き方改革関連法案から削除された「課題解決型提案営業」と「裁量的にPDCAを回す業務」を裁量労働制対象に追加すべきとする2020年度経団連要望に追従するものであろう。

上西充子・法政大学教授は岩波書店『世界』2018年5月号に寄稿された「裁量労働制を問い直せ」の中に「どちらも対象業務が曖昧で、幅広く適用されるおそれがある」と記載。

そして上西充子教授は、前者については「あらゆるホワイトカラー労働者が適用対象に含まれる可能性がある」、また後者については「法人相手の営業職は、すべて対象とされると考えて良いだろう」との嶋崎量弁護士の指摘を紹介。

日本経済新聞は社説で「厚労省は時間の空費を自省し、待ったなしの改革ととらえて議論を迅速に進めるべきだ」と主張しているが、厚生労働省労働基準局が設置する新たな検討会では裁量労働制実態調査結果に基づいた慎重な議論がおこなわれるよう期待したい。

追記:京都新聞「社説:裁量労働制調査 実態踏まえた議論必要」
京都新聞が「裁量労働制調査 実態踏まえた議論必要」(2021年7月1日16:01配信)との社説を出した。日本経済新聞 の社説「生産性向上へ裁量労働制を広げよう」と読み比べると、京都新聞が「裁量労働制実態調査」結果を誠実に読んだうえで真摯に記事を書いているかが、誰でもわかるはず。

多様で柔軟な働き方を掲げる制度で、長時間労働が行われている現状が明らかになった。

厚生労働省は、裁量労働制で働く労働者の実態調査の結果を公表した。1日の平均労働時間は、制度が適用されていない労働者に比べ約20分、週平均でも2時間以上長かった。

厚労省は有識者会議を設け、裁量労働制の在り方を検討するとしている。

詳しく実態を検証し、長時間労働や業務過多につながらないよう、慎重な議論が求められる。

裁量労働制は、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ労使で決めた一定時間を働いたとみなして賃金を払う。研究開発などの専門業務や、企画・調査の業務が対象となっている。

働き方改革で対象業務の拡大を目指した安倍晋三前首相は2018年の国会で、「裁量制で働く人の方が一般労働者よりも労働時間が短い」と指摘した。

だが、根拠とされた厚労省のデータがずさんだったことが判明し、対象拡大を断念した。

そうした経緯を踏まえた今回の調査は、19年秋に実施し、約1万4千事業所、約8万8千人から回答を得てまとめられた。

制度が適用された労働者の1日平均労働時間は9時間0分、適用されていない人は8時間39分だった。週平均でも適用者の方が長かった。

適用者の約8割が「満足」「やや満足」と答える一方、業務量が過大、賃金などの処遇が悪いという人も2割いた。

裁量労働制では、仕事の進め方や時間配分は労働者に委ねられている。効率良く業務を進めれば働く時間を短縮できるとする効果を生かすのが難しいことがうかがえる。

新型コロナウイルスの流行でテレワークが普及し、企業は従業員の労務管理が課題となっている。みなし労働時間によって残業代が膨らまない裁量労働制は、使用者側にとって使い勝手が良く、経済界からは適用業種の拡大を求める声が多い。

だが、業務が過大だと長時間労働を助長しかねない。みなし労働時間より長く働いた分はサービス残業になる。

過労死防止を訴える遺族団体は「対象を広げるべきではない」と政府に要望している。

対象者の労働時間を的確に把握し、仕事量が適切かどうかチェックする仕組みが欠かせない。健康管理や裁量の内容、待遇についても幅広く検討してほしい。(京都新聞「社説:裁量労働制調査 実態踏まえた議論必要」(2021年7月1日16:01配信)


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