今日は私の誕生日だが翌日は一番末の弟の誕生日
なので今日弟と一緒に家族そろって
お祝してくれた。それはまだ中学生の頃までで
その後は母も入院したり、父も離れた所に単身でいったりで
五人兄弟もバラバラに別れて行った
なのでそれぞれの誕生日には、贈り物に手紙を書いて送った
大人になって私が勤める頃には(父母)の誕生日に
父、母が喜ぶ物を吟味して送ったものである
その後母は池坊の免状を頂き、婦人会の方々に教えていた
その頃の母は楽しく嬉しそうに花屋さんまで行き
沢山買い求めて帰り直ぐに水を入れていた
それから幾年か経ったときに、花屋さんから帰る途中に
バイクにはねられ、左肩を骨折して入院し
其ののち脳梗塞になり
回復してからは何もできない人になり
大きな病院に入り個室で姉が面倒見ていた
その頃は私も勤めていたので、時々宮崎に帰って
姉と共に面倒見てそう長くいられないので
毎日姉に母の様子をうかがっていたのである
その母がそう長くは生きれられないでしょう
その院長先生の言葉であったが、92歳まで生きた母
そこまで生きられないと思っていただけに
姉と共に頑張ったね!お母さんと嬉し涙で問いかけた事でした
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